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火六事務所へようこそ  作者: 守野伊音
二章 はじめての孤島編
13/31

13怪





 目に見えるものには種類がある。そんなある意味当たり前の事実を私、橘花梓が知ったのは、大学一年生の夏休みだった。

 それから然程時間は経っていないので今でも大学一年生なのだが、今はおいておこう。


 俗に霊感と呼ばれているものを私は持たぬまま生きてきたはずだったが、とある事件を経て発動してしまったそれは、事件が解決した後も消えはしなかった。専門家の友達曰く、波長が合ってしまったのだそうだ。

 大多数の人間が見えている世界と、極少数が視えている世界。これらは基本的に重なっている。違う場所にあるのではなく、あくまで同じ範囲内に存在するのだ。

 面白いのは、幽霊が視えない人間がいるのなら人間が見えず幽霊だけしか視えない人間もいるはずなのだが、そんな人は今のところ発見されていないことである。


 俗に怪異と呼ばれる事象は、要は世界がバグっているのだと言ったのもその人だ。この世から失せたはずの存在が残留し、尚且つ現実世界に影響を及ぼす。そのバグが見えてしまう現象を霊感という。

 霊感とは、ラジオのチューニングのようなものらしい。ラジオはチューニングの為につまみを回して大きく分けられたメモリを頼りに選曲していく。通常聞きたい番組が一番はっきり聞こえるメモリに合わせるのだが、その過程で他の番組も聞こえる場合がある。

 二つの電波を拾ってしまう位置。それが、霊感を持った人の立ち位置なのだ。

 だから一度そこに波長が合ってしまうと、再びチューニングしなければ視え続けてしまう。そしてチューニング方法は未だ解明されていない。今のバイトを続けるためにもチューニングする予定がないのが救いである。




 狭いコンビニ内を歩き回り視界の端を過っていくのは、まだ残暑厳しい季節だというのに長いコートを着てマフラーと首をぶら下げた女だ。

 細く高いヒールの靴は右足だけに存在し、左足は素足のままだった。できた高低差で身体を酷く揺すっている。がくんがくんと身体が揺れる度、マフラーと一緒に胸元でぶら下がっている首が揺れた。

 姿を構成する要素が己の意思ただ一つとなった死霊は、生前の生き様を、そして死に様を、大袈裟なほど反映してしまうのだそうだ。

 他人を呪う言葉ばかり吐いていた人の口は酷く汚れ、閉じることもできず開きっぱなしとなり汚い言葉を吐き続ける。他人を覗いてばかりの人間の目は異様なほど大きくなる。自分の顔が嫌いだった人は顔がとてつもなく強調され、体重ばかり気にしていた人は人の形を保てないほど痩せ細るか肥える。

 そして、外傷を負って死んだ場合、そこが強調されることが多いのだという。

 女の首は耳が胸の下に着くほど伸びきっている。実際、こんな状態まで伸びたわけではないだろう。想像したくもないが、そんな衝撃が加われば伸びきる前に千切れている。だが彼女は、死に際にそれほどの衝撃を負ったと判断した。そういう死に方を、したのだ。

 女はがくんがくんと揺れながら、店内の客の顔を一人一人覗き込んでいる。私は冷蔵のお菓子が入った什器の前で立ち尽くす。パンが並ぶ什器の前でがくんと方向を変えた女が私の横に立った。

 それだけで、女は私を覗き込んでいる。顔が下にありすぎるのだ。

 からからに乾いた口内で必死に唾を飲みこみ、競り上がってくる吐き気を堪える。何でもない振りを装って商品を見ても、まるで頭に入ってこない。

 店中の人間の顔を見て回ったからか、女は私の傍から離れない。生臭くすえた臭いが鼻につく。冷房が効いた空間内で、彼女の周囲だけが生ぬるい温度を纏っている。停滞した水場の臭いに近い。

 時に怪異は、中でも霊異は臭うのだと、私の友達は言った。


 どうしようどうしようどうしよう。

 何の役にも立たない思考だけがぐるぐる回っていると、軽快な音楽が聞こえ、自動ドアが開いた。瞬間、女が弾かれたように向きを変えた。

 高低差のある足でがくがく揺れながら、それにしてはやけに軽やかな足取りで入り口へ駆け寄っていく。誰かお客さんが入ってきたのだ。

 その人の顔を確認しにいったことで解放された私は、新しく入ってきた人には悪いと分かっていてもほっとしてしまった。

 うぉんっ!

 低く、それでいて濁音も掠れもない澄み渡った声がコンビニ内に響き渡る。犬の鳴き声だ。同時に、か細く、歯の隙間を通り抜ける呼吸のような声が広がった。

 女が悲鳴を上げたのだ。女は開いたばかりの自動ドアを駆け抜けて外へと走り去っていった。

 犬の鳴き声がしたことで店内にいた人間の視線が入り口に集まる。しかしそこに犬の姿はなかった。


「いらっしゃいませー?」


 語尾が疑問の形で跳ね上がっている店員さんの言葉と共に視線と興味はあっという間に散っていく。余程の犬好きでもなければ、鳴き声の主はどこだと探しはしないだろう。

 犬好きは探す。犬との出会いを逃してなるものか、せめて一目だけでもそのお姿を犬種を毛の色を尻尾の形を足の長さを耳が立っているか垂れているかはたまた両方か!

 失礼。しかし、これで分かって頂けたであろうが、私は犬好きである。しかし猫も鳥も兎も亀も蜥蜴も、大体なんでも好きだ。

 それはさておき……いやさておくのは少々違う。犬好きだからこそ、さっきの鳴き声の持ち主を私は分かってしまった。

 同時に、いま店内へ入ってきたのが誰であるのかも。


「柚木さん、こっちです、こっち!」


 冷蔵の什器から身体を半分出して、手をひらひら振る。

 そこには予想通り私の友達がいた。

 柄のある服はあまり着ず、いつもと同じシンプルなシャツとズボンだ。少し癖のある髪はぼさっとしていて顔にかかっている。しかし、その髪の隙間から見える耳についた赤いピアスで垢抜けて見えるから不思議だ。

 分厚いレンズのせいですぐにずり落ちる黒縁の眼鏡を押さえた手によって瞳はよく見えないが、私の声に反応してこっちへ向けて歩き始めてくれた。狭い店内だ。すぐに合流できる。


「先に行ってもらってすみません」

「お仕事の電話ですし、先行って選ぶくらいなんてことないですよ。むしろ役得です。それより……」


 声を潜めると同時に距離を詰め、服同士が擦れ合ってしまう位置へ移動した。


「さっきのあれ……何だったんですか?」


 その道のプロ、専門家の友人とは彼のことである。

 火六柚木さん。私と同じ十九歳だ。更に情報を増やすなら、霊や怪異といった通常ではあり得ないと評される存在が起こした事件を専門に取り扱う事務所の経営者であり、私の雇い主であり、偶然にも私と同じ大学同じ学部という、これはもう友達にならずしてなんとする案件であった。

 ちなみに名乗り合ったその日に友達となった。おかげでバイトも大学も毎日楽しい。

 私の波長が合ってしまったのは、今年の夏休みにとある事件があったからだが、その事件を解決してもらおうと頼ったのが彼の事務所だった。事件を解決してもらった後も、その時期多忙を極めていた彼の要請を受け、そのままバイトを始めることとなった。

 実は私、バイト自体初めての経験なのだが、雇い主に急かされながら履歴書を書く経験は後にも先にもこれっきりであろう。


 私達はおやつの好みから食事の好みまで一致し、これはきっと仲良くなれると思って速攻で友達になった予感通り、大変良好な関係を築けている、と、私は思っている。


「さあ」

「さあ」


 そして、その道の専門家である彼にさっきのあれの話題を振ると、大変彼らしい返事が返ってきた。

 実は彼、先祖代々家業としてこの手の事件を取り扱い、神様から預かった力で対峙するという、現代日本とは思えない科学を置き去りにした解決方法を用いる。更に言うと彼は瞳まで不思議仕様で、さっきから何度もずり落ちている重たい眼鏡がなければ、相手が心の中で浮かべている表情しか見えないという、何とも不思議要素満載な人だ。

 ちなみにそんな不思議仕様な彼の視線は現在、什器に並ぶお菓子だけを見つめている。


「あれを憑けた依頼人が来たら調査しますが、今の段階では何とも。強いていうなら、ぽちが勝手に反応したので害意があるタイプの通りすがりの死霊、くらいの情報ですね。今日のおやつ決まりました?」


 相手が笑っていても、心の中で舌打ちをすれば彼の瞳には忌々しげに歪められた表情が映る。眼鏡がなければ人が取り繕っている外面上の表情は一切見えないのだそうだ。しかし、当然ながら内緒のことだし、彼自身は大体いつも無表情なので、彼の感情を読み取りたければ仲良くなるしかない。


「あ、そこのいモンブランと、芋山栗蔵タルトを悩んでるんですけど」

「梓さんさえよければ半分を分けませんか?」

「その提案を期待してました! 勿論乗ります!」


 彼ならそう言ってくれると信じていた。新発売のおやつをいそいそ籠に入れる。


「時計の電池切れてましたよね。買っていきます?」

「あー……そうですね。電気屋行く暇はなさそうですし」


 明日から連休が始まる。だというのに、柚木さんは暇がないという。バイトを始めて二ヶ月近くもなれば、大体この先が読めるというものだ。


「出張でファイナルアンサー?」

「正解です。スーパー仁志君人形を差し上げます」


 これが雇い主とバイトの会話なのだから、私の初バイトは大変楽しい環境でやらせてもらっていると丸わかりである。

 ちなみに火六事務所では憑き物落し、土地の正常化、住宅での怪異など各種諸々取り扱っておりますので、お気軽にご相談ください。







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