第180話 怨霊の果てる場所
失うものの方が大きい……
グリムは迷ってしまう。
ボッターKリンの言葉が引っかかっていた。
シルキーの体が残っているのなら、逆に言えば、ボッターKリンの代わりにシルキーを生き返らせることもできる筈だ。
「そーれっ!」
火柱を断ち切ったフェスタはグリムの姿を見つけた。
戦輪を手にしたDも、グリムの無事に安堵する。
「グリム、大丈夫!」
「グリムさん、無事でよかったです」
自分を気に掛けてくれる声が幾つも聞こえる。
しかしグリムは反応できない。
そんな余裕は無く、意識下にはシルキーのことがあった。
「グリムー、さっさと倒しちゃおうよ!」
「そうですよ、グリムさん」
「二人共少し待って。シルキーを生き返らせるつもりがあるのかな?」
グリムは疑わしい目を向けていた。
しかしボッターKリンは態度を変えない。
手にした呪符を握り締めつつも、もはや動くことはできない。
グリムに癌首を捧げる時間を稼ぎつつ、座り込んだ際に腰骨が折れてしまったので、物理的にも動けなかった。
「こうなってしまった以上、私に勝ち目は無いからの」
「勝ち目がない……ね」
グリムはボッターKリンのことをジッと見つめる。
睨み付けると、ボッターKリンは慄いてしまう。
後退しようにも逃げることもできず、クシャクシャになった呪符を握る。
「私も死にたくはない。じゃからの、私が蘇生されることは止めにする。だからの、せめて命だけは、た、助けてくれ!」
ボッターKリンは最後の命乞いを始めた。
けれどグリムは訊く耳を持つ気はない。
手にしている呪符が気になり、迂闊には手が出せないだけだった。
「それじゃあ、その呪符を捨ててくれるかな?」
「な、なんじゃと!?」
ボッターKリンは全て見透かされていた。
そのせいか、“呪符”という言葉に過剰反応。
動揺の色が隠せず、皮膚があるなら、汗がダラダラと流れていそうだ。
「できないのかな?」
「それは……ええい、ならばこの身ごと、シルキーの体を強硬手段で奪ってやるわ!」
あまりにも判断が早かった。いや、早すぎた。
突然豹変したボッターKリンは呪符を手にすると、破り捨てようとする。
今までにないくらい真っ赤な呪符で、この地下室を粉々に破壊できてしまいそうだ。
(マズい)
グリムも少し焦り、もはや猶予は無かった。
〈死神の大鎌〉を振り下ろし、ボッターKリンを倒そうとする。
その瞬間、振り下ろした微弱な風に煽られる。グリムの通った鼻が、異様な臭いを捉える。
「……この臭いは」
何かが焦げて焼けるような臭いだ。
グリムはハッとなり、近くに立っている儀式の様も蝋燭を睨む。
数は全部で六本。シルキーの体を取り囲むように立っていたが、そのうちの一本が見当たらない。
「蝋燭が一本足りない?」
「な、なにっ!?」
ボッターKリンも知らないらしい。
グルンと振り返ると、確かに蝋燭が一本足りない。
視線を右往左往させると、足りなかった蝋燭は横たわり、蝋を垂らし、揺らめく炎が燃えた。その先にはシルキーの長い金色の髪があり、今にも燃え移りそう……否、燃えてしまっていた。
「ヤバい、燃えてる!」
「「み、水!?」」
グリムはコートを脱いだ。
装備を外している訳ではないので、コートを手にすることができる。
対してフェスタとDはインベントリから水筒を取り出す。
中に入っている水やお茶を手にすると、シルキーの遺体の下へ駆け寄る。
「どうしてこんなことに!」
「グリム、退いて!」
バッシャーン!
フェスタが水をシルキーの遺体にかけた。
のだが、まるで火が消えない。
むしろより一層燃え広がっていて、グリム達は阿鼻叫喚する。
「なんで、なんでなんで!?」
「えっ、ど、どういうことですか!? シルキーさんの遺体が、えっ」
「ボッターKリン……の仕業じゃなさそうだね。何処行くのかな?」
シルキーの遺体が大変なことになっているにもかかわらず、ボッターKリンは逃げようとする。
立ち上がれないからか、体を引きずりながら、腕の力で移動する。
けれど骨がポキポキと音を立て、今にも砕けてしまいそうだ。
「わ、私は知らない! 私のせいじゃない」
「だったら誰のせいかな?」
グリムの圧が飛んだ。
すると地下室の中で、壁を叩く音が反響する。
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この信号は、モールス信号。
グリム達はすぐさま悟ると、頭の中で解読。
もちろん、理解ができたのはグリムだけだった。
「シルキーがやったの?」
「な、なんじゃと!?」
グリムの言葉に、ボッターKリンでさえ驚く。
理解ができない行為。
誰もがそう思う筈だったが、そこにシルキーの意思がある。
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とんでもないことを言いだした。
グリムは真顔になると、傍で蹲るボッターKリンが発狂する。
「そんなことこの私が許さん! お前が消えてしまうのはよい。じゃがの、お前の体だけは私が貰うぞ!」
「そんなことさせる訳が無いよね?」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ! この私が、この私が偉いんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
手にしている呪符を千切ろうとした。
その瞬間、見えない圧に吹き飛ばされ、呪符が宙を舞う。
「な、なにぃ!?」
呪符はまるで誰かの手の中に掠め取られたみたいな動きをする。
ヒラヒラと泳ぐ魚のようで、そのままゆっくり火の中に落ちていく。
一向に消えることの無い蝋燭の火。更に薪をくべるだけだった。
「シルキー、なにをする気じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ボッターKリンは断末魔を上げた。
もはや悲鳴で、シルキーのやっている行動は、あまりにも自虐的だ。
自分の体だけを燃やし、どんな理屈かは知らないが、他の部分には一切炎が飛び火しない。
完全に自分だけを燃やし、全てを無き物にしようとする。
「シルキーはそれでいいの?」
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「そんなことをすれば、未練が残る。シルキーの両親も悲しむんじゃないかな?」
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シルキーは全てを受け入れた上で決めたらしい。
グリムはムカついてしまい、歯ぎしりをした。
すると溢れ出た感情が、シルキーを刺す。
「そこまでする価値があるのかな? シルキーは生きたくないの?」
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「生きたいんでしょ? それならどうして」
「グリム……」
「生きたくても生きられない人はたくさんいるんだよ。シルキーなら分かるでしょ?」
グリムの止めどない感情が溢れた。
すると空気が変わる。モールス信号が無くなる。
代わりに時間だけがポツリ過ぎると、残された時間が砂時計となって落ちた。
「もう決めたってこと?」
ポツリと口走ると、ソッと炎が揺れる。
その状態でグリムの白い髪がなびくと、誰かに触られた感触がする。
如何やらそこに居るのはシルキーらしい。
「シルキー……そっか。それなら私達のことを見ていてよ。たとえゲームの中でもさ」
グリムの優しい声が響いた。
頬を温もりが触れると、気持ちが呼応した。
如何やら想いは届いたようで、眼前に燃えるシルキーの遺体が黒くなる。
同時に、シルキーのモールス信号は途絶えた。
完全に未練が無い証拠で、現世に縛られるものが無くなった。
そのせいもあり、シルキーの魂は完全に途絶える。
「さてと、それじゃあ終わりにしようか」
「な、なんじゃ、私に近付くな」
「悪いけど、終わりにしようか」
「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
シュパッ!
グリムは最後の足掻きも虚しく、ボッターKリンを倒した。
首に鎌が触れると、流れるように髑髏を弾き飛ばす。
ゴトンと異様な音を立てるも、転がって壁にぶつかると、砕けてしまった。
これで野望は完全に費えるとともに、シルキーの体も燃え尽きてしまった。
「これでよかったのかな?」
あまりにも儚い幕引き。
数十分の出来事が、一瞬で閉じてしまうと、グリムは切ない気持ちを抱き、心は晴れなかった。
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