第148話 物件を見に行こう
グリムさんの悪いところ。
ちゃんとし過ぎるから、嫌な奴になる。
グリムは一人、フォンスにある大手不動産会社にやって来た。
もちろん前以って予約は入れてある。
だからだろうか。グリムはスムーズに事が運べると確信していた。
「さてと、良い物件を抑えるか」
グリムは責任重大な役目を担っている。
その事実を重く受け止めつつも、別段気負うことはしなかった。
それだけリラックスした状態で緊張感なく店に入ると、待っていたのがガランとした店内だった。
「流石に空いているか。……えっと、確か予約してたんだけど……」
「お待ちしておりました、ご予約されていた〈《アルカナ》〉の方ですね」
「はい。おお、それっぽい」
店内で呆然と眺めているグリムの前に現れたのはきちっとした正装の男性。
髪をワックスで固めた上で掻き上げており、細いフレームの眼鏡を掛けている。
シュッとした顔立ちで、如何にもな印象を受けてしまう。
「私は今回の物件提示をさせていただきます、ドuーアと申します」
「ドuーアさん。私はグリムです。よろしくお願いします」
「それでは早速ではありますが、幾つかの物件の資料をお持ち致しますので、あちらの席でお待ちください」
ドuーアに案内されるがまま、グリムは席に着いた。
誰も店内には居ないので、安心して待っていると、他の店員がティーカップに入ったコーヒーを持って来てくれる。
長丁場になる予感がする。グリムはゆっくり待つことにしたが、ドuーアは思った以上に早く戻って来た。
「それでは物件をご提示させていただきますね」
そういうドuーアが持って来た資料の数は糧違いだった。
今の時代、タブレットで収まる範囲のものが、全て紙の資料になっている。
その数はとんでもない。グリムは覚悟を決めると、ドuーアは続けた。
「〈《アルカナ》〉様がお探しの物件は、ギルドホームございましたね」
「はい。ギルドホームを探しています」
「新築でしょうか? 中古の物件でしょうか?」
「……ちなみに予算はこのくらいで……」
グリムは先に予算を提示しておく。
きっとこの資料の中には信じられない額の物件が眠っている可能性がある。
そんな雑多はこの際要らない。グリムは不動産屋の思う壺にはならないと決めているので、先に条件を挙げて次々消し去って行く。
「なるほど。それではこちらの物件はどうでしょうか?」
ドuーアが大量の資料の中から取り出したのはあまりにもジャストな物件だった。
見た所当り障りは無いファミリー向けの一軒家。
新築のようだが値段はお手頃。場所も悪くは無いのだが、資料を受け取ったグリムは速攻で見抜いた。
「この物件、日当たりは?」
「北向きでございます。ですが天窓を設置しておりますので、採光量には充分。採光率も規定通りですが?」
「それにこの無駄な壁。気に入らないね。なにを隠している?」
「それは私共ではなんとも」
グリムは物件の間取りや素材を把握した。
そこから何が起きているのか、何が起きたのか、あらゆる可能性を推測する。
するとドuーアは“面倒な客”として認識されてしまったようで、眼鏡の奥の瞳が神妙になる。
「悪いけど私は甘くは無いよ。一筋縄ではいかないから、下手な真似は止めた方がいい」
営業マンに釘を刺す一言をズバリと言い切ると、ドuーアは喉を絞められた気分にされる。
苦汁を舐めさせられ、初っ端から思ったことができないように封じ込められた。
「そこに在る資料見せて貰えますか?」
「……構いませんが」
「それじゃあ……とりあえず“良い”か“悪い”かでざっくり判断して……良い、悪い、悪い、悪い、悪い、悪い、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、論外、ダメ、悪い、良い、最低限、悪い、悪い、ダメ、悪い、ダメ、悪い、悪い、悪い、……」
「あ、あんまりだな」
グリムは真剣な目をしていた。
もはや誰も止めることはできない。
直感を信じ、今までに培ってきた技術を全て集約する。
その惨たらしいまでのバッサリとした対応に、ドuーアは涙目になっていた。
正直迷惑な客。だからと言って、仕訳けられた資料は希望通りの条件を最低限満たしているものであり、下心のあったドuーアの本性を言い当てたように的確だった。
「ドuーアさん、貴方は営業マンです。だから物件を躱せることも仕事です。ですが客との信頼をぶち壊すような真似をしていれば信用は地に落ちる。貴方だけじゃない。貴方の周りの人間も同類のように喰らい潰すんです。……分かってますね?」
「……うっ」
「さてと、とりあえずこのくらいにして。かなり絞れたかな」
グリムの情けも無い技術に圧倒されてしまっていた。
こうして集まった資料は最低限を満たしたもの。
しかしその数はあまりにも少なく、片手で足りるくらいだった。
「この資料は後で見させて貰うとして……ん?」
「は、はい、なんでしょうか?」
「畏まらなくてもいいですよ。私が迷惑な客なだけです」
「は、はぁ?」
「それよりそちらの資料は? 黒いファイルに閉じられているようですが」
ドuーアの態度が一変していた。
覇気のある様子は無く、ゲッソリと疲れている。
悪いことをしたと内心では思いつつも、グリムは引くに引けないので、自分の決めた道を行き、代わりに手元に置かれた黒いファイルを指さす。何か意味深で、グリムは臭って来た。
「こちらの資料はお客様のご要望にはそぐわない物です」
「それでも構わないよ。一度見せて……」
「畏まりました。どうぞ」
ドuーアは恐る恐る黒いファイルを手渡した。
中には大量とは行かないが、幾つかの物件が記載された資料が閉じられている。
如何してこれだけの物件が黒いファイルに。一瞬考える素振りを見せたが、考えるまでもない。
「事故物件ですか?」
「察しが良いようでなによりです。ですので、お客様にはそぐわない物とお見受け致しました」
「そうだね。本来なら事故物件は遠慮したい……とは言え」
グリムの直感が疼いている。この中に何か眠っている。
それを見逃していいのだろうか? グリムは意識を切り替えると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「この資料、持ち帰ってもいいかな?」
「えっ? はい、構いませんが」
「ありがとう。後でゆっくり見させて貰うから、今日の所は帰らせて貰うよ」
そう言うと、グリムは席を立った。
ここまでで一時間近くが経っているが、意外にも有意義だった。
けれどようやく解放された雰囲気が漂うと、ドuーアも席を立って見送る。
「それではお客様。機会があれば是非、私が担当させていただきます故」
「うん。そうさせて貰うよ……頑張ってね」
「は、はい。お帰りの際はお気をつけて」
ドuーアは丁寧に見送ってくれた。
社畜の印象が強まる程礼儀正しく、少し絞り過ぎたとグリムは悪い気がした。
しかし結果的には上手く行き、これからこの不動産会社は繁盛することを、グリムはまだ知らない。
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