第222話 妖精の音色
現実パート
桜浜総合大学。童輪は今日も真面目に通っていた。
丁度授業を終え、今は休憩時間に入っている。
午前の講義もなかなか有意義に過ごした童輪は、これからどうしようかと考えた。
「四限目はまだ先だからね。さてと、どうしようかな?」
今日は祭理は講義が無い。
そのせいか、一人で過ごすことになるのだが、童輪は図書館にでも行こうと思った。
「図書館で本を借りて、自習室で読もうかな」
時間は効率的に有意義に使う。
童輪は即座に予定を決めると、真っ直ぐ図書館へと向かった。
「……そう言えば」
けれど童輪は珍しく足を止めた。
何故止めたのか。それは広い学内を見てもいいと感じたからだ。
「この間、祭理が言っていたね」
思いだしたのは祭理の言葉だ。
“桜浜大の妖精”。特に興味は無いのだが、不意に頭をよぎった。
「どうしてかな? 凄く気になる」
初めは興味の欠片も無かった。
そう呼ばれている生徒がいる。ただそれだけだった。
けれど今は少し違う。ミュージュに影響を受けてしまったらしい。
「ミュージュの奏でる演奏を聴いたら、少しだけ意識が変わったのかな?」
もちろん童輪は妖精さんが弾く曲を知らない。
だから想像することしかできない。
それでも一歩を踏み出すと、珍しく学内にある演習室を見て回った。
「私も気まぐれだね」
童輪は自分に呆れてしまった。
最初はまるで興味を持っていなかったのに、すぐに流されてしまった。
「でもいいかな。こうして森の中を歩くのは、気持ちがいい」
けれどそんな自分を認めることにした。
変化があることを楽しく思い、代わりに自然に身を任せる。
木漏れ日が差し込む森の中。
真ん中には整備された遊歩道。
他に誰も歩いておらず、この恵みを独り占めしていた。
「やっぱりここは、いいキャンパスだよ」
少し見回せば大きな池がある。
人工的に作られたものだろうが、陽の光が当たって眩しい。
天然の鏡のようで、覗き込めば映り込むのでは? と想像力を働かせた。
「とは言え、桜浜大学の妖精か。もう少し、祭理に訊いておけばよかったよ」
そんな呼び名が付けられるくらいだ。学内では有名なのだろう。
もしくは一部で騒いでいるだけなのか? オカルト的には弱いが面白い。
童輪自身、誰かが弾いているのでは? とつまらない推測を立てているが、情報が少ないことは確かだ。
「まぁ、今日一日で見つけられるとは思ってないけどね」
実の所、これは暇を潰すための行為だ。
妖精の正体は気にならないが、見つけられたらラッキー。
だがしかし、学内は広い。とてつもない敷地面積の中から、人一人を見つけるのは容易ではない。
「流石にそんな偶然を引き寄せられないよね……ん?」
童輪自身も諦めてはいた。何せ見つかる訳が無い。
そう思っていたのだが、何故か童輪は足を止める。
木々の合間をすり抜け、あらゆる雑音の無い世界に溶け込むように、BGMが耳に届く。
「BGM? しかもこれは……」
スマートフォンから流れるようなMP3音源じゃない。
明らかに”今”弾いているのは明らかで、正確性の外側に、遅れるものがある。
弾き手に楽器が追い付いていない。童輪にはそう聴こえる。
「この音、何処かで聴いた気がするけど」
しかもこの弾き方には特徴があったので、童輪は何かを感じる。
聴いた覚えがあるのだが、まだ確信が持てない。
「全く知らない曲だね」
おまけに弾いているのはあまり馴染みが無い、童輪にとっては初めましての曲だ。
クラシックのメジャーな曲……とは言い難い上に、クラシック感もない。
もっとポップカルチャーな曲調を持っているので、オリジナルの曲だろうか?
「誰が弾いているのかな? この先だと思うけど」
確かこの先にもピアノが置かれた演習室があった筈だ。
童輪は使ったことが無いが、近くにテニスコートなんかもあった。
祭理が授業で使うらしいので、何度か聞かされている。
「ってことは、そこだよね?」
正直正体を暴くような真似はよくない。
それは分かっているのだが、何故か気になって仕方が無い。
それだけ魅力的。というよりも引っ掛かる。
「あり得ない話じゃないけど、そんな偶然が重なる訳ね?」
童輪は一人しか考えられない。彼女しか見えてこない。
音が教えてくれた情報が点と点で結び合う。
もちろん根拠はほとんど無いので、なんとも言い難い。
「まあいいか。とりあえず見に行こう」
いつ演奏が終わってしまうか分からない。
童輪は少しだけ小走りになると、演習室へ向かった。
「まだ演奏してる」
二百メートル程進んだが、まだ演奏してくれていた。
これなら正体が暴ける。
そう思ったのも矢先、演奏がピタッと止まった。
「あれ?」
もう終わりだろうか?
童輪はここまで聴いていた優しいBGMが消えて、少しだけつまらなくなる。
それ程までに耳馴染みがよく、雰囲気に合っていた。
「いや、待って。雰囲気に合うってことは詰まり……」
童輪はここから推理を展開する。
“雰囲気に合う”“耳馴染みが良い”どちらにしても、相当な腕前だ。
それに何より“雰囲気”を掴んでいるのは、情景を取り込むだけの技術があると言うこと。
演習室は大抵が防音設備搭載。つまり、窓なんてわざわざ付けない。
つまりこの音は演習室から漏れた物じゃない。目の前にある風景を切り取った。掻い摘んだ。という訳だ。
「演習室じゃない?」
童輪の頭の中でガチッとパズルのピースが嵌まった。
同時に周囲を見回してみると、何人か生徒がいる。
この辺りにはベンチもあり、目の前には池。蛭を過ごすのは絶好のキャンパススポットだった。
「みんなお弁当を広げているね。つまり今来た所……なるほどね」
童輪の中でピタッと嵌る。
如何して当然演奏が止んでしまったのか。
それは“人が居る”これ以外にあり得ない。
「自分の曲を聴かれたくなかったのかな?」
メジャーな曲ならまだましかもしれない。
けれど雰囲気に合った曲を弾き続けていれば、人が周りに集まって来る。
あまり目立ちたくないのか。それとも目立ってもいいが人が嫌いなのか。
どちらにせよ、これ以上の追跡は不可能。童輪は諦めることにした。
「まあいいかな。面白かったから」
結局の所暇潰しだ。
童輪は満足すると、せっかくの場所なので食事にした。
自分で作って来たサンドイッチを取り出すと、柵越しに池を見つめる。
「(あむっ)うん、マスタードが効いてる」
自分で作って来たので当然だが、美味しいと言っておく。
おまけに汗も少し掻いたので、舌から伝わる味わいも脳天直下する。
「それにしても、妖精の正体って……」
何となくこれも想像ができてしまう。
けれど止めておく。それはまた今度にする。
童輪はそう決めると、サンドイッチを食べることに集中した。その姿は自然と絵になった。
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