16 ラザに生まれて
シジ兄ちゃんは、それっきり帰ってきませんでした。
シャーラにも、もうわかっています。
お父さんとおばあちゃんは死んでしまっていて、もう会えないこと。
シジ兄ちゃんは、タラントに入ってイスマール軍と戦っていること。
あの優しくて明るかったシジ兄ちゃんは、もうどこにもいないこと・・・。
それでもシャーラは、テントのまわりを歩きながらいつも人混みの中を探してしまいます。
ひょっとして、お父さんやおばあちゃんやシジ兄ちゃんがいないだろうか・・・と。
銃の音や爆弾の音が毎日聞こえています。
ミツキは大怪我をして「いりょうテント」に運ばれてゆきました。
配給される食べ物が少なくなり、シャーラもみんなも、いつもお腹が空いているようになりました。
時々空から降ってくる食べ物を手に入れるために、お母さんとマルラ姉ちゃんが壊された建物の瓦礫の山を越えてゆきます。
食べ物を持って帰ってきた時、お母さんの顔に青黒いアザがありました。
お母さんは「なんでもない」と言っていましたが、あとでマルラ姉ちゃんが「奪い合いになって殴られたんだ」と教えてくれました。
次に空を飛行機が飛んで、ぱらしゅーとが降ってきた時には、マルラ姉ちゃんは硬い棒を持って行きました。
サリノアおばさんも一緒に行こうとしましたが、お母さんが
「子どもたちを見ててください。みんなの分もちゃんと取ってくるから。」
と言って、大人が手分けすることを提案しました。
「僕も行く。僕は足が速いから。荷物だってちゃんと持てる。」
マハド兄ちゃんが、一緒について行きました。
シャーラは残ったマーユとクトゥルに、サラムとメイルでお話を作って遊んであげました。
お話の世界にいる時だけ、シャーラは少しだけつらいことを忘れることができました。
* * *
シャーラと名乗ったその女の子は、まるで人生の全てを見てきた大人のような目をしていた。
カメラのレンズ越しに、汚れた手作りの人形を2つ両手に握りしめて、懐疑と怯えと諦めと、そして微かに絶望を宿したような光を放つ目で、私の魂の奥底まで見通すような視線を向けてきた。
わずか5歳の女の子の目ではない。
いや、ラザで出会った子どもたちは、皆こんな目をしていた。
ファインダーから目を離して、直にその子を見る。
ガリガリに痩せている。
ラザに生まれた、というだけで、なぜこんな目に遭わなければならないのか?
ふいに、
この子を連れて帰りたい!
という衝動が湧き上がってきて、私は目を逸らした。
それはできることではない。
私のビザはジャーナリストとしてのそれであり、現地の子を連れて検問を抜けられるはずがないのだ。
私にできることは、これを伝えることだけなのだ。
ポケットにあった小さなチョコレート菓子を「内緒だからね」と言って、他の誰かに見られないようにそっと女の子の手に握らせる。
禁忌を犯している——とは思ったが・・・。
女の子は、一瞬だけ子どもの目に戻った。
了
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
せめて、シャーラに平穏が訪れますように。
世界中の紛争地で苦しんでいる子どもたちに、平穏が訪れますように。




