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勧誘する男たち

塔から少し離れたところに村があった。ただ村というしっかりしたものよりも集落と言った方が正しいだろう。


僕のように塔の傍にいた人も数人いたようで村の方へと逃げ込んでいく。

僕もそれに紛れるとこのどさくさで違和感なく村の中へと入り込む事が出来た。


村の中は塔の崩壊で阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

まあ、僕もちょっとやり方が悪かったかもしれない。村人たちの叫びの責任の一端が僕に完全にないとも言えないのだ。

中には嘆き悲しんで泣いている人もいるし、膝を着いて呆然と塔の崩れる様を見ている人もいる。

かと思えば密かに微笑んでまるで救われたかのような表情を浮かべている人までもいた。


この人たちはどういう人々なのだろうか。


破片はこの村まで届こうとしていた。

布を張って簡易的な家壁としている家屋のような物が立ち並ぶこの村はこの破片の襲来に裸同然の無防備だった。

そうしたところに暮らしていた人々を誘導する人々もいる。


その人たちは姿からまるきり違っていた。

きっと他所からここへ来た人に違いなかった。

明らかに国やそうした強い権力を持つ高貴な一団の人だった。

まるで私服でTシャツとジーンズを履いた人の集まりの中に高級スーツに身を包んだ少人数の人が交じっているような雰囲気がある。


「こっちだー!!」


僕はその中の1人の誘導に従って村の奥へと進んだ。

村の外れにあった小さな丘の上に僕はやって来た。見知らぬ人たちと共に。正体も定かでない人々は僕を怪しむ事はなかった。


座り込んでとにかく時間が過ぎるのを待った。僕は巨人が塔を建て直そうと真っ直ぐに置き直して固定しようとする様子を眺めている。

辺りにはすすり泣く声が聞こえてほんの少しだけ良心が痛んだ。


「あんた、なんて格好をしてるんだい」


僕のすぐ傍で両手を合わせて祈りを唱えていた老婆が言った。


確かに僕の格好は酷かった。

その上、土埃や鳥の身体にしがみついていたので皮脂のような汚れも見える。


「酷い苦労をしたんだね、その若さで頭の毛が真っ白じゃないか。ねえ、誰かこの子に新しい服をあげておくれよ!」


老婆は僕の頭を一撫ですると感極まって涙を浮かべながら立ち上がって呼びかけた。

誰も老婆の呼び掛けに応じない。

僕はなんだか恥ずかしくなった。まるで僕がそれを要求しているような気持ちになってこの老婆を利用したり、それが空ぶったのが見透かされているような気になったのだ。


だが、ここの人たちはそれほど薄情な人ではないようだった。


「これ、使いなよ」


中年の男性がいくらかマシの上着を僕にくれたのだ。

それから次々と数枚の服が僕の手元に届けられた。


「ここの人たちは優しいんですね」


僕は少しだけ涙ぐんでいる。なんだかとっても嬉しいのだ。


「そりゃあ、同じ悲しみを背負った者たちだからね。私たちはみんな仲間さ。助け合って生きていかなくちゃね」


「同じ悲しみ?」


「そうさ、あんただってそうだろ? グランドールの悪党に家族を粛清されたんだろう? ここにいるのは突然、家族や友人、とにかく愛する人を失って行き場を失った者たちがやって来る場所なんだよ。あんたはいったい誰が犠牲になったんだい? 親かい、恋人かい?」


僕は答えられなかった。老婆は僕に語る間に込み上げてくる感情を抑えられずに何度も目元を指先で拭った。


「まあ、無理には聞き出さないさ。言いたくなったら言いなよ。そうした方がいいのさ。誰にとってもね」


悲しげな雰囲気に包まれた人がここにいる理由は分かったが高貴な一団がいる理由は分からない。


「あの人たちは何のためにいるんですか?」


僕が尋ねたのに老婆は訝しむような目をして僕を見つめた。


「あれはね、私たちを変えようとしているのさ。悲しみから引きずり出して生活へと戻そうとしている連中さ。これまで奴らの口車に乗せられて多くの仲間が生活の中へと戻されてしまった。あいつらは得体の知れない労働をさせて悲しみから遠ざけようとしているのさ。いくらなんでも余計なお世話だよ。私はごめんだね、近寄りたくもない!」


老婆の話が一区切りつくまで僕は聞いていた。

この老婆の事、殺された弟と息子の事、その後の生活の悲惨さをつらつらと老婆は語った。


そうしていると若い男女が呼ばれたので僕はそちらの方へと集められた。

どうやら破片の落下が落ち着いたので村に落ちた破片の掃除をすると言う。

僕は全く気が進まなかったが溶け込むために指示に従った。

老人たちは食事やその他諸々の簡単な雑務のために働くらしい。


僕は瓦礫の撤去のために働いた。それが塔の崩壊を招いた少なからずの原因である償いのように思われたので沢山働いた。


食事は美味いとお世辞でも言えないものだったが空腹を満たすためだけに僕は食べた。

食べ終わって一休みしていると例の高貴な一団の2人が僕の所へやってきた。


「私の名前はキンターです」


「私はペッシ」


突然こうして名乗られる習慣のない僕はただ聞いていた。


「あなたのお名前を教えてください」


キンターが言った。

僕は迷った。ジェイクと名乗るべきか、それとも本名を名乗るべきか。


構うもんかと思って僕は名乗った。


「ジェイク・アロンソです」


「良い名前ですね。ジェイク、我々と少しだけ話をしませんか?」


良い名前だって!

ベルティーナと言う事がずいぶん違うじゃないかと思ったがそもそも妖精と人間では異なるモノもあるだろう。


「はい、お話しましょう」


「良かった。ここに座っても?」


僕は手で座るように促した。


キンターとペッシは隣合って僕と向かい合うように座った。


キンターが身を乗り出して話し始めた。


「ジェイクさん、ここに来てどれくらいですか?」


「僕は来てすぐです。まだ1日も経っていません」


「じゃあ、今日の棺で親しい方のご遺体があったんですね。お悔やみ申し上げますよ。たけど、本当に良かったと思います。今日、あなたに会えてね。実は私たちはローグロウの司法省から直接依頼されているんです。つまりはこうして遺体に付いていって本国での仕事を放棄してしまった人々を再び職に就いてもらえるように働きかける事をね。長くいる人ほど国へ戻る事を嫌がるのです。故人と共にまだ過ごしていたいんですよ。もし、あなたが我々の活動に少しでも協力して頂けるなら国での職をご希望に沿ったものを斡旋出来るかも知れません。暮らしは良くなりますよ、ここで過ごすよりは確実にね。どうですか? ご興味はありませんか?」


キンターが話終えるとその隣でペッシがつけ加えた。


「実はそうして社会復帰した人は何人もいるんです。確かに悲しい事件ですがどうかご協力をお願いします。このペリエスデスの天啓台も綺麗になって本来の美しい景観を取り戻せるかもしれないんです。どうか、ジェイクさん」


はっきり言って僕はこの場所に特に思い入れはない。まず僕に必要なのは人がたくさん集まる場所へ行って情報を得る事だ、つまり帰るための方法を考えなくちゃいけない。


この提案は難なくローグロウに入国する方法ではなかろうか。

まさに渡りに船、僕は恭しく頷いた。


「はい、僕も長くこうしていられないとは思っていました。ぜひ、お願いします」


僕の返事に2人は顔を明るくさせた。


「いや、ジェイクさんの働きぶりを見ていたら私はどこでも重宝されると保証出来ますよ。本当に良かった!」


「それではこの後はペッシの話をよく聞いて下さいね。簡単な手続きがありますから。私は他の人と話をして来ます」


キンターはペッシを残して去っていった。


「手続きってなんですか?」


「簡単なものですよ」


ペッシは笑って言った。

すると彼は人差し指をぐるりと回して「ヒプノス」と呟いた。


「よし、この書類のここに署名しろ」


え、こいつ同僚がいなくなった途端に態度が豹変したぞ。いや、キンターがもしやこいつの上司だったのか。

けっ、ちょっと意地悪してやろう。


「僕は字が書けません。代筆してください。ジェイク・アロンソです」


「ちっ、手間かけやがって」


こいつ、なんて態度だ!

僕が入国するためと思っていなかったらうんと懲らしめてやるのに!


ペッシは僕の手続きが全て済むと書類を再三眺め回して言った。


「ここで待ってろ」


こいつ!!


脱いだ靴を裏返しにしてやるからな、覚えてろ。

ペッシもキンターが去った方へと歩いて行った。


さて、僕は待った。

するとキンターとペッシがやって来た。僕はよっぽどキンターに言ってやろうかと思った。ペッシの態度は教育が必要だと言ってやろうかと思ったのだ。それがキンターとペッシのためになると思っての事だ。


「おい、着いてこい」


キンターが帰ってくるなり僕の肩を押して言った。

驚いた。この上司があってこの部下があるのだ。

ブラック企業だ!!


僕が連れて行かれたのは馬車の荷台だった。

これからもう移動するらしい。夜なのにそんなに急ぐ必要もないだろう。

キンターとペッシの他にも数人の彼らの仲間が話し込んでいる。

荷台の中には既に十人ほどの男女が入っていた。

まあ、今日のような塔の崩壊による村の被害が甚大だとここを離れる事を選ぶ人が多くなるのかもしれない。

みんな、悲しみを乗り越えてローグロウで働くために決意したんだ。


僕はそれを立派だと思った。再生への道なんだ。


「おい、ペッシ。お前が命じないとこいつは荷台に乗らないんだぞ。催眠魔法をかけたんだろうが」


「はい、すいません!」


え、催眠魔法?

いつ、かけられたんだ?

そもそも僕は正常なんだが。


ペッシ、お前は使えないタイプの部下なんだな。

へっ、失敗しやがって笑ってやるぜ!


はて、それにしてもどうして催眠魔法なんて必要なんだ?


「おい、ジェイク。荷台に乗れ」


何か色々と怪しい。僕は必然的にそう思った。

何かが怪しい、いや、怪しすぎる。


そう思ったが遅かった。

ここで抵抗するには数が多すぎる。荷台の周りで確認出来るだけでもキンターの仲間たちは7人もいた。


僕は、荷台に乗った。

荷台の中に僕の座る場所はとても狭かった。要するにぎゅうぎゅう詰めなのだ。

どうやら本当に催眠魔法が施されてこの荷台に詰め込まれているようだ。


僕が乗り込むと荷台の幌が下ろされて外から中の様子は見えなくなった。

外で話し合う声が聞こえてくる。


「ペッシ、しっかりしろよ。いつまで世話焼かせるんだ」


「すいません!」


「今日は上々だったな。活きのいいのが入った。前から狙っていたノア・エメリカが手に入ったしな」


「へえ、ノアが手に入りましたか」


「あれは高く売れるぞ」


「へへ、勿体ないっすねえ」


「お前、ノアなんて馴れ馴れしく呼びやがって。大事な商品だぞ、手出ししやがったら承知しねえからな」


「分かってますよお。分別はあるんで。それにしても凄い事になりましたね。あの塔があんな風にぶっ壊れちまうなんて」


「ああ、だからみんなここを離れる気になったのさ。ノアは昨日の時点でちょっと傾きかけてたけどな。もう一押しが必要だったんだが今回の件でコロりよ」


「へへ、ローグロウの貴族令嬢なんて引く手数多ですもんねえ」


「ああ、それにあんな貧民窟にいたんだ。それからどこに行こうが知れやしねえさ」


「でも、可哀想な女ですねえ。幸せな貴族令嬢だったのが一転して売られちまう身の女なんて」


「それが商売の怖さよ。女も何もかも売り物になっちまう世の中なのさ。売り手がいるのが怖いんじゃねえ、買い手がいるのが怖いのさ」


「勉強になりますねえ」


「さて、じゃあお勉強はここまでだ。キンター、ペッシとルードを連れてアジトに帰るんだ。品物をしっかり持ち帰るんだぞ。ペッシ、アジトに着いてからの事はキンターに習え」


「分かりました」


「お前らはどうするんだ?」


「残り物には福があるって言うだろ。それを確認するのさ」


ノア・エメリカの名前は瓦礫の除去の仕事で聞いた事がある。

若い女の子だ。


ふむ、どうやら人売りの連中に連れ去られてしまうところらしい。

どうにかしなければならないぞ。

幸いな事に僕たちを乗せる荷台に乗っているのはキンターとペッシともう1人だ。少なくともこの2人が相手であるなら容赦する必要はない。


キンターたちが乗り込むと荷台を曳くために馬がゆっくりと走り出した。


「ルードさん、今回の調達なんですけどその中に面白い名前の奴がいるんですよ。ね、キンターさん?」


「ああ、あの男だろう?」


「はい、そうですそうです!」


「どんな名前なんだ?」


「へへ、ジェイクって名前ですよ」


「何かの冗談だろ? そいつはカード遊びがしたくなる名前だな。どんな面してるのか拝んでみたいぜ」


「これが冗談じゃないんですよ。それに字も書けねえ学のない男だったんだから大変ですよ」


「字が書けなかったのか?」


「はい、自分の名前すら書けないみたいで」


「こいつはとんだ馬鹿を拾ったもんだな」


「催眠魔法をかけてから書かせたんだろうな?」


「もちろんですよ、それで書けないなんて言うもんで俺が雑に書いてやったんです」


「へえ、そいつは正真正銘の馬鹿だな。催眠魔法にかかってる時は嘘がつけねえ、本当に文字が書けねえのさ。だからジェイクなんて名前なんだな」


そうして笑い声が聞こえてきた。

もう容赦なんてしてやるものか。


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