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火六事務所へようこそ  作者: 守野伊音
二章 はじめての孤島編
17/31

17怪



 ご家族がご存命だと知っていなければタイトルだけで即死だった思い出話から無事に生還した私は、九死に一生を得た気持ちで岸霧島の土を踏んだ。船着き場は出発地点と同じくセメントだったけれど、気持ちの問題で土としておく。


「飛浦さん、ありがとうございました」


 こっちにも向こうと似たような軽トラックがあり、船から荷を下ろしてそれに積み込んでいる飛浦さんに頭を下げる。返事は勿論、視線すらなかった。

 ぽりぽり頭を掻き、同じようにお礼は言ったものの相手の態度は特に気にした風のない柚木さんに倣ってその場を後にする。



 岸霧島は、山がそのほとんどを占める地形だった。出発地点の集落と同じように、山の麓の一角に集落が固まり、後は全て山と海が囲っている。それでも集落の大きさは段違いで、あちらは空き家を含めても百軒あるかないかというほどだったのに対し、岸霧島ではぱっと見ただけでもその五倍はありそうだ。

 事前情報では、現在の住人は二百人もいないと聞いている。元々はそれなりに大きな島だったようで、全盛期には千を優に超え、二千に届きそうだったという。

 島事態は広くとも、建物を建てられる土地が狭いからか、家々の並びはまるで段々畑だ。高低差もあり、階段が多い様子が見て取れる。

 これは大変だなと、運動靴で来た自分をこっそり褒めた。そもそも、仕事中は動きやすい格好厳守であるので、ヒールを履くという選択肢は最初からなかったが。


 ぱっと眺めてもあまり人の姿は見られない。あちこちの家で洗濯物がはためいているので住人の存在を確認できた。二階建ての一際大きな建物は学校だろうか。

 私が町並み……村……町……村……集落並を眺めている間に、飛浦さんは荷物の積み卸しを一人で終えたようで、軽トラックに乗って行ってしまった。私だと次の日筋肉痛になりそうな作業量だったのに、黙々と手早く済ませる様子は格好いい。私もああいう年の取り方をしたいものだ。


「木賀矢さん、いませんねぇ」

「そうですね。連絡を入れましょう」


 ここで待ち合わせているはずの木賀矢さんの姿はない。そもそも、第一村人……町民……村人……町民……人の姿は見えない。

 飛浦さんが初めての岸霧島住民なのだが、彼を数に入れると何だか不正をした気分になる。同乗者は数に入れない決まりはないけれど、なんとなくだ。

 何にせよ、木賀矢さんと合流しないことにはどうにもならない。もう夕日が綺麗な時間である。普段なら、海が真っ赤に染まって「わー、絶景ー!」であるが、今晩の宿提供者が現れない場合、「野宿!? 生まれて初めての野宿!?」の心配が先立ってしまい絶景どころではない。ちょっと楽しそうだなと思ってしまった子供心を宥め、そっとしまう。

 私は大人だ。野宿に浮かれてはならない。しかし、テントがある場合はその限りではない。

 野宿、冒険心がうずく単語である。用意が整っているならば一度してみたいものだ。


 柚木さんが電話している間、特にすることもなく周囲へ視線を向ける。すると、さっきはいなかったはずの子ども達の姿があった。子どもは好奇心旺盛だから、私達の姿を見つけて現れたのかもしれない。

 さっき見かけた学校の生徒達だろうか。八人の子ども達は楽しそうに遊んでいる。携帯式のゲーム機やその類いを持たず、かといってボールも持っていない。どうやらその身一つで遊ぶようだ。鬼ごっこか、色鬼か。はたまたけいどろにかくれんぼか。懐かしい遊びを頭の中に浮かべ、微笑ましく見守る。

 子ども達は四人ずつの組に分かれ対面となり、手を繋いでそれぞれ横一列に並んだ。


「かーってうれしいはないちもんめ」

「まけーてくやしいはないちもんめ」


 なんとも懐かしいフレーズが聞こえてきた。

 花いちもんめである。

 私も小学生の頃はこうやって遊んだものだ。今時の子はこんな遊びはしない? 田舎を舐めるな。田舎には脈々と繋がる遊びが存在し、小学生とは上級生がしているものは何でも真似したくなる年頃なのだ。

 そして私の田舎は、子どもは外で遊ぶほうがいいとの風潮が未だ根強い地域だった。

 子どもは風の子元気な子。病気でもなければ外で遊んでこいと放り出される。ゲーム? 日が暮れてからのお楽しみですね。皆でわいわい遊ぶ分には見逃される面もあったが、一人で黙々と遊ぶゲームはあまり推奨されない。コミュニケーションが苦手な人間には世知辛い世界なのだ。

 幸いにも性根が腐ったような子どもがいなかったおかげで楽しい子ども時代を過ごせたが、もう少し自由があってもよかったように思う田舎事情である。


 手を繋いだ子ども達の列が、向かいの列に向けて数歩進み、片足を蹴り上げる。対面の子ども達も同様だ。


「あのこがほしい」

「あのこじゃわからん」

「そうだんしよう」

「そうしよう」


 花いちもんめは二組に分かれて列を作り、規定の歌を歌い、お互いの組で相談し、相手の列にいる一人を指名する。指名された子が代表としてじゃんけんし、勝ったほうは負けた子を己の列に加え、負ければ相手の列に加わる単純な遊びだ。最終的に相手の列を空にしたほうが勝ちなのだが、短い休み時間ではなかなか勝負はつかず、最終的に人数が多い組が勝ちと変則的なルールが採用されることが多かった。

 この歌詞も真ん中部分があるはずなのだが、何ぶん子どもの遊びだ。私が遊んだ頃も、一度省略された部分は二度と復活することなく、いま聞いた歌詞が延々繰り返されていた。

 ちなみに転校生と初めて遊ぶと、「あのこがほしい」「あのこじゃわから……いやほんとに分かんねぇな! 転校生名前なんだっけ!?」という変則的な歌詞となったものだ。

 懐かしい記憶を掘り出している間も、子ども達は楽しげに遊んでいる。楽しそうだなぁと微笑ましく見守っていたが、そこでふと、何故か今まで全く気にならなかった子ども達の服装が気になった。

 みんな、着物なのだ。それも七五三などで着る晴れ着ではない、どちらかというと普段着に近いシンプルな物だった。地域によって流行は違うだろうし、色々独自の文化があるものだとは思うが、それにしても珍しいなと思う。

 その中に、一人だけ洋服の子がいた。プリーツが入った薄紅色の長いスカートだ。


「あのこがほしい」

「あのこじゃわからん」

「そうだんしよう」

「そうしよう」

「あのこがほしい」

「あのこじゃわからん」

「あの子がほしい」

「あの子じゃ分からん」


 子ども達はじゃんけんをすることも相談で歌を止めることもなく、延々と同じフレーズを歌い続けている。


「あの子が欲しい」

「あの子が欲しい」

「あの子が欲しい」

「あの子が欲しい」

「あの子が欲しい」

「あの子が」


 ぐるりと、全ての子どもの顔がこちらを向いた。私に背を向けている子ども達の顔まで、全てが。

 子ども達のまろみを帯びた顔の全てが私を向いたのに、誰とも瞳が合わない。

 その瞳は、一人の例外なく伽藍堂だった。

 ぶわっと身体中に鳥肌が立つ。皮膚の下を恐怖が撫で上げていく。本当に恐怖を感じたとき、悲鳴なんて出ない。呼吸に支障を来たすだけだ。

 元より声が出ていたのならその勢いで悲鳴も可能だったかもしれないが、恐怖が起こってから声を出すのは、平常時思っているより何倍も困難な動作なのだ。

 現に、私の喉から漏れたのは、哀れな呼吸のなり損ないだけだった。


 空っぽの眼孔の奥は新月の夜より深い暗闇だ。それと同じ色をした口も大きく開かれていた。

 駄目だ。言葉を発せさせては駄目だと、思った。

 それは単に、私が彼らの言葉を聞きたくなかっただけなのだろう。何か恐ろしい言葉がそこから発せられる。そう思ったのだ。

 だから、私は何かを叫ぼうとした。意味のある言葉ではなかったけれど、あれらの言葉を遮れたら何でもいいと、呼吸すら成り立たない肺を無理矢理動かし。


 うぉん!

 うぉんおんうぉーん!


 何でもいいとは思ったけれど、流石に犬になるつもりはなかった。



 まさか私は相手を威嚇しようとすると犬の鳴き声を発するのか。犬好き高じて犬になってしまったのか。

 呆然としている私の足下に何かがするりと触れた。反射的に視線を向けると、そこには白い靴下を履いたような愛らしい四つ足、左に一回転半した立派な尻尾、ぴんっと立った格好いい耳、つやつやの健康的な黒い鼻、アーモンド型の凜々しい瞳、ズボンを貫いてちくちく刺さってくる元気いっぱいの赤毛を持った柴犬がいた。可愛い。

 私は恐怖をひとまず端に置いて、足下で勇ましく吠えている柴犬の愛らしさに全力で心を傾けた。一瞬で落ちついた。柴犬セラピー、是非とも全ての空間に配置されてほしい。


「ぽち君!」


 わん!

 私の言葉に反応してくれたぽち君は、一際大きく吠えた後、凄まじい瞬発力で走り出した。筋肉の塊がバネのように飛び出していく。しなやかに全身を使い、あっという間に子ども達の中に飛び込んでいく。慌てふためく鳥のような悲鳴が響き渡ると同時に、子ども達の姿はかき消えた。

 誰もいなくなったセメントの地面上を、ぽんぽん跳ねるようにぽち君が飛び回る。やがて何をしていたのか忘れたらしく、何やら怒りながら自分の尻尾を追いかけていた。

 ぽち君は可愛いなぁ、落ちついたら一撫でさせてもらいたい、あわよくば五撫で、それが駄目なら両手でわしゃわしゃわしゃと。

 私が己の欲望に忠実に生きていると、背後からすっと袖が捲られた腕が突き出された。


「ぽち、戻れ」


 柚木さんの一言で、私はぽち君を撫でることができないと分かった。

 ぽち君の姿が霧散する。無数の黒いもやとなったぽち君は、大人しく柚木さんの腕に収まっていく。最後の一もやが名残惜しそうに柚木さんの頬を撫でながら腕の中に消えた。柚木さんの腕には、痣のように黒いもやが収まっている。


 ぽち君は、厳密にいえば柴犬ではなく、柚木さんが先祖代々継いでいる神様の力だ。

 彼曰く、神から預かった力で委託業務しているようなもの、らしい。お寺でも神社でも、神に祈って祓ってもうらのだが、火六家は違う。既に力を受け取っているので、その手順を飛ばせるのだそうだ。自由度も高い。その代わり、戦力増強は望めないので全ては善し悪しだと聞いたことがある。

 そして、その力であるぽち君は凄いのだ。悪霊を蹴散らせるし、ご飯は食べられるし、何より可愛い。神様から預かっている力はぽち君だけではなく、火六家には他にも色々いるらしい。私が聞いたことがあるのは、猫のタマである。きっとそっちも可愛いのだろう。

 袖を下ろすことでぽち君をしまった柚木さんは、くるりと私を向いた。


「何かいましたね」

「え? 私、はっきり見えました」


 人間ではないと気付かなかったほどに。

 いま思えば最初からおかしな点は多かった。服装は勿論だが、この時代におかっぱや坊主頭の子ども達があんなにいるだろうか……田舎は一概にいないと言い切れないのが恐ろしいところだ。家で髪を切っているとどうしても似た髪型になってしまうからである。

 それにしても、そこに疑問を抱くことはなかった。だから、その時点で既にどこかおかしかったのだろう。私が、おかしくなっていたのだ。でも、私より余程視る目がある柚木さんに視えなかったなんて、そんなことあるのだろうか。


「あの、目がない子ども達が八人くらいいて、花いちもんめやってたんですけど……」


 首を真逆に回しきった子ども達の姿を思い出してしまい、喉が勝手に戦慄いた。


「花いちもんめ……ああ、成程。あの子が欲しいとでも言われましたか?」


 正解である。


「柚木さんエスパーだったんですか? やだなぁ、もう。そういうことは早く言っておいてくださいってば。柚木さん後から不思議要素さらっと出してくるから、もう驚き貯金満額ですー」

「すみません、その手の流れは定番なので当てずっぽうですが、当たったようですね」


 柚木さんがエスパーなのではなく、私の考えが至らなかっただけらしい。しょんぼりである。


「対象となった人物にだけはっきりと見える。よくある話です」

「成程ぉ」


 それなら納得だ。視る初心者の私が、一歳で怖くなくなるほど視まくっている柚木さんよりはっきり視えた理由が分かって何よりである。うんうんと頷いていると、心なしかいつもの無表情に別の感情を乗せた視線が私を見ていた。


「この場合、奴らの狙いが梓さんということになりますが」

「……何故にして?」


 岸霧島上陸三十分未満のこの私に、一体何用でしょうか。


「さあ」

「ですよねー」


 そりゃ柚木さんにも分からないだろう。何故なら、私が上陸三十分未満ならば、柚木さんも同じだからである。


「とりあえず、木賀矢さんと連絡がつきました。すぐに来るそうです」

「あ、それはよかったです!」


 野宿は回避できそうだ。何でも隣家の方がぎっくり腰を起こしてしまい、そのお手伝いをしていたという。

 この島も少子高齢化の波を避けられず、島民は高齢者ばかりだと聞いている。だから六十代の木賀矢さんは島民の中ではとても若いのだそうだ。それは色々頼りにもされるだろう。

 そこまで考えて、最初に会う人は第一島民と呼べばいいのだし、町並み村並みは島並と呼べばいいのだとやっと気付いた。小さな疑問を自力で解消でき、何だかちょっとすっきりした気分だ。先程全身を覆った恐怖と鳥肌も鳴りを潜め、思ったより早く落ち着けたことも嬉しい。


「一応木賀屋さんには、この島に花いちもんめに繋がる怪異と寬枝さんも失踪前にそういう話をしていなかったか聞いてみますが、もし彼が知らなければ依頼とは関係ない怪異に巻き込まれた可能性が浮上しますので、梓さんはそのつもりで心づもりをお願いします」

「さらっと怖いこと言うのやめましょう!? 泣きますよ!?」

「泣かないでください。僕が非常に狼狽えた上、酷くダメージを受けます」

「同士討ち!」


 事件解決に向けた捜査前から問題が増え、同士討ちする相棒。

 この事件、なかなか手強い予感がする。







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― 新着の感想 ―
[一言] あずささん、家並みてのもありますぜ…。 こんなところでも、冷静さの綻びが垣間見えますね。
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