15 人の心
お母さんが帰ってきたのはあたりが暗くなる頃でした。
すごく疲れた顔をして、トボトボと歩いてきましたが、シャーラたちを見るとにっこりと笑顔を見せました。
お母さんの目の下が暗いように見えるのは、光のせいでしょうか。
「お母さん!」
マルラ姉ちゃんが駆け寄ると、お母さんは足の力が抜けたみたいになって、テントの前に座り込んでしまいました。
「お母さん!」
シャーラもマハド兄ちゃんも駆け寄りました。
お母さんは黙って3人を抱きしめました。
ぎゅうぅっと痛いくらい抱きしめました。
よく見るとお母さんの服も顔も、泥と煤で汚れています。
「すみません。任せてばかりで・・・」
サリノアおばさんがクトゥルとマーユを抱えたままで申し訳なさそうに言いました。
「いえ・・・。サリノアさんがこの子たちをみていてくれたので、わたしは怪我人の救出を手伝ってこられたのです。大人がわたししかいなかったら、わたしもすぐ戻ってきてしまったと思います。」
そのあと、テントの前でお鍋でスープを作って、みんなで食べました。
コンロの携帯ガス缶も残りが少なくなってきています。
今はこれも手に入らないので、なくなったらもう温かいものは食べられません。
こんなこと、いつまで続くんでしょうか。
誰もあまり口を聞きませんでした。
2日が過ぎました。
マハド兄ちゃんは、以前のような笑顔を見せなくなりました。
さっかーもやりに行かず、テントの前にいて、ずっと怖い顔をして空を見ています。
あの爆発から3日目に、シジ兄ちゃんが帰ってきました。
手に布の袋をぶら下げています。
マハド兄ちゃんが飛び込むようにしてシジ兄ちゃんに抱きつきました。
「よかった。みんな無事だったか・・・。」
そう言って、マハド兄ちゃんの頭を撫でました。
それからテントに入ろうとして、シジ兄ちゃんは足を止めました。
「なんだ、これは!?」
「国連のテントが間に合わないの。だから・・・」
説明しようとしたマルラ姉ちゃんの頬を、バン! とシジ兄ちゃんが平手で打ちました。
「誰がこんなことしていいって言った!?」
バシン!
今度はマルラ姉ちゃんがシジ兄ちゃんを平手で打ちました。
「こんな小さな子たちに外で寝ろって言うの?」
しかし、シジ兄ちゃんは今度はゲンコでマルラ姉ちゃんを殴りました。
マルラ姉ちゃんはたまらず地面に倒れます。
まわりの大人たちは誰も気にしません。
ここではよくあることだからです。
「やめて! 兄ちゃん!」
マハド兄ちゃんがシジ兄ちゃんにしがみつきました。
「マハド。おまえがそんなこと言えるのか? 親父が死んだのは誰のせいだ?」
マハド兄ちゃんは手を離して、地面にぺたんと尻もちをつきました。
お父さん・・・死んだ・・・?
薄々そうではないかと思っていたシャーラですが、今、はっきりとその言葉をシジ兄ちゃんから聞いて、お腹の中身がみんな無くなってしまったような気持ちになりました。
もう、帰ってこないの? お父さん・・・。
「俺が、今は家長だ。俺の許可なく勝手なことをするな!」
シジ兄ちゃんはそう言って、テントの入り口を乱暴にめくり上げました。
「出ていけ! ここは俺のテントだ!」
ばん!
と今度はお母さんがシジ兄ちゃんを平手打ちにしました。
「わたしも殴るかい? おまえは家長かもしれないが、わたしはおまえの母親だよ?」
シャーラはびっくりしました。
だって、シャーラはお母さんが誰かを叩いたところを見たことがありません。
シジ兄ちゃんも驚いた顔で、頬っぺたを押さえています。
「シジ、あんた、いつからそんなんなっちゃったんだい? お父さんが生きてたら、この子たちをどうしたと思う?」
シジ兄ちゃんは唇を噛みました。
「あんたは、タ・・・あいつらのところへ行って人の心を落としてきたのかい? もう行くんじゃない!」
シジ兄ちゃんは、少しうつむいて唇を噛んでいましたが、やがて押し殺したような声で言いました。
「食べ物を・・・どうするんだ?」
「少なければ少ないなりに、みんなで分ければいい。あんたまで・・・あんたまで・・・」
お母さんは目に涙を浮かべました。
「た・・・戦わなきゃ、殺されるだけだ。奴らが父ちゃんとばあちゃんにしたことを、俺は絶対忘れない! 奴らを全部ここから追い出してやる!」
シジ兄ちゃんはすごく怖い目になっています。
シジ兄ちゃんが袋をどさっと放り投げました。
「これが最後だ。マハド! 今日からは、おまえが家長として家族を守れ!」
それだけを言うと、シジ兄ちゃんは、くるっと向きを変えて走っていってしまいました。
「シジ!」
お母さんが叫んだ時には、シジ兄ちゃんの姿はもう人混みの向こうでした。




