第204話 月の光
ミュージュはグランドピアノを前にし、ピアノの鍵盤に指が触れた。
繊細で長い指が弾き語るのは、美しい音色。
ピッコロ・スオノの一階から二階~四階へと音を広げる。
「グリムさん、私この曲聴いたことがあります!」
「月の光だね」
「なにそれ?」
「ドビュッシーが作曲した名曲だよ。ピアノの難易度としては中級程度って言われるけど、あくまでそれは一般的なもので、弾き手によってその幅も表現力も変化するんだ」
「「へぇー」」
ミュージュが弾き出したのは、クラシックの定番曲の一つ。
非常に有名で、繊細なタッチから奏でられる音楽は心の隙間に入り込む。
目を閉じると曲のタイトル通り、月の光を思わせる。
作曲家にとっては、曲に意味を持たせているかもしれない。
けれどグリムはこの曲を聴くと、ソッと目を閉じた。
暗闇の中、湖の畔を一人佇む。波風一つ無い湖の上を、ゆっくりと歩き出す。
波紋が幾つも浮かび上がり、空を見上げれば月の光が自分を優しく照らしてくれる。
まさにそんなイメージが濃く映り込むと、ミュージュは優雅に演奏を続けた。
「凄い」
「そうだねー。上手いよねー」
「はい。私には分かりませんけど、お金を支払って聴きに行くレベルだと思います」
Dも凄いことを言い出した。けれど一概に否定できない。
素人目線からだと、プロ並みなミュージュの腕前は目を奪われる。
いや、目だけじゃない。五感全てを奪われてしまうと、優雅に演奏する姿がまた美しく映える。
「#―プ、ミュージュって?」
「ミュージュさんは、よくここに来ますよ」
「そうなの?」
「はい。あのグランドピアノは普通のピアノとは違います。とても高価な上に、呪いのアイテムなので、触れた瞬間に装備されてしまうんです。ですがミュージュさんは違います。既に呪いを受けているからこそ、これだけ素晴らしい演奏をしても飲み込まれないんですよ」
グリム達はそれを聞いて、一つ見解を深めた。
ミュージュは生来の音楽か、そのためなら呪いの一つや二つは受け入れる。
そのためにあの呪いの装備を手にした。全ては音楽に帰着する。
だからこそ魂を震わすような音楽に、グリムも少しだけ痺れる。
「#―プ、演奏に混ざってもいいかな?」
「えっ、グリムさんもピアノを弾かれるんですか?」
「ううん。私はピアノは弾けないよ。だからベースを貸してほしいんだけど、いいかな?」
「ベースですか? はい、どうぞ」
#―プは何処からともなくベースを取り出す。
グリムに要望に応えてくれたようで手渡して貰うと、軽く弾いてみる。
チューニングは完璧。流石はライブハウス兼楽器屋だ。
「それじゃあ、邪魔しない程度に混ざって来るね」
「ま、混ざるって、弾けるんですかグリムさん!?」
「一応ね」
「かましてけー、グリム~」
「かます必要は無いけどね。さてと、邪魔をしない程度には……こうかな?」
グリムはベースを弾き始めた。
もちろん久々に弾くので不慣れではある。
けれどミュージュに重きを置きつつも、自分の存在感を主張する。
混ざる筈の無い楽器通しが同じ曲を奏でだすと、自然と音が重なり合う。
「おおっ、なんか変わった?」
「繊細で静かなタッチに深みが出ましたよ!?」
「それがベースの役割だからねー。グリムっぽくないけど、グリムにしかできないよ」
確かにどんな曲にでも合わせられるのはグリムの特権かもしれない。
しかも初見の相手と息を合わせるとなると、また難易度も変わる。
自分を主張しつつも、相手を尊重する。そんな芸当は波外れている。
「こ、こう重厚感が……」
「言いたいことは分かるよ。でもなんって言えばいいのかな?」
フェスタとDも付いて行けない。
そんな世界にまで発展すると、約四分の演奏が終わりを迎える。
ピタリとしたタイミングで曲が同時に鳴り止むと、鍵盤から指を放したミュージュが振り返る。
「誰よ、私の演奏に割り込んできたの」
「私だよ」
「チッ、また余計なことをしてくれたわね」
「でも、息は合ってたよ」
「そう言う問題じゃ無いわ。私の演奏を邪魔しないでくれる?」
「邪魔にはなって無いと思うけど?」
「うっ、それはそうだけど……ああ、もう。なんなのよ!」
ジャーン♫
ミュージュは苛立って、鍵盤を思いっきり鳴らした。
癇癪を起してしまうと、ミュージュはピアノの前から立ち上がる。
キリッとした瞳でグリムのことを睨むと、咄嗟に口走った。
「分かったよ、付き合ってあげる」
「ミュージュ?」
「ただし、これ一回限りよ。貴女達と合奏するのはね」
「いいよ、この一回で私達のことを知って貰うから」
グリムは決して物怖じしない。
どれほどの自信なのか、ミュージュに対して喧嘩腰だ。
けれどそんなミュージュとのやり取りが傍から見ればハラハラして面白い。
「あはは、ミュージュってオシャレなこと言うね」
「フェスタさん、止めないと!」
「大丈夫だってー。あれだけ息を合わせられたらねー」
フェスタはついつい笑ってしまった。
Dはハラハラドキドキだけれど、そんなこととは露知らない。
どんな理由であれど、一時的な協力関係を築くことができれば充分だった。
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