第149話 同級生の謎助言
「うーん、どうしようか」
童輪は大学の自習室で唸り声を上げていた。
珍しく悩んでしまっているせいか、同じように自習室で作業をしている学生達の視線が集まる。
けれどすぐに興味が失せると、童輪は一人で考え込む。
「これだけ資料があっても、私一人じゃ難しいな」
童輪は頭を抱えて項垂れる。
陣取っている多目的個別机の枠の中で唸る。
左右の仕切りの中で、他に誰も使っていないためか、目の前の資料を睨み付けた。
「この物件は間取り自体は悪くないけど、予算がギリギリ。こっちの物件は、間取りの動線が気色悪い。おまけに周辺が歓楽街は少しな……難しい」
童輪は昨日・今日とひたすら物件資料と睨めっこをしていた。
そのせいだろうか。少しだけ睡眠不足になっている。
ゲームの中からファイルを取り出し、印刷してみたのだが、流石に悩み過ぎていた。
「祭理にもDにも相談したけど……これはな」
童輪は一人で決めるのはダメだと考えていた。
しかし祭理は「童輪が決めてー」に一点張りで主体性が無く、Dに至っては「私がグリムさんの意見に従います」と自力に欠けていた。
その結果、考えなくてもいい悩みに脳を支配されると、黒いファイルも漁ることになり、現在に至っていた。
「黒いファイルの正体はやっぱり事故物件。ここまで凝った設定にするなんて……凄すぎる」
運営の力の入れ具合に感嘆としてしまう。
それだけ設定が細かく決められており、そうでも無ければ、意図的に事故物件なんて要素を入れる必要さえなかった。
「とは言え、殺人みたいな事件性はほとんど無いね。あるのは基本的に孤独死。少し前の世の中と一緒だよ」
童輪はこの現実世界そのものを嘆いてしまった。
それだけ社会が廃れかけているのと同じだ。
技術が発達した現代とは言え、まだまだ発展途上は否めなかった。
「そこまで一緒にする必要は無かったと思うけど……とりあえず、事故物件の中を漁ってみたけど、目ぼしいのはこの辺りかな……うーん、迷う」
正直な話、事故物件の方が何も黒い噂の無い綺麗な物件よりも、天と地の差がある程には余りにも安い。
それだけ人間と言う生き物は、黒い噂に敏感と言うことだ。
少しでも黒い汚れがあれば、無条件に忌み嫌う。
そのせいもあり、事故物件となっている物件は安価なものが多かった。
「フォンスの街中にある、比較的造りの新しい洋風の物件。ここは少し前に殺……ああ、でこっちは?」
童輪が手にしていた物件の資料には、あまり良い情報は書いていなかった。
もちろん事故物件なのだから、曰く付きなのは理解している。
けれど時期的なものも加味すると、これからギルドとして成長していくにあたって、あまり心地よくは無かった。
「それからこっちはフォンスから程近い山の中にある洋館。立地としては悪くはない程だけど、この洋館も殺……が起きていない? 代わりに幽霊が住んでいるって……どういうこと?」
童輪は首を捻ってしまった。
まさか不動産会社がここまで自分達の首を絞めるような記載をしているなんて思わなかった。
そのせいだろうか。童輪は笑ってしまいそうになる。
「幽霊、ね。確かに苦手な人は嫌だと思うけど私は別に……いや、Dが苦手かも知れない」
物件としては全然悪くは無かった。
“幽霊”の二文字にさえ目を瞑ってしまえばむしろ得だった。
けれどDのことを考えないといけない。困る童輪はムッとした表情を浮かべると、不意に影が落ちた。
「その物件、良いと思うよ。幽霊の子も待ってるから」
「えっ?」
童輪は突然聞こえて来た女性の声に振り返る。
しかし一言言い残すと、女性は立ち去って行ってしまう。
窺えるのは後姿のみ。確か同じ学科で同じ学年の生徒だった。
「あの後姿、もしかして冠木さん?」
カジュアルな格好をしており、長い髪をヘアピンで留めている。
誰に対しても芯があって、話の奥にある真実をいち早く掴もうとする。
その振舞い方や声音から、すぐに記憶のデータベースに引っかかると、童輪は疑問を抱いた。
「変だね。一体なにを以ってこの物件を? もしかして、PCOを遊んでいるプレイヤー?」
童輪は当然のことながら、冠木のことを良く知らない。
話したこともほとんど無く、どんな人物なのか、何も分からなかった。
ただ一つ言えること。童輪の視線が幽霊の出る事故物件から離れなかった。
「行ってみる価値はある……かな?」
迷いが一瞬にして消えてしまった。
童輪の脳内がクリアに広がると、この事故物件に足を運んでみることにした。
購入は後にすればいい。一度詳しく見せて貰おうと、童輪は決めるのだった。
ちなみに、メチャクチャ大事なキャラです。