第116話 流れるようなステゴロ
少年は膝から崩れ落ちていた。
完全に負けた。けれど何が起きたのか、さっぱりではないが、よく分かっていない。
ただ一つ言えるのは、大鎌を奪ったことが全ての敗因。
もしかするとこれが二つ目なのかと、少年は絵空事のように思う。
けれど今は如何だっていい。
少年は敗北を喫し、膝から崩れた挙句、動けないよう喉に大鎌の刃が触れる。
この状況では容易に逃げるのは難しい。
かと言って反撃する糸口を与えてくれない程、今のグリムには隙が無かった。
完全に敗北。苦汁を舐める結果となった。
悔しいの一言も出ない。そんな圧倒的な敗北感に苛まれると、何処か清々しい。
放心する少年に対し、そんな中グリムは少年に対して一言呟く。
「ありがとう。久しぶりに少しだけ本気を出したよ」
完全に舐めていた。否、これは称賛されている。
確かに何かしら、何かとは言えない何かが、絶対的な壁を作っていたのは間違いない。
本気を出した瞬間、グリムはその壁を見事に突破してみせた。
それこそがグリムの本気なのかもしれない。
「お姉さん、一体なにをしたの?」
「なにって?」
「僕を倒した瞬間。如何して大鎌を奪った瞬間から、急に拳に切り替えて……動きも軽やかで、全く追いつけなかったよ」
少年は疑問を口にした。虚ろな瞳を向けられたグリムは一瞬だけ困惑する。
けれど少し考えてからものを喋る。
とは言え特に大したことはしていない。制限が解けたことで、本領を発揮できただけだった。
「別に大したことはしていないよ。ただ貴方が私の武器、呪いの装備を私の手元から切り離してくれたおかげで、デバフの効果が一瞬切れたんだよ。そのおかげで、何発か殴れただけ」
グリムは一匙の嘘も付くことはなく、素直に答える。
けれど少年にはその言葉の意図が通じない。
だけどそれも仕方がない。何を言っているのか、てんでさっぱりだった。
「呪いの装備……切り離す? デバフが切れた……もしかして、呪いのアイテムの解釈違い?」
「そうかもね。だけど実際上手く行った。これは隠しの仕様かもしれないね」
グリムが気が付いたこと。それはシステムの穴ではなく、隠されていた仕様だった。
PCOには様々な放置されたバグが隠されていて、それが一種の隠し仕様。
例えば今回の場合、グリム達が装備している呪いの装備。これに関係するのは、自分の意思で装備を変更できない。これが絶対厳守だった。
けれどこれには例外も存在する。
例えば他の呪いの装備と入れ替える場合。この場合は呪いの装備から呪いの装備に映るだけで、“呪いの装備”である事実は変らない。
また呪いの装備は誰にも奪われない。その仕様から、本来は戦闘スタイルを制限するだけに思えたが、ここにも例外が存在していて、自分の意思なく自分から離れた場合、呪いの装備の仕様は無視されると言うものだった。
これにより、少年の手によって一時的にグリムから離れた大鎌は呪いの装備の仕様から免れる。
つまりは他の武器も有効になり、どんな武器でも使えるようになる。
そんな曖昧で自由道の高い仕様だった。
「でも、今回の場合は拳だったけどね。拳を含めた体術や格闘術は、武器さえ介していなければ呪いの装備下でも使えるんだよ。少し攻撃力は落ちるけどね」
「それは知ってるよ。でも今の流れるような……」
「まあ、決して不得意じゃないからね。こう見えて、ステゴロは」
少年は唖然とさせられてしまった。
やはりと言うべきか、結局は呪いの装備が決め手ではない。
単純にダメージソースにもならない拳によって淘汰された。
少年は落ち込んでしまい、項垂れている。
「なんだよ、それ」
「本当なんだろうね」
少年はポツリと本音を吐き捨てた。
当分立ち直れそうにない心のダメージを背負うと、グリムも同情してしまうのだった。
一方、グリムと少年の戦闘を見届けたフェスタとD。
二人は遠目ではあったがグリムの勝利を確認する。
「ふ、フェスタさん!? グリムさんが勝ちましたよ!」
「そうだねー。でも、グリムなら勝つと思ってたよ」
「そ、そうですけど……さ、最後の見ましたか!?」
「うんうん、見た見た。流石にあの距離でグリムのインファイト喰らったらお終いだよねー」
フェスタは笑っていた。
まるでこうなることが分かっていたみたいだった。
その横顔をDは見届けると、ふと気になってしまった。
「あの、フェスタさん」
「なに?」
「グリムさんって、なにかやっていたんですか?」
「なにかって……さっきのステゴロのこと?」
「は、はい。その、ステゴロってやつです」
Dは不思議で仕方なかった。
ただでさえグリムは強い。けれど今回は反応速度が際立っていた。
素早く拳を突き出し、鎖鎌で牽制する少年を速やかに倒してしまった。
圧倒的な実力の差。それを感じさせられると、何処に隠していたのか気になってしまう。
けれどDはグリムに絶対の信頼と信愛を寄せているので疑ってはいない。
そんな必要は一切無く、単純に気になってしまった。
「うーん、グリムは別になにか習っていたわけじゃないと思うよ? 多分、あれは独学かな」
「独学なんですか?」
「うん。でも私よりも全然強いよー。一回だけ本気で喧嘩したことあったけど、全く歯が立たなかったもんねー。あはは、あれはボコボコだったよ」
「わ、笑い事じゃないですよ……えっ!? 喧嘩したんですか!」
「うん。高校生の時にね。いやー、あれ以来グリムに勝てる気がしないんだよねー」
フェスタは遠い目で懐かしんでいた。
けれどDにとっては驚くことばかりで、脳の処理が全然追い付かない。
情報が錯綜し、視線が右往左往する中、とりあえずDは一つだけ理解することにした。
グリムは強い。とても頼りになるけれど、本気にさせたら凄いんだと、ゴクリと息を飲んだ。
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