第221話 ひとまずの別れ
グリム達はデンショバトにやって来た。
もう何度目だろうか? 今日も今日とて客は居ない。
静まり返った店内。奥のカウンターには、ピジョンが一人、クロスワードパズルと解きながらボーッとしていた。
「ピジョン、お疲れ」
「あっ、グリムさん達……それと」
ピジョンの目が移ったのは、もちろんのことミュージュだった。
初めましての関係なので、お互いに軽い会釈をする。
流石に緊張するのか、ミュージュは腰に手を当て、自身を取り留めようとした。
「どうも、私はミュージュよ」
「ミュージュさんですね。私はアイテム屋兼ギルド〈《デンショバト》〉のメンバー、ピジョンです。なにかお探しのものはございますか?」
早速ピジョンはお得意様にしようと、ミュージュに物売りをする。
しかしミュージュは生憎と買うものが無い。
キッパリと断ると、何だか悲しそうな顔をした。
「悪いわね。今は必要なものは無いの」
「そ、そうですか……しょんぼり」
「ピジョン、やっぱり今日も?」
「はい、グリムさん。あの、なにか買っていただけますよね? ねっ?」
ピジョンは懇願しつつ、グリム達を詰める。
チラチラと視線を浴びせられると、グリムは困った顔をした。
けれどメニューからある程度のPを取り出すと、ピジョンに手渡した。
「ピジョン、これだけ払うから、少し頼めるかな?」
「こ、こんなにですか!?」
ピジョンは慄いてしまった。それはまともに店の品を買う倍以上の金額だ。
一体何を頼まれるのか? ピジョンは緊張してしまう。
「お願いしたいことって言うのは、例の装置だよ」
「例の装置ですか?」
「うん。D、さっき手に入れた実を渡してくれるかな?」
「はい!」
Dにお願いをして、手に入れた実をピジョンに渡す。
するとピジョンは瞬きをすると、知らなかった名前を口にした。
「コレは……言霊の実ですか?」
「言霊の実? なーにそれ」
フェスタが代表して首を捻った。
そんな名前の実だったらしく、グリム達はキョトンとする。
「はい。この実は言霊の実と言って、音に命を宿すんですよ。レア度も比較的高い部類なので、実物を見るのはこれで三回目ですけど」
「三回も見たんだー」
「それはレアなの?」
確かにレアな代物なのか分からなくなる例えだった。
けれど貴重な物であるには変わらない。
早速この実を使って、作って欲しいものがあったので頼む。
「この間、鋼が言っていた変換装置。突飛な話だけど、作れるかな?」
「えっ!? 鋼ちゃんが言ってた奴ですか?」
ピジョンはとんでもない顔をする。目を見開き、唖然としてしまう。
なんだろう。もしかして嘘だったのかな?
信じて進んで来たものの、それは堪えるな。グリムは胸を押さえそうになると、ピジョンは実を見つめた。
「本当に作るんですね?」
「うん、本当に作るけど……できるかな?」
「できますよ。〈《デンショバト》〉切ってのエンジニア、メルダウナーなら」
「「「メルダウナー?」」」
何だか意味がありそうなプレイヤーネームだった。
けれどそれは一旦置いておくとして、本当に作れるプレイヤーがいたなんて驚きだ。
半信半疑をぶっ壊されると、グリムはピジョンに詰める。
「本当にできるのかな?」
「ええ、できますよ。メルちゃんは前にも同じものを作っていますから」
「凄いですね」
「ええ。でもログインをそこまでしないから、時間は掛かると思うけど?」
「構わないよ。でも一度会ってみたいね、メルダウナーさんか」
メルダウナー。一体どんなプレイヤーなのだろうか?
グリムは興味が湧いたものの、とりあえず約束は取り付けた。
「それでは、完成次第連絡しますね」
「ありがとう。それじゃあ私達は行くね」
「またのご来店を、絶対に絶対に心待ちにしていますからね!」
ピジョンからのとてつもない圧を感じた。
全身を熱したナイフで突き刺されるみたいに痛い。
グリム達ははにかんだ笑顔を張り付けると、そそくさと店を後にした。
「さてと、これで一安心だね」
グリム達の目的は何とか果たされそうとしていた。
何事も無く装置が完成すれば、一件落着。
モールス信号以外の会話方法が完成する。
と言うことは、ここまで紡いだ関係が一つ解かれることになる。
チラッと視線をミュージュに向ける。
それを合図に、ミュージュは口を開いた。
「それじゃあ私は行くわね」
「えー、何処に行くのー?」
「何処でもいいでしょ? 私はあくまでも今回限りの関係を結んだだけ。手伝いも終わったんだから、これ以上関係を築く必要は無いわよ」
ミュージュとの関係の終わり。それを意味している。
実際、今回ばかりの協力関係を、無理やり取り付けたに過ぎない。
ミュージュもようやく解放されたのか、腕を天高く伸ばす。
「ふぅーん、さてと、これで私も自由ね」
「あのミュージュさん!」
「なによ、D。私を引き止めるつもり?」
解放されて有意義なミュージュに、Dが口を挟んだ。
ジロッと睨み返し、Dのことを怖がらせる。
一体何を言われるのか。グリムとフェスタは固唾を飲んだ。
「あの、ありがとうございました!」
Dは深々と頭を下げた。
ここまで助けて貰ったことへの感謝を伝える。
「はっ?」
ミュージュは突然のことに対応できない。
もちろん音楽に関することならできるのだろうが、こんなことほとんど無い。
瞬きを何度もしてしまい、何を言い返せばいいのか分からなくなる。
「あー、別に感謝されるようなことじゃないわ」
ミュージュはぶっきら棒に言い返した。
けれどグリムとフェスタは気が付いている。
明らかに照れ顔を隠しているミュージュの横顔を。
「ミュージュ、もう手伝ってくれないのかな?」
「当り前よ。約束は約束。私は果たしたわ」
「そうだけど、私はまだミュージュと冒険したいな」
「はぁ? なにそれ、私をスカウトしてるの?」
「もちろん。どうかな、ミュー……」
グリムはミュージュを誘おうとした。
けれどミュージュの答えは決まっている。
パチンと差し出した手を払いのけると、興味無さそうに顔を歪めた。
「悪いけどパスよ。じゃあね」
「あっ、ミュージュ……そっか」
ミュージュは踵を返して去ってしまう。
グリムは追い掛けることはせず、キッパリと諦めることにした。
何せ約束は果たしてくれた。これ以上望んではいけない。グリムは折を付けると、ミュージュの背中を追いかけなかった。
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