第115話 グリムの本気(対人戦)1
グリムはゆっくり草原を上がる。
その先には少年が鎖鎌を振り回していた。
鎖分銅がグルグルと回転し、ジャキジャキと異様な音を奏でていた。
完全に殺す気だ。目に殺意が灯っている。
けれどグリムも負ける気はない。むしろ勝つ気でいた。
負けを望むような戦いなんてしたくない上に、肩には想いが乗っている。
だから絶対に負けない。むしろ勝つ。ただそれだけで、グリムは一言を呟いた。
「本気でやってもいいんだよね?」
「うん、もちろんいいよ!」
「それじゃあ、倒さなくても倒されたと判定できたらそれで終わってもいいよね?」
「ん? 意味分からないなー、どうせ僕が勝つのに。でもそれでいいよ。ちょっとしたハンデだから」
少年は完全に調子に乗っていた。
鼻っから自分が勝つ気満々で、グリムはその鼻を明かす気になる。
姿勢を少し崩し、体勢を変えると、一気に草原を駆け上がった。
「それじゃあ、行くよ!」
グリムが駆け上がると、同時に鎖分銅が降りかかる。
グルグル回転させ、鎖同士をぶつけ合わせる。
狙いはグリムの頭。的確に高さを合わせていて、顔面を陥没させる気だった。
「はい、終わりだよ。本気って言っても、結局その程度じゃ……?」
「終わりにするには早いんじゃないかな?」
グリムは鎖分銅の覆った影から顔を覗かせる。
少年は意外な表情を浮かべる。きっとグリムのことを倒したと思ったのだろう。
けれどその思惑は一瞬で省かれる。
グリムは鎖分銅をほんのギリギリ回避し、完全にノーダメージ、ましてや大鎌の柄を当てることで、〇コンマの世界で、少年の思考を狂わせたのだ。こんな芸当ができる人はそう居ないだろう。
「あ、あはは、はは。はぁはぁ……いいね、お姉さんいいよ! もっと、もっと僕に見せてよ、その余裕そうな表情が死に顔になる様をね!」
「厨二病かな?」
少年は生き生きしていた。とても楽しそうで、愉悦に浸っている。
しかしそれが余りにも不気味で仕方がなく、鎖分銅を引き戻すと、今度は大振りに振り下ろした。いわゆる叩き付ける攻撃だ。
「あはは、はは! これはどう避けるかな?」
振り下ろされた鎖分銅はグリムのことを正確に狙い、頭を粉砕しようと目論む。
けれどグリムはそれすら平然と避けてしまった。
【観察眼】のスキルで揺れ方を計測し、落ちるポイントを絞ったのだ。そうすることで攻撃は軽く躱せてしまう。
「この攻撃まで避けるんだねぇ。それじゃあ、こうだ!」
少年はそう言うと、指先を動かして鎖分銅をうねらせる。
ニョロニョロと生き物のようにうねり、グリムのことを執拗に追う。
「追尾して来る?」
「【風属性魔法(小)】の効果だよ。その名も【風属性魔法(小):スネークウインド】」
スネーク? ってことは蛇のように追いかけるってことだ。
グリムは魔法名を素直に教えて貰えたので如何するべきか考える。
けれど分かった所で攻撃を回避できる訳ではない。
ましてやグリムの方がピンチではあった。
魔法名を開示する。それは即ち効果を持続させる。システム的に自分の力を披露し開示すると、その効果時間はほんの少しだけ伸びる傾向があるらしい。
あくまでも“らしい”のだが、その“らしい”をここで発揮されるとなると、グリムはピンチ以外の何物でもなく、非常に危険な状況だった。
「さぁさぁ、どうするの?」
「どうするもなにも、追尾して来るのなら決まっているよ。こうするだけ」
「こうする? って僕の方に来るの!? ……ま、マズい」
少年は表情を顰め、目を見開きたじろいだ。
それもそのはず、グリムは追尾して来ると分かった以上、ただ闇雲に逃げるのを止める。
むしろ逃げるのではなく攻撃に転じた。
少年を目指してグリムは突き進む。
追尾して来るのなら追尾させておけばいい。
どのみち追いかけられるのならば、その足で少年に近付けばきっと巻き込まれるはずだ。
自己的に鎖分銅を引き寄せると、少年もろとも事故的を装うことにした。
「まさか僕もまとめて鎖分銅の餌食にする気なんて、考えたね。それじゃあ僕はこうさせて貰うよ!」
グリムが少年もろともの覚悟だと知ると、少年は鎖分銅を引き戻す。
これで魔法は解け、鎖分銅が追うこともない。
その一瞬、鎖分銅が手元に戻るまでの時間、グリムはにやけると少年との距離と素早く詰めた。
「今だ!」
グリムは少年との距離と数メートルまで詰めた。
余裕のあった距離感が一瞬にしてなくなり、鎖分銅を打ち出す暇もなくなる。
これがグリムの一つ目の狙いだ。
「まさか僕に恐怖心を抱かせて、攻撃の手を自発的に緩めさせるなんて。本当に凄いね。でも僕の方が上手だよ!」
少年はそう言うと、引き戻した鎖分銅でグリムの大鎌を捉える。
何をする気なのか。グリムは一瞬思考するが、気にせずに突き進む。
すると少年は動いていなかった。
これは明らかに罠。そう思ったのも束の間、少年は鎖鎌を後ろに引いた。
「そーれっ!」
「うおっ!?」
グリムは体勢を崩された。
振り上げていて大鎌を鎖分銅で引っ張られたのだ。
「でも、これだけだったら私は負けないよ」
「そうだよね、お姉さん。でもさ、こうすればどうなるかな?」
少年はほくそ笑んでいた。完全にグリムのことを上から目線で見下ろしている。
何を企んでいるのか。所詮は体勢を崩されただけで、素早く爪先に力を加えると、その勢いのまま少年との距離と数十センチにまで詰め寄せた。
けれどそれを待っていたのは少年だった。
数十センチまで距離と詰められると、鎖分銅を引き抜き、私の体勢を今一度崩させる。
しかしグリムは予期していた。だから体勢は崩さなかったが、同時に腕の中から何か抜ける。軽くなったのではない。奪われてしまった。
「狙いは私の武器?」
「そう言うことだよ。お姉さんは確かに強いけど、武器が無かったらまともなダメージソースにならないでしょ?」
確かに少年の言うことは合っていた。
武器を奪われたということは、まともに攻撃して、ダメージを与える手段が無くなる。
つまりは少年の勝ち。グリムはやられる……訳でもなかった。
「そうだね。確かに武器が無いとまとも名攻撃はできないよね」
「そうそう。いい加減分かっているんだね。それじゃあ、死んで貰えるかな?」
「ううん、死にたくはないよ。だから足搔くね」
「足搔く? 一体なにを考え……ぐはっ!」
少年は急に痛みに襲われ苦しみ出す。
突然の急襲。しかし周囲にはグリムしかいない。
伏兵が隠れているわけでもなく、少年は視線を下げると、自分の腹部を殴られていた。
「殴られた? まさかSTRが高い?」
「うーん、そういうわけじゃないよ。単純に私が強いだけかな?」
「つ、強い? 一体なにを言って……武器もないのに」
「武器が無いのがいいんだよ。私は武器に縛られているからね。だから、ありがとう」
グリムは続けざまに少年の顎に強烈なアッパーを叩き込む。
骨のような物があり、グリムの腕にも痛みが走る。
かと思えば少年は右の頬を思いっきりフックを喰らい、そのまま気絶しそうになる。
フラフラになったまま少年は膝から崩れ落ちると、「げほっ!」と痰を吐いた。
「回収させて貰ったよ。それと、これで私の勝ちだから」
少年はグリムの声を右から左に流していた。
否、まさか素手に負けるとは思ってもみなかった。
そのせいで信じられなくなり、草原に座り込むと、首筋に大鎌の刃が触れる。
完全に負け。動くこともできない。流れるような単純攻撃の嵐に巻き込まれ、少年は「あはは」と笑うだけだった。
これがグリムの本気。
武器さえ縛られていなければもっと強いのだ。
一瞬の間だけ、呪いの装備が解かれたことで垣間見えたグリムの力の片鱗に、グリムです「ふぅ」と息を吐く程だった。
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