夜の企みー①
一度生まれた嫌な予感というものはなかなか抜けない。
不安やストレスには滅法弱い方なんだ。
「ジェイクさん、眠くないんですか?」
「眠いね、疲れてたからなあ」
「あら、元気がないわねえ。ダメよ、そんな風では。いけないわ、元気は出そうと思った時に出るものよ。ほら、シャキッとして!」
「うーん、頭も痛む気がする」
「そういえばあんた、ジェイクって呼んでるの?」
「はい、ジェイクさんと呼ばせていただいています」
「へー、そうなの。ふーん、そうなのねえ。まあ、わたしが先を進んでるってわけね。あんたはそのままジェイクってお呼びなさいよ。わたしは本当の名前で呼ぶから!」
そういえばノアに僕の本名は教えていなかったな。
失敗だった、分け隔てした訳じゃないんだけど。
「名前の意味ならお聞きしました。カード遊びの蔑称だとか。私はそうした意味でお呼びしません。本当に彼の名前としてお呼びしています」
「あら、その意味だってわたしが教えたものだわ。わたしがあんたに教えてあげたようなもんね」
「そんな事はありませんわ。だって、彼が言っていたんですから。私はあなたの口から聞いた訳ではありませんもの。そんな事がまかり通ればあなたは賢者ではありませんか。それに名前の意味なんてそれを見出したい人が後付けするものですわ。私は彼を名で呼んだ時に振り返ってくださるから呼んでいるんですよ。私にはそれだけで十分ですから、どうぞ、それだけでは不十分な方が意味を後付けなさいまし。重くなって身動きが出来ないほどにしないよう願いますよ」
「なによ、あんたみたいな女は大嫌いよ。さっさと出て行きなさいよ!」
「ちょ、ちょっと喧嘩は止そうよ、ね?」
仲良くしてくれ、本当に。
「あんた、あんた、この女の肩を持つの?!?」
「いや、肩を持つとかそういうのじゃなくて。喧嘩を止めたいんだ」
「喧嘩なんてしてないわよ!」
「ベルティーナ、落ち着いて」
「わたしは落ち着いてるわよ、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!!」
馬鹿と連呼しながらベルティーナは部屋を出て行った。
僕はため息をついた。また喧嘩してしまった。上手くいかないかなあ。
助かるためにベルティーナに結婚を申し込んだようなもんだからなあ。
「妖精は独占欲が強いですからね。ジェイクさんの周りに女性がいるのは嫌なんでしょう」
「ノアも妖精を知ってるの?」
「一度だけ妖精の男性と話をした事があります。その人は大いに妖精の女性の事を色々と語ってくださいました。ところで別の名前があるんですか?」
「うん、本名は夏厩夏天って言うんだ。夏天って呼んでもぜんぜん良いよ。僕は日本っていう国の出身なんだ、聞いた事あるかな?」
「日本………。ありませんね、私の知らない国です。と言っても国なんて沢山ありますからその知らない内の一国かもしれません」
「そう。でも、僕のいたところとここでは全く違うんだ。向こうには魔法なんてない。まあ、代わりの科学なんてものが発達してるんだ。僕はね、この世界の人じゃないんだよ、多分だけどね」
「この世界の人じゃない?」
「うん、そうなんだ。いや、荒唐無稽な話をしてるかもしれないけど本当なんだ。だから、僕は日本に帰る方法を探してる。来る事が出来たんだ、なら帰る事も出来るはずだよ。異常だなんて思わないでね、信じてくれなくてもいいよ。
でも、そんな右も左も分からない僕にはノアやベルティーナの助けは本当に必要でありがたいんだ」
僕は自分で言っていて自分の言葉に泣きそうになった。
酔っているかもしれないが感動していた。
「信じます、私はあなたの言う事を全面的に信じます」
ノアは僕の目を見つめ返して言った。
「私、あなたの事が好きです。あなたを見ていると心が温まる気がするんです。こんな事初めてです。ここへ来る途中に馬車でのお喋りはとても楽しかったですよ。ペイトンたちの馬車に乗っていた時との心境の違いは言葉では言い表せられません。私、あなたのお手伝いをします、いえ、させてください。きっと見つかりますよ、日本に帰る方法が」
僕は涙をなんとか堪えながら言った。
「ありがとう」
ノアはにっこりと笑った。
これ、告白だろうか。好きだと言われた事なんて人生で一回もない。
僕もノアの事は好きだし、素敵だと思う。
なんてったって驚くほどの美人だ。
でも、僕はいずれここを去るかもしれないんだ。答えられないよ。
ノアの目を見ているとそれすらも理解してくれているような優しい目をしていた。
だから僕は、「ありがとう」としか言えない。でも、ここを去るまでは一緒に居ようと思う。
だから、「ありがとう」なんだ。
「照れるね、ノアはとびっきりの美人だから」
「あら、そんな。褒められると照れてしまいますよ。あの、私はなんと呼んだら良いでしょう?」
名前が2つあるなんて面倒だな。いいや、僕はジェイクという名を捨てるよ。
僕はこれから憚る事なく本名を名乗る事にしよう。
「もう偽名なんて止めるよ。夏天って呼んで」
「分かりました」
「よろしくね、ノア」
「はい、よろしくお願いします」
恋人にはなれないかもしれないけれど友達にはなれる。それもとても良い友達に。
僕は良い友達の絶対条件を知ってるんだ。
「ところで夏天さんは歳はいくつですか?」
「え、歳?」
「はい、見たところずいぶん若いように見えますから」
「僕は17歳だよ」
「まあ」
ノアは驚いて口に手を当てた。
「ノアはいくつなの?」
「私は18歳です」
「年上なんだね。うん、なんかお姉さんって感じだよ。いいな、僕は姉はいないんだ。妹がいるんだけれどね」
「私は兄がいます。妹さんとは仲はどうですか?」
「まあまあだね。喧嘩はするけど仲直りはするんた、その日のうちにね。それが家のルールなんだ」
「良いですね、私は兄とは折り合いがつきませんでした。
仲はとても悪いんですよ。今回の事だって兄は両親の遺体を見る事なく家督の事ばかりを考えていたので文句を言ってやりましたわ。それで出て行けと放逐されたんです。
その上、良い歳をして嫁がない女だから死体に拘るのだなんて言われてしまいましたわ。なのでエメリカ家はもうお終いだと言ってやりました。
子が出来ても親がこれでは続かないと言ったんです。それからは行き場もなくなってしまって、それで運ばれていく両親の遺体を追ってあの村に居たんですよ。でも、ダメですね、きっと人には死者を追う事は向かないんですよ、どんどん気分が落ち込んで塞ぎ込んでしまいましたから」
「そうだよ、暗いのは良くないよね。明るくないとさ。僕はそっちの方が好きだな。僕の名前の夏天はね、夏の天って言う意味なんだけどよく晴れた空が想像出来るだろ? それに家名にも夏が付くんだ。もう明るい事この上ないね」
「私、夏の海って好きですよ。泳げませんけれど波打ち際を歩くのは好きでした。波って引く時に足を掴むような引き込む力があるんですよ。あの感覚が好きなんです」
「僕も海は好きだな。僕は泳げるよ、ちょっとだけだけどね」
僕たちは笑って話した。
するとバンと大きな音を鳴らしてベルティーナが姉妹たちを引き連れて部屋に戻って来た。
「大変よ、大変よ!!」
「ヤバいわよ、ヤバいのよ!!」
「こんな事ってあるかしら!!」
「わたしったら目眩がするわ!!」
「どこまで行ってもこうなのね!!」
「省いちゃいけないわ、一言一句漏らさず伝えなくっちゃ!!」
「なに、どうしたの?」
「盗んだ男の足取りを掴んだのよ!」
「汚い足だったわ!」
「手も汚れていたわね!」
「あんな口で愛を聞く女って不幸中の不幸だわ!」
「鼻なんてひん曲がっていてよ!」
「口にするのもおぞましいわ!」
「要するに、何がヤバいのさ?」
「グランドールの部下みたいなの!!!」