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幼馴染が元婚約者の出戻り修道女を迎えに来ました  作者: 田鶴


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25.娘との別離

 アントニアは家を出る前にルドヴィカに直接別れを告げようとしたが、アルブレヒトはジルケの心境を慮って最初は拒絶した。だがこのままアントニアと離れ離れになることになったら、ルドヴィカは心を閉ざしたままになるとペーターに説得されて結局、渋々了承した。それを聞いたジルケは許可したアルブレヒトにも、()()()()()アントニアにも、実母を拒否するルドヴィカにも腹が立って仕方なかった。


 出て行く準備を終えたアントニアは、ルドヴィカの部屋の前に立っていた。厚い扉を通してもすすり泣く声が聞こえ、身を切られる思いがする。だが思い切ってノックをした。微かに返事が聞こえ、アントニアが部屋の中に入ると、目を真っ赤にしたルドヴィカがアントニアに飛びついてきた。


 アントニアをぎゅっと抱きしめて離さないルドヴィカが愛しい。なのにもうすぐこの子を残して出て行かなければならないと思うと、アントニアは涙がこぼれそうになったが、ルドヴィカに涙を見せる訳に行かずぐっと堪えた。


「ママ! 私はママの子供よね?!」

「かわいいルドヴィカ。貴女は私のかわいい、かわいい娘よ。でもジルケさんが貴女を産んだのも本当なの」

「嘘! あのおばさんが私のママのはずない!」

「嘘じゃないわ。私も貴女のママだけど、ジルケさんも貴女を産んだママなの。ママが2人いるって素敵なことじゃない?」

「素敵じゃない! だってママが私を産んだんじゃないから、ママがパパとお別れした後、ママは私を連れてってくれないんでしょう?」

「私が貴女を産んだとしても、連れて行くことはできなかったわ。夫婦がお別れすると、子供はパパの所に残るって決まりなの」

「そんなのおかしい! パパにお願いする!」

「貴女が私についていってもいいってパパが許すはずないわ。パパとジルケさんの言う事をよく聞いてフランチスカさんとも仲良くしてね。貴女の本当のお姉さんなんだから」

「嫌! あんな意地悪な子、私のお姉さんの訳ない! 仲良くしたくない!」

「お願い、そんなこと言わないで……」

「ママぁ、嫌だー! お願い、連れてってぇ……」


 ルドヴィカはアントニアの身体に顔を押し付けたまま、号泣し始めた。アントニアの服がルドヴィカの涙と鼻水で濡れたが、そんなことは気にならなかった。それどころか、こんなに娘を泣かせてアントニアは自分を不甲斐なく思った。


「ごめんね、ルドヴィカ。パパを説得して貴女を連れて行ける力がなくて私はとっても悲しくて辛くて……寂しいわ。でも手紙を書くわ」

「たまには会いに来てくれる?」

「修道院に入るから、会いに来れないと……思うの」

「そんな! じゃあ、ママに会いに行く!」

「それもね、遠いからパパが許さないと思うわ」

「いやぁ、ママ、行かないでぇー……」


 アントニアはルドヴィカを抱きしめたまま、彼女が泣き止むのをじっと待った。


「ひっく、ひっく……マ、ママ……どうしても……駄目?」

「ごめんね。でもいつか一緒に住めるように頑張るから、待ってて」

「本当?!」

 ルドヴィカは、表情をぱっと明るくしてアントニアを見上げた。

「今はパパを説得できなかったけど、何とか納得してもらえるように手紙を出してお願いするわ」


 同じ屋敷に住んでいても交渉が決裂したのだ。遠い地にあって親族以外の男性との手紙のやり取りさえ制限される聖グィネヴィア修道院に入ってから、アルブレヒトを説得するのはほとんど無理だろう。でもアントニアはそんなことをルドヴィカに言いたくなかったし、何より自分が諦めたくなかった。でも気休めを言うだけでルドヴィカを騙しているのではないかという罪悪感も消えなかった。


 アントニアは、ぐずるルドヴィカに何とか別れを告げ、明日から自分のものでなくなる自室に荷物を取りに行った。もっとも修道院では自由な服装も外出もできないので、私服は必要なく、寝間着や下着、替えの靴などの最小限の荷物はアントニアも自力で持てるトランクに全て入った。もちろん、ゴットフリートからもらったガラスペンとラルフからもらったレターセットも持って行く。


 アントニアがトランクを持って裏口へ向かう途中、侍女達の話声が聞こえた。


「アントニア様、やっと出て行くってね」

「でもルドヴィカ様は置いていかざるを得ないみたいよ」

「旦那様がお許しになるはずないわ」

「それにしてもあのお茶を飲ませていたのによく子供ができたわよね」

「もしかしたらルドヴィカ様はアントニア様の子供じゃないかもしれないわよ。あの時期、ちょうどジルケ様も静養するって1年ぐらい本邸にいらっしゃらなかったでしょう?」


 アントニアはもう聞いていられなかった。こんな噂が蔓延る家にルドヴィカを残していくことが心残りだった。


 閨の後に飲まされたお茶の効用についてアントニアは半ば予想がついていたが、アルブレヒトの子供が欲しいわけではなく、敢えて騙された振りをして飲んでいた。それでもアントニアに閨を断る権利はなかった。お茶はアルブレヒトの差し金ではなかったようにアントニアには思えるが、妊娠させられないようにされているのに、心身を消耗してまでアルブレヒトと身体を重ねなければならなかった事に怒りの感情が腹の底から湧いてきた。夫との間に愛があったのなら、子供ができなくとも意味のある交合だっただろう。だが愛など全くなく、ただひたすら後継ぎのために身体を繋げただけだった。それなのに、あの苦痛は意味がなかったというのだ! アントニアは悔しくてたまらなくなった。

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