02 地球にて
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「ハァ――」
満点の星空が広がる夜の山の中に一匹の美しい毛並みをした黒猫の姿があった。その額には宝石が星明りにキラリと輝き、後ろでは2又に分かれた長いしっぽがゆらゆらと揺れている。
そんな黒猫は何度もため息をついて気が進まないと言わんばかりに重たい足を引きずるようにとぼとぼと兄との待ち合わせ場所へ歩みを進めていた。
こちらの世界に逃げてきて何百年の時が立ったか、この世界の主である兄に助けられ傷ついた体を、心を癒していたまではよかった、そう良かったのだ。
最初はよく訪ねてきてはお見舞いと一緒に心配の声をかけてくれた兄も最近では急にやってきては愚痴や説教をするだけして帰っていくことが増えてきていた。
せっかく安全な場所での療養生活、もとい引きこもり生活を満喫しているというのに、このままではいつこの世界を追い出されるか分かったものではない。
そんなところに今回は珍しく兄の方からお呼び出しがかかったわけだ。黒猫はいい加減元の世界へ戻れと言われたら今度はどんな言い訳をしようかとあーでもないこーでもないと頭をひねりながら指定の時間が近づいているのを思い出し早足に歩みを進めていた。
と、遠くから遠くからバリバリと甲高いエンジン音が聞こえてくる。その音はカーブを抜けるごとにうなりを上げながら大きくなり近づいてきていた。
「なんじゃぁうるさいのぉ、全くどこのバカが運転しとるんじゃ、、、」
この山は古くから神域として人間の出入りが制限されてきた場所だった。一時期は近代化の波に押され観光地化されたこともあったがそれも今は昔の話、今では放置された当時の建物と道だけが残っているだけであった。
まあ珍しい奴でもいるもんだと黒猫は一瞬立ち止まって意識を持っていかれたもののそんなことを気にしている余裕はないと足早に歩みを進めていると・・・
キュキュッ、ズザァァアァァァ
顔のすぐ横でそんな音が聞こえる、とっさに音のする方を振り向くとちょうど横向きに倒れながらこっちに飛んで来る2本のタイヤが見えた。とっさにその場にしゃがみ込むと耳をかすめるようにバイクが頭の上を滑っていく、そしてそのまま勢いを殺すことなくガードレールに突っ込んだ音がした。
黒猫がそーっと振り返ると白煙を上げるバイクの向こうにバイクから放り出されこちらを見つめながら崖の向こうに真っ逆さまに落ちていく男の姿が見えた。
「・・・・ぅおっとぉ、ありゃあいつは助からんな、、しかしこりゃまずいぞ兄さまにばれる前にさっさと逃げるのじゃ、、、」
黒猫はこの世界ではよそ者だ、そんな黒猫がこちらの生き物にかかわってしまうのはどんな形であれ非常にまずい。それにもしその生物の生死にかかわってしまったら、、、
黒猫は焦ったように止まっていた足を踏み出してこの場所から逃げ出そうとしたとき、背後の暗闇の中から腕を組み顎をさすりながらニヤニヤした顔で近づいてくる和服のような、着物に身を包んだ長身の男がスッと現れた。
「ん~~~???何がまずいってわが妹よ?」
今最も会いたくなかった兄の登場に踏み出そうとした足がピタッと止まる
「ま、まだここは約束の場所には遠いはずじゃぞ、な、何でここにおるんじゃ?」
黒猫はゆっくりと振り向きながら答えると男はさも当然のようにしゃべりだした
「いやぁなに、今日は珍しく私から呼び出したからな、迷子になってはいないかと心配になって迎えに来てやったのだよ」
男はあおるようなねちっこい声で猫にこたえる
「し、白々しいわい。いつも心配なんぞしていないじゃろうが、どうせ暇だったからとかそんなもんじゃろ。それにしても今日はいったい何の用なんじゃ、そっちから呼び出すとは珍しいのぉ」
黒猫が目を泳がせながら必死にしゃべるのを男は気にすることもなく猫をまっすぐ見つめる
「いやぁお前にどうしても急ぎ伝えなくてはいけないことがあってなぁ、まあまずそれよりも、だ」
スゥっと男の目が細くなると猫の横に目を移す、そこにはガードレールにぶつかりフレームごとひしゃげて白煙を上げるバイクが転がっていた。男はそれを一瞥するとその近くでふわふわと漂っていた雲のような淡く輝く煙をつかみ取った。
「これはいったいどういうことだ?私のかわいい妹よ、私の愛する人間が一匹死んでおるではないか?」
そういって男は黒猫と目を合わせるようにしゃがみこんだ。
「そ、そいつが勝手に突っ込んできただけじゃぞ、わしは何もやっとらんわい!」
黒猫が後ずさりしながらそう答えると男は饒舌にしゃべりだした。
「ほぉ、私にはお前がぼおっと歩いていて道路に飛び出したように見えたが違うのかな、 「う、(ギクッ)」 いやすまないまさか私の世界に居候の身でありながら、私が丹精込めて生み出した人間を一匹不注意で殺してしまったわけではあるまいな 「 ぁぅ 」 いやまさか私のかわいくて優秀な妹がそんな嘘をつくわけがない、いやしかしどうしたものかこの男の寿命はまだ残っているはずだったのだが、、、」
そう言って男は掴み取った煙を見る、煙はじたばたと男の手の中から逃れるように動いていた。
「むーーわしが悪かったわい、なんじゃ、さっきからねちねちと結局何が言いたいのじゃ」
「なんだ、もう認めるのか。もうちょっとこの子芝居を楽しみたかったんだが...」
男はちょっと残念そうにそう言うと話を続ける。
「まあいい、私にもあまり時間はないのでな。ひとまずお前を呼んだ理由だがお前たちの世界、ロイシュだったか、そこで奴がまた不穏な動きをしていると情報が入った」
ロイシュ、それはこの男が管理するこの世界のように黒猫が主として管理しているはずの世界だ
「や、奴という呼び方はやめるのじゃ、姉さまは姉さまなのじゃ」
「ふん、あやつが犯した大罪を忘れるわけにはいくまい、現にお前たちの世界は崩壊しかけたではないか。そしてお前はそれを止めるために傷つき、そして私の世界に逃げてきた、違うか?」
「そ、それは、、、、、 でも、、」
黒猫は兄の言葉を否定しようとしたがその言葉は見つからない、ただうつむくしかなかった。
「でももくそもあるか、 はぁ まあいい、それでそのロイシュでまた何かが起ころうとしている。一度逃げ出したとはいえお前にはあの世界での責任がある、戻って決着をつけてこい」
「無理じゃ、たとえ帰ったとしてもわしにはもう力が、姉さまを止める方法がない」
黒猫はさらに後ずさりしながら必死に首を振る
「では、何もせずただ崩壊だけを待つのか?あの時、お前が救おうとしたあの世界は、お前が助けた獣たちはどうなる?何、力だ何だとわかりもしないことを考える前に一度戻って世界を見てこい、数百年も時が経っておるのだ、何か変わるかもしれん」
そういうと男は立ち上がりぶつぶつと何か呪文の用なものを唱える、最後にパンと手をたたくと何もなかった目の前の空間に亀裂がは入り漆黒の闇が現れた。
「ほれ、ロイシュへの扉だ、帰って何をするか自分の眼で見て考えろ」
「そ、そんなに言うなら兄さまが自分で片を付ければいいじゃろうが」
「はぁ、お前はまだ言うか」
男はため息をつくと猫の首根っこをグイっとつかみ持ち上げる、そのまま自分の顔の前まで持ち上げるとグッと目を合わせた。
「あそこはお前たちの世界だ、崩壊するにしろ救うにしろ自分の眼で見届けてこい、何もする前にあきらめるな」
男は少し怒ったようにそう言うと黒猫をさっき作った亀裂にひょいっと放り投げる。
「おい、こらまだわしは帰ると決めたわけでは、、」
「あぁ、それと餞別だ、ついでにこれも持ってっとけ」
男は黒猫の言葉にかぶせるようにそう言うと反対の手に持っていた死んだ男の魂もその亀裂に放り投げた
「はぁ?そんなもん何の役に立つ?いらんわーーー」
そう言い残しながら黒猫と魂は門の中に吸い込まれていった
「くっくっく、まあそれを決めるのは俺じゃない。意外と使えるかもしれないぞ、物は使いようだ」
そういって笑いながら一人残された男が門を閉じようともう再び呪文を唱えているとその肩に1羽の白い鷹がふわりと留まった。
「全く、よかったのですか?あんな強引に妹様を帰してしまって」
留まった鷹が美しい女性の声であきれたように話し出す
「お前か、見ていたのなら来ればよかったであろうに」
男が再びぱんと手を鳴らすと開いていた亀裂が閉じ元の暗闇が訪れた
「嫌ですわ、たとえ兄妹とは言え神同士の喧嘩に割って入る勇気は私にはありませんもの、それにどうして死んだ人間の魂も送ったのです?」
男は鷹の眉間のあたりを指先でぽりぽりとなでながら答えた
「なに、特に深い意味はないさ、少々強引でもないとあいつはまた逃げだすからな、それにむやみに魂を漂わせていてはこっちの仕事が増えるだけだ、向こうで何かの役にでもたっていればいいさ。はっはっはっ」
「あぁ、ただあなたがサボりたかっただけですか」
そう言うと肩の上の白い鷹は星空を見上げてハァとため息をつくのだった、、、、、
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