第117話 少年の敗北
少年はグリムの話をマジマジと聞いて絶句した。
如何足搔いても負けていた。そんな未来しか見えない。
項垂れてしまう少年はその流れでグリムに答える。
「さっ、僕の気になることは全部教えて貰えたから、もうやっていいよ。心残りは無いから」
少年は開き直っていた。
完全に殺され待ちをする構えを取り、武器を手放して反抗の意思を示さない。
少年は完敗だった。もう勝ち目はない。だったらいっそのこと。
そう思って両手を伸ばして隙を見せるが、グリムは一向に倒そうとはしない。
むしろ大鎌を仕舞う様子で、その時点で戦うことを止めていた。
何故倒さないのか。少年には理解ができず、目を丸くした。
「お姉さん、どうして僕を殺さないの? 殺したら、相手のポイントを奪えるんだよ?」
「そうだね。でもその必要はないよ」
「その必要はない? もしかして僕のこと舐めてる?」
「そうじゃないよ。単純に私が倒すことを前提にしていないだけ。実際、私は相手を殺して勝利とは一言も言っていないからね」
ここまでグリムは一言も倒せば終わりとは言っていない。
「倒さなくても倒されたと判定できたらそれで終わってもいいよね」、グリムはそう答えた。
実際、グリムは少年の戦意をへし折った。自分か敗北の二文字を飲ませると、そのまま崩れてしまっている。もはや反撃の余地は無く、
これは倒された判定で、グリムの求めた結果だけが付いて来た。
「だからこの結果で良いんだよ。私の仲間もそれを了承してくれているから」
グリムは振り返ると、フェスタとDの顔がある。
首を縦に振っていて、如何やら話が聞こえていたらしい。
にこりと笑みを浮かべて相槌を打つと、再び少年の顔を覗き込んだ。
「と言うわけで私達の勝ちだから。できればもう襲わないでくれるかな?」
グリムの要求は実にシンプルだった。
完全に安全を獲得するための保身でしかない。
けれど少年は敗北者。勝者の言葉を受け取るしかない。
「そうだね。それじゃあ僕の負けだから、お姉さん達を襲わないことにするよ。今はね」
「今は? それじゃあまあ襲撃して来るってことかな?」
「さぁ? でも今回のイベントでは手を出さないよ。それとイベント以外では攻撃はしない。そう約束する」
少年はほくそ笑んでいた。
今回は負けたが次は負けない。その時はもっと上手くやれる。その自身しかなく、自分よりも強い強者の登場に胸の高鳴りが止まらない。これがワクワク。そこそこ生きて来た自分に足りていなかった欲求だ。
ならばこんな時、普段の時にやるのはもったいない。
もっと同じ舞台で、同じ立場で戦いたい。
だからこそ少年は無茶にも思える約束を勝手に取り付けた。
「そう? それなら構わないけど」
「本当? それじゃあ精々僕にやられるまでは負けないでね、お姉さん達。それと、はい!」
少年はグリムに何かを渡した。
それはプレイヤーIDとイベント獲得ポイントの一部のようだ。
「えっ?」
突然のことに驚くグリム。もしかすると負い目を感じているのだろうか?
そんな必要は無いのにと思いつつ、少年のIDとプレイヤーネームを見てグリムは首を捻った。この名前、何処かで見覚えがある。
いや、グリムはこの名前をはっきりと覚えていた。それと同時に抱いていた謎も解けた。
「59潰し238? この名前って、確か中間ランキング一位の?」
「238じゃなくて、238ね。お姉さん、間違えないでよ」
少年=238はそう答える。
普通に語呂合わせだったようで、グリムは瞬きをしたが、「なるほどね」と返す。
名前が分かったグリムだったが、その返答はあまりに淡白で、それもそのはず238が如何してこれだけの大量ポイントを獲得していたのか。その謎が解けたことが大きい。
238はズルいことはしていなかった。
単純にポイントの多いプレイヤーを襲撃して回っていた。
そのおかげであれよあれよとポイントが集まっていた。
けれどこれができたのは238がよっぽどの強者だからで、相手に反撃の余地を与えない戦闘スタイルがものを言っていた。
「238、貴方強いね」
「お姉さんが言わないでよ。でも僕も次は負けないよ。それじゃあ、お姉さん」
「うん。それじゃあ……」
グサリ!
グリムは見逃そうとした。振り返ってはいたものの、いつでも反射できるようにしていた。
けれどそんな真似は必要なかった。
突然背後から斬撃の音、何かが突き刺さる音が聞こえ、グリムではないことが分かっていたので急いで振り返り返した。
するとそこに居たのは鎖鎌を自らの腹部に刺して苦しむ238の姿。
目からは涙とも言えない何かが垂れ、嗚咽混じりにグリムを睨む。
「な、なにやってるの!?」
すぐさま駆け寄ろうとしたグリムだったが、238はにやり笑う。
すると口元が微かに動き、唇が音もない声を伝えた。
口パクで読唇術が無いと分からない。けれどグリムは現実でのそれを使い、上手く読み取ると
“つ・ぎ・は・ま・け・な・い・よ” ——
その言葉を言い残すと、238の姿は粒子になる。
強制ログアウトしてしまったようで、空しいまでの静寂が包み込む。
グリムはそんな草原に立たされてしまい、気分が悪い。
幸いにもフェスタやDに見られていなかったことに安堵するが、それでも気分は最悪だ。
「なんだか後味が悪いな」
グリムは蟀谷を抑えてしまった。
まさか目の前で自害されてしまうと、グリムには如何することもできない。
自分の意思で死んだことで、238はデス・ペナルティを抱えているだろう。
けれどそこまでして敗北を直に受け入れられてしまうと、グリムの心には一種の罪悪感に似た何かを貰う羽目になった。
「次は負けないよ、か」
グリムは溜息ではない吐息を吐いた。それほどまでに印象を強く受けてしまった。
四日目にして得られたのは強者の名前と【読唇術】のスキルだけだった
少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。
下の方に☆☆☆☆☆があるので、気軽に☆マークをくれると嬉しいです。(面白かったら5つ、面白くなかったら1つと気軽で大丈夫です。☆が多ければ多いほど、個人的には創作意欲が燃えます!)
ブックマークやいいねに感想など、気軽にしていただけると励みになります。
また次のお話も、読んでいただけると嬉しいです。