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無敵の加護持ち転生聖女 VS ヤンキー学園

 私、藍崎(あいざき)アイノの前世は、異世界の「聖女さま」です。


 ──なんて言ったら、ラノベ(なろう)の読みすぎと笑われますか?


 二年前、十三歳の誕生日の後ぐらいから。

 自分が現実(ここ)じゃない異世界(どこか)で「聖女さま」と呼ばれ、たくさんの人を守り救ってきた夢を、週五で見るようになった。


 とても夢とは思えない鮮明さで。

 まるで、どこかで経験したことのように。


 思い返せば私は、幼女(ちいさ)なころから人助けが異常に好きで。

 困っている人を、絶対に放っておけなかった。

 もしあの夢が私の前世なら、すごくしっくり来る。

 だから、前世(そう)だと信じることにした。


 ──白金色の髪(プラチナブロンド)と蒼い瞳も、聖女さまとお揃いだったし。


 ムーミンとサウナの国・北欧フィンランド出身の母から受け継いだこの色は、日本人とのハーフとしては稀少(レア)らしい。

 日本育ちで日本語しか話せない私だけれど、母方の祖母が付けてくれた、フィンランド語で「唯一無二」を意味する「アイノ(aino)」という名は、すごく気に入ってる。


 そして、あれは高校受験の前夜。

 夢のなか、世界を滅ぼす邪神を命と引き換えで封じた聖女(わたし)に、女神様は言った。


『平和な世界に、転生させてあげる』


 寝覚めで呆然とし、家を出たのは時間ぎりぎり。

 なのに、ふと気になって覗いた脇道で、迷子のご婦人(おばあさん)に遭遇してしまう。


 前世(ゆめ)を見はじめたころから、こういう偶然(こと)は時々あった。


 何となく気になった先で困っている人に出会うのは、ほぼ日常。

 電車でお尻に触ってきた痴漢が、なぜか紛れ込んでいたスズメバチに手を刺される。

 横断歩道でハンカチ落とした親子を呼び止めたら、その真前(まんまえ)を暴走車が走り抜けていく。


 あとは、開ける前から「嫌な感じ」のしたお弁当が、腐ってるとか。


 挙げていったらきりがない。

 前世(ゆめ)で聖女さまはそういう偶然を「ご加護」と呼び、女神様に感謝していた。


 ──迷子のご婦人(おばあさん)はもちろん、交番まで手をつなぎご案内した。

 そのあとも色々あり、けっきょく試験には遅刻して半分しか受けられず。


「藍崎さん? いちおう聞くけど、今日の遅刻の理由はなに」

「はい。ご婦人(おばあさん)を、交番までご案内して」

「……また(・・)? いつもいつもそんな理由(いいわけ)、これで何回目? 恥ずかしくないの、お年寄りや病人のせいにして……」


 しかも私、人助けのとき以外は人見知りで口下手で、嘘も上手につけなくて。


「あ……決してひとさまのせいではなく……」

「じゃあ誰が悪いの」

「……はい、悪いのは(人助けが好きすぎる)私です」

「はじめから、そう言いなさい」


 私の母校は中高一貫、本来はエスカレーター式で高等部に進めるのだけれど。

 あまりに素行不良、つまり(人助けで)遅刻が多すぎた。


 それでも授業態度や成績はちゃんとしていたので、外部からの編入希望者と一緒に高等部の編入試験を受験しての判断、となったのだけど。


 もちろん、半分で合格できるはずもない。


 ところが(不)合格発表からしばらくして、隣市の姉妹校に特別に転入させてもらえると連絡がくる。


 なんと受験日(あのひ)の迷子のご婦人(おばあさん)姉妹校(そこ)の先代理事長で、受験の話をしていた私を気にかけて探してくれたのだ。

 半分の得点で充分だし、成績と生活態度によっては元の高等部へ再転入もありとのことで、放任主義の両親もさすがに喜んでいた。


 しかも自由な校風だから、人助け遅刻ぐらい好きにしていいって……!


 ──そして私はいま、今日から母校となる百目鬼(どうめき)女学園(じょがくえん)の、ごつごつした岩みたいな校門の前にひとり立っている。

 特別転入という形なので、昨日の入学式は不参加だ。


 ちなみに、道端で喘息の発作をおこした男の子の背をさすってきたので、登校初日から余裕の遅刻である。



 ◇ ◇ ◇



 校庭(グラウンド)横を伸びる並木道の先、校舎の壁は色とりどりにスプレーアートで彩られている。

 なるほどこれが自由な校風、生徒の自主性を尊重するということか。


「藍崎アイノ、今日からお世話になります」


 言葉に出さず会釈して、背筋をのばし颯爽と、緑の並木道を()く。

 青空の下、高めに()った白金色(プラチナ)のポニーテールなびかせて。


 並木道はちょっと、いやだいぶ汚れていた。

 散乱する空缶(あきかん)、包装紙。

 タバコの吸い殻らしきものは、さすがに見間違いだろうけど。


 よし。誰かがつまずいたら危ないし、後ほどお掃除しに来よう。

 そう思いつつ、とりあえず目の前の空缶を拾い上げようとしたとき。


「──よく来たね」


 並木の影からわらわらと、道の前後を(ふさ)ぐのは、セーラー服を着くずした見るからに不良(ヤンキー)な集団だった。

 ちなみに私の制服は手違いで間に合わず、今日は前の学校指定のブラウスに青のチェックのプリーツスカート。

 とてつもなく浮いてる。


「本当に一人で乗り込んで来るとは、百目鬼(ウチら)もナメられたもんだ」


 中でもとびきりの威圧感(オーラ)と真紅の特攻服を羽織った長身美人が、進み出てドスの利いた声を響かせる。

 彼女は燃えるような紅い短髪(ショートカット)を逆立て、怒りの形相で私をにらみつけていた。


 自由な校風なので()()はヤンチャな生徒もいる。

 それは先日、先代理事長から電話で聞いていた。

 けれど彼女らにも矜持(プライド)があるから、堅気(ふつう)の生徒に手は出さない、とも。


『──だから、がんばって。あなたには、とても()()しているの』


 先代理事長は、なぜか楽しげにそう言っていた。


 矜持(プライド)? 暴力を振るって他人を困らす不良(かれら)のことは正直、理解できない。

 人助け第一の私と、あまりに真逆の存在だもの。


 そんな不良(かれら)は、値踏みするようにじろじろ眺め回してくる。

 ごくり、固唾(つば)を飲む私。

 やがて、紅い特攻服の斜め後ろに付き従う小柄な女生徒が、よく通る声で口火を切った。

 

「っていうか手足、なっが! ほっそ! 肌、白っ! ほんとにこいつが例のヤツ? 鬼みたいな顔じゃないの?」

「いやたしかに鬼のように美少女(マブい)……あれだろ、ブイチューバーとかインフルエンザってやつ……」

「実在すんだな……ああいうの、みんなCGだと思ってた……」

「マジそれな……」


 他の不良(ヤンキー)たちも口々に追従する。 

 なんだか、もはや突っ込みきれないほど誤解がまき散らされている……。


「あの蒼い()、吸い込まれそう……いったいどこのカラコンなんだ……」

「それにおそろしく気合の入った金髪!」

「ああ、根元までがっつり染まって、地毛にしか見えねー……しかもウチらのと違ってキラキラしてる……どんだけ脱色したらああなるんだ……」


 だから(これ)髪色(それ)はサウナとムーミン譲りの天然モノで……いやムーミンから譲られたわけじゃなくて……!


「つーか、この状況でぜんぜんビビってねえし、ウチの番長(アタマ)にまっすぐガン付けてやがる。ハンパねえな」


 たしかに、この状況に恐怖感はない。

 前世(ゆめ)不死者(アンデッド)の大群に包囲されたときと比べれば、かわいいものだ。


 ただ、こんなに知らない人達に囲まれると人見知りのほうが発動してしまう。

 すると顔が(こわ)ばって目つきが悪くなる。

 それで口ごもってしまうから、「ふてぶてしいヤツ」とか誤解される。


 まずは、きのう見た動画のネコチャンを思い出して、スマイルスマイル。


「ヒッ……笑いやがった……こんな人数に囲まれてるのに……!」

「くそオッ、このくらい余裕だってのかよッ!」


 ざわめきが、さざ波のように拡がっていく。

 その他大勢の不良(ヤンキー)たちは、すっかり浮き足立って見えた。

 このまま通してもらえたりはしないだろうか。


「──落ち着け、お前ら」


 けれど特攻服の静かな一声で、さざ波はぴたり止まる。


「あたしが百目鬼(ここ)番長(アタマ)伊吹(いぶき)ってモンだ」

「県内最強と名高き百目鬼(どうめき)軍団の第十二代総番長、『炎獄鬼神(イフリート)』こと伊吹(いぶき) (いと)──お名前は(あい)の一文字で(いと)しいの読みだ! おぼえておきな!」


 例の小柄な女生徒が、斜め後ろから食い気味で補足を入れて来る。

 それが彼女の役割なのだろう。まるで声優さんのような、透んだ美声がよく通る。


千鳥(ちどり)!──名前の漢字まで解説しなくていい」

「す、すんません、素敵なお名前でつい……」


 たしなめられた彼女──千鳥は、露骨にしゅんとして頭を下げた。

 頭のてっぺんのお団子が見えて、なんだか微笑ましい光景にすこし和む。

 おかげで思考も回り始める。


「おい、いいかげん何とか言ったらどうだ──」


 そうだ、今こそ誤解を晴らす好機(チャンス)

 大丈夫、順番に正直に話せばきっとわかりあえるはず。


「──なあオイ! 悪姫連合総長、悪姫(あっき)ラセツさんよォ!」


 はい!? 何の何の誰だって!?

 耳にねじ込まれたパワーワードを処理できず、私は思考停止(フリーズ)していた。


「……チッ、話す価値もないってか。わかった、もういい」


 そして好機(チャンス)は、回転寿司のお皿のように、無情に目の前を通り過ぎてゆく。


「行け、四天王! 百目鬼(ウチら)を舐めたこと、後悔させてやれ!」

「はいよ」「おう!」「マカセロ」「……うん……」


 四者四様の返答と共に前後から進み出たのは、伊吹に劣らぬ威圧感(オーラ)をまとった不良(ヤンキー)の皆さん。

 と言っても、後ろの二人を振り向いて確認する余裕はないけれど。

 ちなみに前方左手から聞こえた電子音声風(「マカセロ」)の人は、銀髪に180ありそうな長身ですごくロボ(それ)っぽい。

 などと思う間に逆側、右手の細身の女生徒が動いた。


「行け! 四天王最速、『電光石火(ライトニング)』早川ひかり!」


 千鳥の解説を背に、早川は前傾姿勢で一瞬に間合いを詰めてくる。

 戸惑いの中わずかに動いた私の靴先が、コツンと、さきほど拾おうとした空缶に当たった。


「あっ……!」


 空缶がコロコロ転がった先にちょうど、早川が電光の疾さで踏み出していて──


 ベギャッ!


 耳慣れないその音は、つまずいて前のめりに転んだ彼女の顔面が、私の膝に吸い込まれるように激突した音だった。


 ──たいへん!


 足元にずり落ちた彼女に、しゃがみ込んでハンカチを差し出す。

 私の膝の方は大した衝撃じゃなかったけど、彼女は両鼻から盛大に出血していて、意識も朦朧としているようだ。


 と、そのとき。

 しゃがんだ私の頭上すれすれを、後方から大きな物体(なにか)がかすめ飛び越えてゆく。

 巻き起こった風が、ポニテを揺らした。


「なにィ! 命中率200%を誇る『飛翔魔弾(トマホーク)小野田(おのだ) 巡美(めぐみ)死角(ステルス)弾頭(ヘッド)を、ノールックで回避(かわ)しただとッ!?」


 千鳥の解説からなんとなく状況を察しつつ、うめき声をあげる早川の顔面にそっと手を重ねたのと同時に。


 ボゴッゴギッ!


「あっ『鋼鉄山脈(アイアングレート)安堂(あんどう) 嶺華(れいか)! そんな、みんなをかばって……!」


 激突音と千鳥の声が響き、続けてドササッと大きなものが地面に落ちる音。

 視線を上げるとロボのひと──『鋼鉄山脈(アイアングレート)』安堂と、それから『飛翔魔弾(トマホーク)』小野田であろう二人が、折り重なって倒れていた。


 私が偶然(・・)しゃがんだことで空振った小野田の死角弾頭(すごいずつき)を、安堂は背後の不良(ヤンキー)の皆さんをかばって受け止めたのだろう。

 そしてお互い、当たりどころが悪かったようだ。


「四天王の三人を瞬殺……これが最凶最悪と名高い悪姫ラセツの実力(ちから)か……」


 美声を震わす千鳥の手前、番長の伊吹は腕を組んでこちらをにらんでいる。


 この偶然も、聖女さまの言うところの「加護」なのだろうか。

 私に特定の信仰(かみさま)はないけど、とりあえずお空の方角に感謝の気持ちを送っておこう。


「まだだ! まだ四天王最強の『血餓妖刀(ムラマサ)』が──」


 そこで千鳥のすがるような声と同時に背後から、腐ったお弁当どころじゃない「すごく嫌な感じ」を覚える。

 しゃがんだまま振り向くと、不良(ヤンキー)どころか清楚なたたずまいの黒髪少女が立っていた。


「──有村(ありむら) 真音(まさね)ちゃんがいる!」


 ちゃん付けも納得の、前髪ぱっつんボブカットが似合う華奢な美少女。

 ただし肌は病的に青白く、黒い瞳は虚ろで月のない夜空のよう。


「彼女の手刀──妖刀ムラマサは、今日も血に飢えて疼くのさ……!」


 千鳥(かいせつ)の声に、どよめきがあがる。

 嫌な感じの正体を探ろうと目を凝らせば、真音ちゃんの右腕には、黒いモヤが蛇のように巻き付いて見えた。

 それが腕を這いまわり、絞めあげるたび彼女は苦悶の表情を浮かべるのだ。


 出血も収まり落ち着いた様子の早川の顔から手のひらを離して、立ち上がる。


 私には前世(ゆめ)の聖女さまのような、傷を完治させる「奇蹟(キセキ)」は起こせない。

 でも、私が手のひらに想いを込めることで、痛みや出血を和らげたり、喘息の発作を治めたり、お年寄りが杖なしで歩けるようになったり。


 そういうことは何度かあった。

 だから気のせいだとしても、やっておくに越したことはない。


「くそっ、倒れた早川にわざわざトドメを? まさに極悪非道!」


 千鳥が風評被害を拡大するけど、今は目の前に集中しなくては。

 私は、ゆらゆらと陽炎(かげろう)のように歩み寄る真音ちゃんと対峙する。


「あなたに怨みはないけれど、わたしの(カタナ)が疼くから……」


 愛らしい顔を苦悶に歪めながら、振り上げた彼女の右腕のモヤに、私は対角から右の手を伸ばす。


「──速い!?」


 何かに驚いて虚ろな目を見開く彼女だけど、それどころじゃない。

 このモヤは私にしか見えなくて、歩けなくなったお年寄りの脚だとか、腕を上げられないおじさんの肩だとかにまとわりついている「悪いモノ」。

 放っておくとどんどん悪化する。

 そして彼女のモヤはかなり(くろ)い。一刻も早く、払わねば。


 ──のたうつモヤと腕のすき間に平手をすべり込ませ、それを真横に振り抜き手刀で斬り払う!


「……あ……うで……」


 モヤの霧散した右腕を左腕で抱きしめ、彼女はへなへなと座り込んだ。


「腕が、軽い……痛くない、あったかい……こんなの、生まれてはじめて……」


 涙をこぼす彼女の両目には、きらきらと星のような光が灯っていた。


「そんな……妖刀(ムラマサ)を手刀で折るなんて……そっちは聖剣(エクスカリバー)だとでも言うの!?」


 いや折ってないし言ってないし!

 さすがに弁明しようと、振り向いた私の眼前には──


面妖(おかし)な技を使うようだが、あたしには通用しない! 叩き潰すッ!」


 ──いつの間に距離を詰めたのか、紅蓮の威圧感(オーラ)をまとい、総番長・伊吹が仁王立ちしていた。


「そうだ、みんなの怒りを拳に(とも)せ! 四天王の仇をとってくれ炎獄鬼神(イフリート)!!」


 千鳥の最高潮の(あお)りに、地鳴りのような歓声が沸き起こった。

 それは、前後で道を塞ぐ皆さんだけではない。

 気付けば校舎の窓という窓すべてから身を乗り出した生徒たちが、一斉に拳を突きあげ、伊吹を鼓舞している。


 ──あと、全校生徒ほぼほぼ不良(ヤンキー)に見えるのは気のせいだろうか。 


 先代理事長の「堅気(ふつう)の生徒に手出しすることはない」という言葉が浮かぶ。

 ふつうの生徒、そもそもいないんじゃ……


「あたしには背負うものがある!」


 彼女は説得力のありすぎる言葉と共に、拳を振り上げる。

 これは、止めようがない。もう運命を受け入れるしかない。

 前世(ゆめ)の聖女さまも、時に「試練」と称して全てを受け入れていた。


 それに習って両手を胸の前に組み、目を閉じ拳が届くのを待ち受ける。


「出るぞ! 必殺の爆炎(バニング)乱奮(ランブル)!!」


 千鳥の実況が鳴り響いて、(ごう)と風切る音が頬に迫り、そして──


 ……? ……あれ? ぜんぜん、痛くない?


 ゆっくりと目を開く。

 今まさに私の全身を嵐のように襲っている拳打も蹴撃も、その速度や気迫からは信じられないことに、ちょっと小突かれた程度の感触でしかない。


 もしや、手加減してくれている?

 私が悪姫ナントカじゃない()()の生徒だと察して、場を収めようとしてくれている、とか?


「ハァ……ハァ……くそッ、どうなってる! 大木(たいぼく)でも殴ってるようだ!」


 乱打を止め、肩で息をする彼女。額には汗の粒が浮かんでいる。

 迫真の演技だけど、これはどういうシナリオなのだろう。


「ううおおオオオォォッ!」


 続けて彼女は絶叫と共に、全身全霊を込めた最後の一撃──にしか見えない拳を、正面から私の顔面に叩き込んできた。

 反射的に、胸の前で組んでいた両の手のひらで顔をかばう。

 その両手に包まれるように、ふわりと受け止められる最後の拳。


 手のひらのまわり、白く光る羽毛(はね)が舞って見えたのは錯覚だろうか。

 拳圧で起きた風だけが、私の頬を撫でた。


「──わかった。こんな力の差に気付けないほど、あたしもニブくない」


 静かに拳を引いた彼女は、そのまま私に頭を下げていた。


「あんたの勝ちだ。百目鬼(ウチ)も、悪姫連合の傘下に入らせてもらう」


 地面に向かって絞り出すように続ける。


「一度でも歯向かったら全滅させる、って連合(あんたら)の方針は知ってる。だが頼む、あたしは何でもするから、こいつらには手を出さないでくれ」


 話に乗るべきだろうか。正解がわからない私は、無言で彼女の後頭部を見つめた。


「ちょっと待て。そいつはきっと人違いだ」

「……わたしの腕、治してくれたの……」


 二人並んで助け船を出してくれたのは、私のハンカチを手にした早川と、右腕を抱きしめたままの真音ちゃんだ。


「そ、そうなんです。たぶん、誤解があって」


 彼女たちの言葉に続いて、ようやく私は口にできた。

 そう、どうせ誤魔化したりできないのだから、正直に話す以外の選択肢なんかない。


「私、今日から百目鬼(こちら)でお世話になる、一年生の藍崎アイノといいます」


 負けじと深く頭を下げて、真剣に伝えたその言葉は──


「──なんだ、アレ!?」


 沈黙していた千鳥の、緊迫感ある声に(さえぎ)られた。

 彼女の視線は伊吹や私を通り越し、校門の方に向けられている。


 そのとき、私は気付いた。

 真音ちゃんの腕のモヤを払ったのに、この場の「すごく嫌な感じ」が消えず、むしろ強まっていたこと。


 ──振り向くと。そこには地獄があった。


 道を塞ぐ不良(ヤンキー)の皆さんに「暴力」をまき散らし、黒い人影が悠然と歩いてくる。

 数人から同時に殴られても平然として、両手でそれぞれ相手の髪をつかみ、地面に引きたおす。


「もっと足掻(あが)藻掻(もが)け、腑抜(ふぬ)けども!」


 たおれた相手の背に腹に、罵声(ことば)と蹴りで何度も追い打ち。

 最後に顔を踏みにじり、そのまま踏みこえ歩を進めるのだ。


「ひどい……」


 思わず声が漏れる。

 その間にも、そいつは手当たり次第に蹂躙(じゅうりん)していく。


「……なるほど。アレが本物の、最凶最悪で極悪非道な悪姫ラセツか」


 私の真横を通り抜け、納得した様子で伊吹が呟く。


「おまえらは退()け! ヤツはあたしと──」


 彼女は歩を進めながら、周囲の不良(ヤンキー)たちに告げた。


「──四天王が相手する!」


 一歩後ろに並ぶ早川と真音ちゃん。

 遅れて、復活していた安堂と小野田も、肩を支え合いながら追う。


「お前も早く行け、初日なら手続きとかあんだろ? 引き止めて、悪かったな」


 伊吹は背中ごし、見送る私に優しく声を掛けてくれた。


「──藍崎アイノか。いい名前だ、憶えておくよ」


 その赤い特攻服の背には、金色に刺繍された「愛」の一文字が輝いている。

 思わずキュンとする胸を、ブラウスぎゅっと掴んで(しず)める私。


「行くぞ四天王(おまえら)!」

「はいよ」「おう!」「リョウカイ」「……うん……」


 真音ちゃんだけちらりと振り向き、ぎこちなく微笑んで「またね」と右手を振ってくれる。


 私は足元の通学カバンを拾い上げ、彼女たちと逆方向に歩き出した。

 こんな()()の女の子は、ケンカの邪魔にしかならないだろうから。


 背後で怒号が響くたび、引かれる後ろ髪(ポニテ)を振り切って歩く。

 途中、涙目で駆けていく千鳥とすれ違った。


 ……数歩先、足が止まる。私は耐え切れず振り向いていた。


 並木道には倒れた不良(ヤンキー)ばかりで、ラセツも四天王も伊吹もいない。

 焦って見回すと、校舎の窓の生徒たちの視線は並木の向こう、校庭(グラウンド)の方を見ている。


 私は全力で、その視線の先に駆け出していた。



 ◇ ◇ ◇



 ──悪姫ラセツ。長身に黒いセーラー服をまとった少女。


 目元を覆う黒い仮面は、左右に角の生えた鬼面。

 全身にまとった「すごく嫌な感じ」──黒いモヤと混じり合った威圧感(オーラ)のせいだろうか、腰下まである長い黒髪は、黒炎のようにゆらゆら(うごめ)いて見える。


「愚か! 雑魚をかばう愚者(ばか)脆弱(よわい)!」


 校庭(グラウンド)の中央から不気味に響くラセツの声。

 彼女の足元で四天王の皆さんはすでに倒れ、土にまみれている。

 対峙する伊吹も地に片膝つき、しかし顔は伏せずに視線を上げ、ラセツをにらみつけていた。


 その背後に仰向けで倒れた千鳥。口元からは、鮮血がひとすじ流れている。


「ゆえに連合(うち)には不要(いらぬ)! ここで全滅(みなしね)!」


 宣告してラセツは右脚を、垂直に天へ振り上げた。

 闇色のストッキングに覆われた美脚から、ローファーの黒い踵(ギロチン)を伊吹の顔面に振り下ろす。


「──やめなさい!」


 予想外の事態と声に驚いたのだろう。

 黒い(かかと)は、体を割り込ませた私の肩を軽く叩いただけで、はね返っていった。

 反動でバランスを崩しよろめくラセツは、不思議そうに私の肩と自分の足を見比べている。


「藍崎……なぜ来た……いくらお前でも、そいつは無理だ……」


 背後から、苦しげな伊吹の声がする。

 なぜ来てしまったのか。

 確かに、あいかわらず不良(ヤンキー)のことは理解できない。

 けど少なくとも、百目鬼(ここ)彼女(ヤンキー)たちの矜持(プライド)らしき何かは、感じることができた。


 が、そんなことはぶっちゃけどうでもいい。

 こっちは前世経由(すじがねいり)の人助け愛好家(マニア)だ。

 したいようにする。理由なんかいらない。


 ──ここは自由な校風の、百目鬼女学園なのだから!


暴力(ケンカ)はやめなさい」


 仮面の下の、ぎらりと血走る両眼を見つめる。

 前世(ゆめ)で見たことがある、力に溺れ、闇にのまれた者の目だ。


「おまえ、理解不能(なんなんだ)!」


 苛立ちを隠さずラセツは、両手をするりと私の喉に巻き付けてきた。

 そして尖った黒い爪を肌に突き立てる。

 しかしつけ爪(ネイルチップ)だったのだろう、すぐポロポロ剥がれ足元に落ちた。


「グッ……異常(キモい)ッ! おまえ消逝(しね)ッ!」


 よほどお気に入りのネイルだったのか、本物の爪が剥がれたように表情を歪めつつ、歯を剥き出して必死に首を絞めてくる。

 しかし力の掛け方が悪いのか、まったく苦しくはない。


「こら! それはひとに言っちゃダメ!」


 暴力は大嫌い。物心ついて一度も、誰かに手を上げたことはない。

 でも前世(ゆめ)の聖女さまは、生涯でほんの数回だけ、手を上げたことがあった。


 首を絞めさせたまま、右手をゆっくり振り上げる。青い、空のほうに。


 傷つけるためじゃない。

 だから拳ではなく手のひらで、彼女の頬に「痛み」を(おし)える。

 他人(ひと)の痛みを知って、闇から目覚めてもらうため、私は振り下ろす。


 ──天掌聖裁(パニッシュメント)


 頭の中で聖女さまの澄んだ詠唱(こえ)が聞こえた気がする。

 手のひらが頬に達する寸前、その軌跡(キセキ)に白く光る羽毛(はね)が舞い、腕がぎゅんと加速する()()を見た。


 パン


 手のひらに頬が触れ、乾いた音が響いたのとほぼ同時に。


「──ぐぼぁッ!?」


 異様な声がして、私の視界にはラセツの黒髪のはしっこだけが映る。

 それは打った頬と逆方向に、彼女の体が猛烈な速さで吹き飛んでゆく瞬間だった。


「えっ?」


 理解が追いつかない。

 絶対にありえない話だけれど、私の平手打ちで吹き飛ばされた()()()()()()()()()その体は、校庭上(グラウンド)を何度もバウンドしながら、どんどん離れて小さくなってゆく。


 そのたび、まとっていた「すごく嫌な感じ」──黒い威圧感(オーラ)が剥げ落ちてゆく。


「「「えええ!?」」」


 並木道の方から不良(ヤンキー)の皆さんの声がハモって聞こえた。

 あっ、これ、完全に私がぶっ飛ばしたと思われてしまってる。


 えぇえぇぇェェェ……


 さらに校舎の窓からもたくさんの声が響いてくる。


 ……ぉぉォオオおおおお────!


 しかも途中から、歓声に変わっていった。

 まずい。全校生徒にまで、()()()されてしまったかも知れない。


 ただ、今はそんなことよりラセツが心配だ。

 何が起きたかはわからないけど、あんなに吹っ飛ばされて無事では済まないはず。


 校庭(グラウンド)の端のほうで、地面に頭をめり込ませた彼女は、よろよろ立ち上がった。

 どこかで外れた仮面の下は、気弱そうな顔立ちの少女だった。

 困惑した様子で、周囲をきょろきょろと見回している。


 意外と平気そう。あの黒い威圧感(オーラ)がクッションになったのだろうか。


 胸を撫でおろし、ふと微かな「嫌な感じ」に足元を見る。

 そこにラセツの黒い仮面が落ちていて、周囲に黒いモヤを漂わせていた。


 これが元凶か。私がにらみつけると、仮面はビクンと震えてからサラサラと黒い砂になり、風に運ばれ消えていった。


 彼女があんなに吹っ飛んだのは、平手打ちで仮面が外れたとき、抑えつけられていたものが解放されたから……とか……うん、そんな感じにしておこう。


ラセツさん(あのひと)、たぶんそんな悪い人じゃないから、ほどほどに許してあげてください」


 足元のおぼつかない伊吹に手を貸しつつ、お願いする。


「お前がそう言うなら、そうするしかないだろう」

「……え?」


 彼女は立ち上がると、一歩退いて千鳥を抱き起こした。

 四天王の皆さんも彼女(ちどり)もボロボロだけど、立てないほどではなさそう。


「お前は四天王を倒し、あたしを降参させ、その上でこの学園を守った。そんなお前に、言わなきゃならないことがある」


 伊吹は私に向き直ると、まっすぐな瞳で私を見詰めてくる。

 ……この胸の動悸(どきどき)は、人見知りとは別のもの……?


「ようこそ百目鬼女学園へ。────第十三代目総番長、藍崎アイノ!」


 高らかに言い放って、十二代目(かのじょ)は深々と頭を下げていた。


「──はい!?」


 あっ……今のは了承の「はい」ではなく!

 しかし見回せばすでに、四天王も他の不良(ヤンキー)の皆さんも全員が(こっち)に深々と礼をしている。


 その光景が、前世(ゆめ)で見た聖騎士団からの敬礼に重なって、呆然と見上げた空はどこまでも、どこまでも青かった。



 ──これが、後に学園史上最強の総番長『無敵聖女(アイギス)』藍崎アイノとして名を馳せて()()()私の、伝説の一(ページ)目である。




【おわり】

最後までお読みいただきありがとうございます!


(アイノは現在連載中の以下長編にも登場しますので、よろしければ!)

清楚転生サキュバス★りりす

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