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火六事務所へようこそ  作者: 守野伊音
二章 はじめての孤島編
14/31

14怪




 

「木賀矢さん、結局依頼することにしたんですね。半月連絡がなかったので、依頼しないのかなぁって思ってました。あ、その白菜切れてない。見逃してください」

「大抵は話をする前に覚悟を決めてこられる方が多いですが、最初に話をしてから依頼までに時間がかかる人も多いです。半月は少し長いほうですが、ご家族が反対していた場合説得に時間がかかる場合もあるので珍しくはありません。団子、火通ってます?」

「ん、ちょっと待ってください、割ります。あ、割れてた。大丈夫です大丈夫。おいしー!」


 冬は炬燵にもなるテーブルを二人で囲み、夕食の鍋をつっつく。

 材料を切ったのは私、お団子を作ったのは柚木さんだ。ちなみに場所は大学を機に一人暮らしを始めた私の部屋である。小さいけれどキッチンは別、お風呂、トイレも別々、脱衣所もちゃんとある。個人的にお気に入りポイントが高い1DKだ。

 私達はこうやってお互いの家でご飯を食べることが多々あった。

 何せ、気が合う、舌が合う、ついでにいうと料理のレベルが一緒の一人暮らし同士。本やネットと睨めっこしながら、芋を変形させ、葉野菜を連結させ、大さじ一を溢れさせ、塩ひとつまみを押し潰し、旬の野菜と豚肉のよく分からないあんかけのような何か炒めを錬成し、時に成功させ。

 大変楽しく料理の練習ができている。惜しむらくはお互いちっとも上達しないことだが、失敗しても一人で黙々と腹に収めるのではなく二人で笑いながら食べられるのでありがたい。

 そして今日は鍋だ。繋がってはいけない物が繋がっていて、繋がっていなければならない物が繋がっていないけれどいつものことだ。残暑厳しい季節の夕食に何故鍋なのかというと、我が橘花家は風流を全く気にしない家であることと、私と柚木さんのレパートリーの少なさが原因だ。



 コンビニで買ったおやつは夕食の後にしようということで、今は冷蔵庫で眠っている。


「明日何時に事務所集合します?」

「始発に乗りますので、始発二十分前でお願いします」

「おぉう……」


 このバイトは、人間関係良好、お給料よし、経費でおやつが出るという大変素晴らしい環境なのだが、突発出張が発生する頻度が非常に高いのだけが難点である。

 怪異が人に憑いていればその場で引き剥がすことも可能だが、土地や場に由来していればそこへ出向かなければ解決は不可能なのだ。だから、今回のように依頼された場所が離島であれば現地に赴くことが原則となる。

 そうはいっても、私は新人もいいところの新米だ。霊能力に目覚めたのが二ヶ月前であり、バイトという行為自体が初めてな私は、大きなお仕事には連れていってもらえないのだが。


 明日出発することもあり、今日は営業時間が終わるや否や事務所を飛び出し鍵をかけてきた。私達の家はそれぞれこの近辺にあるが、事務所と柚木さんの家は駅の東、私の家は西と反対方向だ。

 荷物の用意もあるし早めに帰ったほうがいいのだろうが、最近不審者情報があるらしく柚木さんが送ってくれた。ならば夕食一緒しましょうということで、帰り道で買い物を済ませ、ついでに明日食べるおやつも用意し、私の家で夕食の運びとなったのだ。


 お箸で掴む前からほろほろ崩れていく団子をお玉にのせて、器に入れる。柚木さんが齧り付いているのは三連繋ぎの白菜だ。白い三連星が一機散った。


「木賀矢さんとは向こうで待ち合わせなんですか? えっと、岸霧島がんきりじまでしたっけ」

「はい。簡単に調べましたが、島への便が出ている船着き場まで乗り継ぎで半日近くかかります。けれどそれ以外は特に難解な道程でもありませんでしたので案内は必要ないかと」


 木賀矢亨さんは、半月前事務所を訪ねてきた人だ。六十代半ばで、痩せ型の人だった。

 話を窺い、柚木さんは依頼を受けることは可能だと伝えたが、木賀矢さん自身が少し待ってほしいと言ったのだ。こういった場所に依頼をするのは初めてだから少し躊躇してしまってと、申し訳なさそうに眉根を下げた。そういう人は多い。だから柚木さんも気持ちが決まれば連絡してほしいと見送った。

 四十年前に行方不明となった妻を見つけてほしい。

 それが、木賀矢さんの依頼だった。

 普通ならば首を傾げる依頼だ。失踪したのなら必要なのは捜索依頼であり、それは警察や探偵の仕事だ。けれどそれらを頼らずここに来たということは、一般的な捜索では見つけられない案件ということになる。

 木賀矢さんは島から依頼を受けて、島周辺の水質調査に来ていた学者だった。一年の契約だったため、妻である寬枝さんと共に島を訪れた。

 そして、家にいたはずの妻、木賀矢寬枝さんが行方不明となった。

 その日は日曜日で、仕事が休みの木賀矢さんは、寬枝さんが作ってくれた昼食を一緒に食べたのだという。素麺と、昨晩の夕食の残りである唐揚げと、木賀屋さんが好きだというキュウリの甘酢漬けだったそうだ。

 昼食が終わり、寬枝さんは食器を持って台所へ向かった。それが、彼女を見た最後だった。

 何の前兆もなく、失踪の理由もなかった。そもそも、台所から玄関へ向かうには木賀屋さんがいた部屋の前を通らなければならなかったのに、寬枝さんは忽然と姿を消してしまったのだ。

 駐在の連絡を受けた警察は本島から応援を寄越し、島中を探した。けれど、寬枝さんの姿は発見できなかった。遺体すら、どこにもなかったのだ。

 捜索が打ち切られた後も、木賀矢さんは寬枝さんを探し続けた。ありとあらゆる可能性を考え、四十年探し尽くし、最早残った可能性はそれまで全く信じていなかった心霊現象の類いしかなかったのだ。


 白菜を食べきった柚木さんは、崩れる寸前の団子をお玉に乗せて器に移す。


「怪異が原因で人が消えるって、本当にあるんですね……」

「よくありますね」

「よくあるんですか!?」


 恐ろしい内容をさらりと暴露しないでほしい。


「失踪する理由のない人間が不意に消える話は古今東西存在しますし、珍しいものではありません。神隠し、鬼に食われた、天狗に攫われた。諸説ありますね。昔話でも、浦島太郎などは村人から見れば行方不明事件です」

「あ、成程!」

「人為的なものも含めれば、事故、事件、誘拐、様々です。昔は山賊や人買いも横行していましたから。現代においても数十年という単位であれば、どんな小さな町でも行方不明者の一人や二人決しておかしな話ではありません。むしろ、人が起こした事件の被害者より少ないと判断出来ます」

「確かに……」

「うどんを入れていいですか?」

「うどんを……あ、しめの話ですか!?」


 柚木さんは時々話をホームラン級にかっ飛ばすけれど、私もぽんぽん暴投させる自覚があるので大して気にならないし、苦もなくついていける。

 うどんを入れてくつくつ煮込む。ちなみに鍋を乗せているカセットコンロは柚木さんの物である。

 最初は使う度持って帰っていたけれど、運搬も大変だしと私の部屋に常設されるようになった。柚木さんも一人だと使わなかったらしい。

 うどんを食べ終えて、二人で洗い物を済ませると待ちに待ったデザートタイムだ。包丁に押し潰されてちょっと不格好になって潰れてしまったいモンブランと、こっちはすっぱり切れたけれど上に乗っていた芋栗が転がり落ちてしまった芋山栗蔵タルトに舌鼓を打つ。


「おいしー! これ期間限定中にもう一回食べたいです」

「その提案乗りました」

「しかし、実はなんですけど別のコンビニではこんな期間限定芋栗商品が……」


 スマホを操作して、柚木さんの前に差し出す。それを覗き込んだ柚木さんは静かに頷いた。


「この仕事終わらせたら食べましょう」

「それフラグって言、いえ自分で言っていて怖くなってきました忘れてください。天高く、私肥ゆる秋ということで、これも食べましょう!」


 結論が出た辺りでデザートも食べ終わる。時刻は八時過ぎ。明日が早いことを考えるとそろそろお開きにしたほうがいい時間だ。

 ゴミを片付けるために立ち上がる。柚木さんも一度伸びをして鞄を引っ張っり、中からスマホを取り出してさっとチェックした。


「柚木さん、明日早いのに送ってくれてありがとうございました」


 ゴミを片付け、お茶を淹れてきた。私が戻ってくる前に携帯をしまった柚木さんは、お茶を受け取るために中腰になる。


「ありがとうございます」

「あ、はい。そして私も送ってくれてありがとうございます」


 御礼を言ったら御礼を返されてしまったので、御礼の重ねがけを発動する。


「こちらこそありがとうございます」


 返礼の重ねがけを受け取ってしまった。柚木さんは会話のテンポが独特なのだ。これは堂々巡りするなと判断し、泣く泣く重ねがけ合戦に終止符を打つ。


「明日遅刻しないように頑張りますね」

「はい。不審者と同時に、コンビニで見たような悪霊系がちらほら見受けられるので気をつけて来てください」

「さらっと怖い情報ぶっ込むのやめません!?」

「元々、一体でも強烈な存在がいれば淀んだ空気につられて集まってしまうものなので、何か派手なのがいるのかもしれません」

「恐怖の重ねがけもやめません!?」


 明日も早いというのに、今晩眠れなくなったらどうしてくれるのだ。

 私は柚木さんの事務所でバイトしている身ではあるが、仕事内容といえば事務所の掃除と備品の補充、後は柚木さんの指示に従った助手である。

 はっきり言って、幽霊見たら飛び上がって驚くし、追いかけられたら絶叫して逃げ出すし、目の前で揺れられたら奇声を上げて気絶する、怪異解決要員として全く役に立たないバイトの自負しかない私だ。

 ざっと青褪めて、一人になったら近寄れなくなるかもしれない窓に飛びつきカーテンをぴっしり閉じる。一寸の隙なく揃えて閉じた合わせ口に洗濯鋏をつけて更に防御を固くした。隙間があったら怖くなるのだ。

 一連の動作を黙って見ていた柚木さんはちょっと考えた。


「簡単に流れてくる程度の連中ばかりですのですぐにどうのこうのということはないと思いますが、念のため迎えに来ましょうか?」

「………………大変、大っ変魅力的なお誘いですが、それだと柚木さんの早起きクエストの難易度が跳ね上がるので辞退させて頂きます」


 是非と叫びたいところを泣く泣く堪える。柚木さんの家とこのアパートは駅を挟んで反対方向なのだ。ただでさえ早朝出発なのに余計な手間を取らせるわけにはいかない。友達なら尚のことだ。

 部屋についてからずっと外していた眼鏡をかけ、帰り支度を整えた柚木さんを玄関まで見送る。一階まで降りようと思ったけれど、それは柚木さんからやんわりと止められた。

 身動ぎしようがしまいがずり落ちてくる眼鏡を両手で直す柚木さんに、お見送りの声をかける。


「気をつけてお帰りください……」

「戦地に赴く戦士のような顔で見送られると大変出て行きづらいです」

「なんで柚木さん明日の荷物持ってきてないんですかぁ! 荷物を取りに帰らなくていいなら泊まっていってもらったのにっ! 柚木さん用の布団買ったんですからぁ!」


 両手で顔を覆ってわっと嘆いた私に、いつも通り淡々とした声が降る。ついでに再び眼鏡がずり落ちたらしく、かちゃっと小さな音がした。

 特殊なレンズは非常に重く、ちょっとした動作ですぐにずり落ちるのだ。仕事中は邪魔にならないよう、留め具のバンドを使って蔓同士を頭の後ろで止めているのだが、普段は目立つのでバンドを使用していない。

 そのバンドは先日道具生命を全うしてぶっ壊れた。換えを買いに行く暇がなく現在に至るので、柚木さんは怪異と戦う前に眼鏡と戦う頻度のほうが高そうだ。


「すみません。今日電話がかかってくるとは思わなかったので。それと僕は床で構わないので、余計な買い物はしないほうがいいと思います」

「先に私用の布団買ってくれた人が言う台詞じゃないですね」

「従業員が快適に働ける環境を整えるのが雇用主の義務ですので。それに、流石に友達を床で寝かせるわけにはいきませんから」

「雇用主を床で寝かせる従業員も相当ですし、友達を床で寝かせるわけにはいかないのは私も同じなんですが……?」


 仕事柄徹夜明けに勤務終了することも多く、送ってもらったついでに私の家で力尽きた柚木さんが泊まっていくことも、送ってもらう体力すら失われた私が柚木さんの家に泊まることも多い。その結果、お互いの家に来客用の布団が常備されたのは自然な流れだった。


「何はともあれ、明日頑張って行きますから、柚木さんも早く寝てくださいね」

「……梓さんに一つお願いがあるのですが」

「はい?」


 いつもと同じ無表情の中に、真剣な色が見えて私は慌てて背筋を正した。

 これは明日の仕事に関わることだ。この仕事は車と同じで、基本的には安全だが死亡率を0にすることは出来ないという命の危機を孕んでいる。普段はゆるゆると楽しんでいるが、締めるところは締めないと危険だ。

 気持ちを引き締めた私に、柚木さんは神妙な顔で頷く。


「明日、待ち合わせ時間になっても僕が到着していなかった場合、出るまで電話してください」

「………………起きる自信なかったりします?」

「勿論」

「勿論!? やっぱり泊まっていきませんか!? 更に早起きしなくちゃいけなくなりますけど、早めに出て荷物取ってくることにしましょうよ! 着替えならこの前のがありますし――そして、もしもの場合は私も叩き起こしてください」


 腰を九十度に曲げて深々と頭を下げる。朝に自信がないのは私も同じである。


 翌朝私達は、一分ずつ小刻みに設定したアラームが九割消費された辺りで目を覚ました。しかも自分のスマホではなく相手のスマホの音に反応しての起床だったので、別々に寝ていたらお互い遅刻していた可能性が高い。

 始発を逃せば即死だった。危ないところだった。






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― 新着の感想 ―
[良い点] いやもうここまでナチュラルに半同棲してるとか好き(*´艸`*)
[良い点] この2人の関係可愛い
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