アメリカンコーヒーしか勝たん
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?!??
なんだ、この数字は。
これだけの桁であるなら数ではなく計算式の答えだろう。
でも、一体どんな数式の答えなんだ?
僕はこれだけ膨大な桁の答えもそれを叩き出す計算式も知らない。
加えてこの数字の羅列が読んでいた本に書いてある数字なのか、それとも他のものが見せている数字なのか分からなくなっている。
要するに僕の意識は朦朧としていた。
もう本を無くさないように袋ごと胸元に抱え込んだ。
僕は今、公園のベンチに座って《ファンタジスト・ラプソディ》を読んでいる。
缶コーヒーはやっぱり不味かった。
僕はアメリカンコーヒーしかもう飲まないぞ。
そしてまた頭痛と浮遊感が僕を襲い始めた。
薄れていく意識の中で僕には走馬灯のような父と母と2人の妹の姿が見えた。そこに僕はいない。僕が見ているから映っていないのだろうがとにかく僕は不在だった。
やけに母親の顔が際立って見える。
今ごろはどんな風にしているだろう。僕に怒っているだろうか。それとも傷ついて………。
でも、僕には必要な事だったんだ。
それでも心に、頭に過ぎる考えは僕を少なからず苦しめてくる。
人を傷つけてまで貫くべき事ってなんだろう?
また誰かの声が聞こえ始めた。
今度は泣いている。すすり泣くような声が聞こえる。
僕は今すぐにも横たえている身を起こして安心させてあげなくちゃならない。
「だ、大丈夫だよ」
僕は辛うじてそれだけ口にした。
するとハッと息を飲む音が聞こえた。どうやら声を発したのが相当驚かせたらしい。
「ばかばかばかばかばかばかばか、このお馬鹿さん!!」
ベルティーナの声だった。
「平気なの? 痛いところはない?」
「痛むところは今のところないよ、平気そうだ」
それでも元気よく起きるなんて出来そうにない。
「なによ、なによ、だったらもっと早く起きなさいよ! 本当に心配したのよ、もう終わりかと思ったんだから。こんな事の後じゃあ真っ当になんて生きて行かれないわ。それぐらいの衝撃的な出来事よ。わたしが信じてた常識の全てを疑ってかからなくちゃダメだわ! ああ、でもジェイクが生きててくれて本当に良かったわ!!!」
「そう、良かった。僕もなんだか苦労した気がするよ。僕が気を失っていたのはどれくらいかな?」
「そうね、せいぜい20分ほどかしら。それにしてもジェイクの寝顔ったらなかったわ。とても死に顔とは思えない顔をしてたわよ、あなたってあんな風にして寝るってわけね。まあ、わたしも寝ていれば人の寝顔なんて気にかからないものね、わたしはあなたの寝顔にちょっとケチを付けたけれどあなたがわたしの寝顔にケチを付けるのは嫌だわ。そんな事しようものならわたしは顔を何かで被って寝ますからね。もう二度とわたしの寝顔は見れない事よ。でもでも、ジェイク、わたしはあなたの声がまた聞けてとーーっても嬉しいわ!!!!」
ベルティーナは嬉しさを爆発させてパタパタと羽根を動かしながら空中で大の字に腕も脚も大きく広げるのだった。
「僕も嬉しいよ」
「あら、なによ、そんなんじゃダメよ。もっと大きく喜びを表現しなさいな。ほら、立ってやってみて」
まるで小学校の先生のような要求だ。
やる気はなかったがテンションと確かに喜びを感じている事に押されて僕は立ち上がった。
ちょっとふらつくのは気絶した影響だろう。
「やったーーー!!!」
万歳をして喜びを表現してみた。
「うーーん、いまいちねえ。あなたってそういうところもあるのねえ。これはこれから磨いていかなくっちゃいけないわ。でも、立てたわね」
にっこりとベルティーナが笑って言った。
彼女の言う通りに僕は立っている。身体の異常も今のところはない。
改めて周囲を見てみると僕たちは棺で作られた構造物の内部にいた。光はほとんどない。遠いところに長方形に切り取られた白い色が見える。あれが僕たちが探していた入口だろう。
もう僕は内部の様子を調べる気が無くなっていた。
ベルティーナも賛成してくれるだろう。
「出口が見えるね、行こうか」
「ええ、行きましょう。そうしましょう!」
ベルティーナは僕の右肩まで飛んで来てそこに座った。
「ねえ、あなたにひとつだけ言っておかなくちゃいけないんだけれどよろしいかしら?」
なんだろう、すごい改まった感じだけどとてつもない打ち明けだったら心の準備はまだ出来ていない。
「あのね、心して聞いてね。あなたの髪の毛が真っ白になっちゃったわ。本当に残念ね、あなたの黒い髪の毛はわたしも好きになってたところだったけれど惜しいと思うわ。それもこれも全部この建物が悪いのよ。気を強く持ってね」
髪の毛が白くなっているらしい。
鏡がないので僕にはそれが見えないので分からない。
でも、大した事じゃない。なんてったって日本では茶髪にしたり、ピンク色にしたり、色々と髪の毛を染めるのが多いからだ。
それが白くなったなんて些細な事だよ。
だから僕はベルティーナに言ってやった。
「大丈夫だよ。僕の出身地では髪の毛を色々な色にするのが流行ってるからね。問題ないよ」
「あらそうなの? わたしはてっきり一大事かと思ってたわ。それなら安心ね。妖精は自分の髪の毛をそれは大事にするのよ。あなたたちはちょっと違うのね。でも、大事にした方が良いわよ。わたしのお婆様なんて背も賢さももう成長しないけど髪の毛だけは成長してくれると言って念入りに梳いているんだから。髪の毛は一生の友なのよ。まあ、梳いたり、よく洗ったりと世話をする女の話かもしれないけれどね」
「そうだね、じゃあ、この白くなった髪を大切にするよ」
「そうしなさいよ。わたしも髪の毛を大切にするあなたの方が素敵だと思うわ。それならあなたの黒い髪の毛は唯一これが残ったってわけね」
そう言うとベルティーナは身体の後ろから黒い髪の毛を1本取り出した。
それは光中で彼女を引き寄せるために頭から抜き取ったあの髪の毛だった。
「捨てなよ、そんなの」
「嫌よ、嫌よ。どうしてそんな事を言うのよ。絶対に捨てませんからね、わたしは。これがあったから助かったのにどうして捨てられるもんですか。あなたが抜き取ってわたしに差し出した様はそりゃあもうかっこ良かったわ。幾代にも語り継ぐわよ、止めないでよね」
「まあ、好きにしたら良いよ」
そう言う内にベルティーナはその黒い髪の毛をどうするべきか悩み始めた。
かと思ったらすぐに話題を転じてしまった。
どうやら髪の毛の始末は後回しにするらしい。
「この建物は結局なんだったのかしら?」
「さあ、僕にも分からないよ」
「中は棺よねえ?」
「うん、棺だね。中も外も棺だ。僕のいた土地でもこんな建物の話は聞いた事がないね」
「わたしもないわ。スマホで調べてみたらどう? そういう道具なんでしょう?」
「いや、使えないよ。電波が立たないんだ」
「なによ、電波って?」
「説明するのは難しいな、要するに僕のいた土地の中でしか使えないのさ」
「役に立たないわね。わたし、お爺様に会った時に聞いてみるわ。物知りなのよ、わたしのお爺様って。でも、短所があるの。大のギャンブル好きなのよ。カードなんてさせたら3昼夜ぶっ続けでやってるわよ。でもね、滅法弱いのよ。ああ、そうだわ。わたし、もうカード遊びで勝っても負けた相手を馬鹿にするのは止めにするわ。だって、勝って相手を馬鹿にする度にあなたの顔を思い出しそうなんだもの。あなたってけったいな名前よね。いちいちあなたの顔が浮かんでちゃ勝てるゲームも勝てないわ。ね、わたし、そうするわね?」
「それなんだけど、僕の名前はもうひとつあるんだ。僕の住んでた土地で使ってた名前があるんだよ。僕、そっちも君に教えるよ」
「なによ、じゃあジェイクは偽名だったわけ?」
「違うよ、僕の名前なんだけど本来の名前とは違うんだ」
「いいわ、聞いてあげる。名乗りなさいな、その後にわたしの名前も全部教えてあげるから。長いわよー、覚悟しておきなさいね!」
「僕の名前はね、夏厩 夏天って言うんだ」
これが正真正銘僕の名前だ。
「短い覚えやすい名前ね。名前の意味なんてあるのかしら?」
「夏厩は家名だから意味は知らないんだけど夏天は僕の生まれた月だね。僕は7月生まれでとてもよく晴れた暑い日に生まれたんだ。だから夏天なんだよ」
「あらそう、晴れた日なんて幸先のいい名前じゃない。じゃあ、今度はわたしの番ね。心して聞きなさいな」
そう言ってベルティーナは長い、いや長すぎる名前を言うのだった。
寿限無よりも長い名前かもしれない。
だけど僕は覚えていられそうだった。
記憶の中にすんなりと入ってきた彼女の長い名前を僕は気に入った。
一息に言い終えた彼女はにっこりと笑って言った。
「ね、長い名前でしょう?」
「うん、とても長い名前だね」
「そうでしょう、そうでしょう。どう、覚えられそう? だってあなたの性質だものね、人の名前を忘れないっていのは。いや、止めておくわ。今は聞かないでおくの、もう忘れている頃だろうなって頃に聞くのが一番なのよ。それで真価を問われるんだわ。そういえばあなたが言ってる人の名前を忘れないって言う長所を発揮してるのは見た事ないわね。それで問われるってわけね。ああ、楽しみだわ、いつ聞こうかしら」
「いつでもいいよ、僕はね」
「あら、自信があるってわけね。あなたの長所だもの、棺の中に忘れてなければいいのだけれどしっかり持ってたってわけね。その自信が持つと良いわね! そういえばあなたの名前はいくら変えても勝負事には向かない名前ね。可笑しいわね、わたしったらそういえばなんて繰り返して思い出してばっかりね。でも、どっちみちあなたはカードはやらない方がいいわね、だって夏天なんて勝負事になると縁起が悪い名前だもの。でも、わたしは改名しろなんて言わないわ。だって、カードの善し悪しだけで改名だなんて馬鹿げてるもの!」
ぐさりと来た。
僕は直斗にも同じ事を言われた事がある。そうして仲間外れにされたのがちょっとしたトラウマだった。
「うるさいなあ、良いんだよ。カードなんてさ!」
「あら、怒っちゃ嫌よ。ね、怒らないで」
「別に怒ってないよ」
「困ったわねえ、こっちを向いてよ。そっぽ向いてないで」
「カードなんて僕はやらないよ。そもそも弱いからね」
「悪気があって言ったんじゃないわ、許してくれなくちゃ嫌よ。わたしは謝りませんからね。だって、悪気はないんだもの。悪気があって言ったのならわたしも謝るけれど今はなかったのよ。本当にもう怒っちゃ嫌よ」
「怒ってないよ」
本当に僕は怒っていない。
「それならいつものようにこっちを向いてよ。そっぽ向いてないで。わたしは悪気がなかったって言ってるんだからそれはもうあなたが悪く取ってるだけだわ。悪く取らないでよ、ね?」
「本当に怒ってないよ。気にしてないから。大丈夫だよ」
「もう知らない! あんたってば思わぬ刃を持った男ね!!!」
ぷりぷりと怒ったまま一飛びして僕の頭上まで飛び上がると両手を腰に当てて怒って見せた。
どうやらいつの間にか彼女の方が怒っている。
「もう知らないから!! 本当に知らないからね!!!」
そう言うと彼女は出口の方へと飛んで行く。
「ベルティーナ!」
僕が呼んだのに振り向いてベルティーナはふんぞり返ると思い切り身体を折り曲げてあっかんべえをした。
そうして彼女は出ていってしまった。
あっけない、あまりにも呆気なさすぎる。僕はほとんど君のために戻って来たのに。
僕が悪かったんだろうか。いや、多分悪くない。思えば僕は女性とこんな喧嘩なんてあんまりした事がない。
2人の妹がいるが喧嘩をする時はもっとなにか具体的に悪い点があった時だけで今回のような展開じゃなかった。
僕も彼女を追いかけて出口の方へと走った。
棺の切り取られたところから顔を出して周囲を見回したがベルティーナの姿は見えなかった。
僕はちょっとの間だけ落ち込んだ。
だけどすぐに気を取り直した。この構造物の中に居たんではどうにもならない。ベルティーナと仲直りする事も出来ないし、元の世界に戻る方法も見つけられない。ベルティーナの事で頭がいっぱいだったが思い返してみると僕には向こうの世界でもやるべき事があるのだ。
それでも何故だか、いや、この世界での唯一の友人であるベルティーナのご機嫌を取るために僕は棺の中にある遺体から罰当たりにも歯を5本だけ抜き取ってポケットの中に入れた。
もちろん効果がある事を願って念仏を唱えながら抜き取った。
さて、もうこの場に用はない。
この構造物が再び異常動作を見せる前にこの場を去ろうと思う。
体力は回復していた。いや、むしろ元気すぎるほど元気に溢れている。こんな事はかつてなかったと思う。
僕は前と同じ要領で下を目指した。
今度は前よりも速く移動する事が出来た。そうして上手く行けてる事を考えるとベルティーナが褒めてくれるような気がして彼女の声を探したが聞こえやしなかった。
相変わらず霧は濃い。いくら下りても地上の様子は見えてこない。
汗が吹き出てくる。
ロッククライミングなんてした事がなかったが走るよりもキツい気がする。
身体が熱を持って来ていた。
額から流れ落ちていく汗を拭おうと腕を動かした時、僕は誤ってバランスを崩してしまった。
身体がふわりと浮くような感覚がした。浮くと言うよりも棺から離れると言った方が正しい。と言うのも僕の身体は自由を失って棺から完全に身を離してしまったのだ。
僕は世の中の法則通りに落下していく。
とてつもない速度で僕は落下していた。
その速度たるや車の走る速度よりも速い。
頭は生命の危険を感じて凄まじく回転していた。
やれ今ここで奇跡的にベルティーナの言ったような祈りが通じて羽根が生えてくる可能性を考え始めたり、かと思えば光中で感じた浮遊を行ったりと様々な方向へと転じていく。
僕は現実逃避する思考をとにかくまとめる必要があった。
人間の肩甲骨は翼と呼ばれるらしい。
いや、そうじゃないぞ!
あの浮遊感を不快だなんて言ったけれど嘘です、助けてください。
神頼みだ!
当てにするな!!
僕はずんずんと落ちている。待て、落ちすぎじゃないか?
ベルティーナは大樹の半分もないと言っていた。彼女はいったいどれだけの樹木に住んでいるんだろうか。
いや、待て。本当に待て。僕は助かりそうな道をとにかく考えなくちゃならないんだ。
落下中の身体を安定させた。驚く事にまだ地上が見えない。
僕は右手を伸ばして建物の端に触れようとした。きっと右手は無事ではすまないだろう。いや、右手だけでは足りないかもしれない。この落下エネルギーを受け止めるのは人体では不可能だ。
あと少しで指先が建物に付きそうだった。
その時に霧の向こうに一際色濃く映る影が見えた。それは徐々に大きくなっている。
僕の方へと迫って来ていた。
鳥だ!!!
それもとても巨大な鳥だ。
セスナぐらいありそうな大きな鳥だった。
その鳥が僕を目掛けて嘴を大きく開いて迫ってくる。
僕は身を捩ってなんとかその迫撃を避けると開かれた翼の付け根にしがみついた。
鳥は僕が取り付いた事を知ってぎゃあぎゃあと鳴き始めた。
見たところ何匹もいる。
落下している時よりも空気の抵抗が強くて目を開けている事が難しい。
ただ棺の側面で四苦八苦していた頃よりも安心感がある。
鳥は僕を振り払うために動き始めた。
急旋回したり、宙返りして僕を振り払おうとする。でも、そうはいかない。
僕も全力でしがみついた。
すると突然、僕が乗っている鳥が速度を落とした。
背中に乗っていた僕は鳥の様子を見ようと身を起こした途端に別の鳥の鉤爪に腕を掴まれて引き剥がされてしまった。
この鳥たちは賢いぞ!!
鉤爪に掴まれたのが衝撃だったのとその鋭い爪の恐ろしさ、迫り来るもう1匹の鳥が恐ろしくて僕は振りほどいて再び空中に身を投じた。
自由の効かない空中で数匹の鳥が僕を見たのが分かった。
鳥葬なんて嫌だぞ、鳥の餌なんてごめんだ!!
ぐんと速度を上げて鳥たちが一斉に僕の方へと迫ってくる。
僕は急いで上着を脱いだ。
闘牛のように狙いを逸らすぐらいしか思いつかない。
最接近した鳥の開いた嘴に服を引っ掛けて僕は再び鳥の身体に取り付いた。服は鋭い嘴に引き裂かれてもう使い物にならない。
空を漂う布切れへと変わってしまった。
鳥が暴れて僕を振り落とそうとする。今度は僕も負けてない。もう何があっても身を起こすような事はしない。
するとボフッと鈍い音がして霧から出る事が出来た。
僕がいたのは霧じゃない。雲だった!
あの棺は塔のように積み上げられて高く聳えていた。雲は棺の塔の周りにあるばかりで他のところには少しもない。
飛行機でもここまでの高さを飛ぶ事はないだろうと思われるほどの高所を僕は飛んでいた。
ベルティーナはこんな高所をあの方法で下りて行く僕を見守っていたのか!
確かに羽根が生えるように祈った方が良いと思うに違いない。
青い空を僕は飛んでいる。恐ろしい凶暴な鳥の背に乗って!!
とにかく僕の目的はこの青い空を超速度で飛ぶ事でもないし、鳥の背に乗って温かみと臭みを感じる事でもない。
僕は地上に降り立ちたいんだ!
僕は次にズボンを脱いだ。
要するにTシャツとパンツだけになったのだ。これにはもうとてつもない覚悟が必要だった。
鳥の頭は大きい。
バスケットボール大の物を2つ並べたぐらいの大きさだった。その鳥の頭部の両側に付くギョロりと大きな眼を僕のズボンで被ったのだ。
僕は腹這いになって両腕を広げてズボンを押さえ付けた。
鳥は速度を上げて僕を振り落とすのに躍起になった。
僕は振り落とされまいとより強くしがみついた。どっちの体力が持つかの勝負だ。
はっきり言ったら数の差で僕は敗色濃厚なのだが諦める訳にはいかない。
諦める事は即死なのだ。
ところが僕と言えば身体は驚くほど好調で力はいつにも増して両腕に込められる。
空を暴れ回る鳥は他の鳥を寄せ付けなかった。先程のように僕を身から引き剥がすのは不可能となってこのズボンでの目隠しは攻撃であり防御なのだった。
そして混乱する鳥は制御を失って棺の塔を目掛けて全速力で突っ込んで行った。
鳥が塔の中腹辺りに思い切り突っ込んで行った、のがよく見えた。
僕は鳥が超速度で塔へ向かっている時に恐ろしくなって突撃する寸前で手を離してしまった。
僕は再び落下を始めた。
塔は僕の足で破壊出来たように木製の棺で建築されている。
巨大な鳥の突撃に塔は為す術なく崩れていった。
大小様々な木片と中の遺体が雨となって振り落ちようとしている。
僕は落下しながら塔の中腹に尻尾の先を僅かに出すだけの鳥を見ながらそこから振り落ちるあれこれを綺麗だと思った。
僕の落下速度は凄まじい勢いだ。
きっともうどんな幸運も訪れやしない。諦めの境地ってやつもどこで必要とされるからこそ言葉となっているんだろうね。
僕は、やり残した事が沢山ある。
母さんに謝らなくっちゃいけない。ベルティーナに謝罪は必要ないと思うけれど今となっちゃどっちでもいいや、それにあの盗作を世に訴えなきゃいけないんだ。
僕にはやるべき事がある!!!
どうやら地面が近いようだ。
もう学校の屋上から見下ろしたぐらいの高さだ。
いや、それよりちょっと高いぐらいだろう。
なんだか変に冷静だな、僕ってやつはこんな時にまで頭の片隅にアニメの事が思い浮かんでる。漫画も読みかけのままだっけ。
それに案だけで形にもしていない小説のアイディアの山がひとつ。
ああ、高校を卒業したらこのアイディアたちを形にして天才作家として大きな船出をするつもりだったのに。
あれ、まだなんだな。
いや、もうそろそろさ。
今は2階建ての家の屋根ぐらいの高さだもの。
そういえば来季に僕の好きな漫画がアニメ化されるんだった。
それも見たかったなあ。
僕ってやつはこんな時にまでアニメなんだな。
家族や友人の事を考えない薄情なやつなんだ。
こうした窮地に人が知れるってものさ。
もう地上に激突する。
そうして僕は地面に、ベルティーナが言っていたベリエステスの天啓台の地面に激突した。
するにはしたんだが僕は平気だった。
驚く事に無傷で生き延びている。
激突した瞬間の衝撃は凄まじいものだった。電気が全身を駆け巡ったが僕の意識ははっきりしていた。
こんな事を経験した後では日常生活に支障をきたすに違いない。
これが無事なら僕はバンジージャンプやスカイダイビングで安全具が全く必要なくなってしまうぞ。
僕は、ゆっくりと起き上がった。
すると頭上から木片どころか折れた塔の上部が崩れ落ちて来ようとしている。
鳥の身体もだらりと力なく垂れていて折れる基点となったあの箇所からずるりと抜け落ちようとしている。
僕は急いでその場所から離れようと駆け出した。落ちて来る棺の群れがまず影として小さな点のように地上に垂れていた。
僕の身体を覆った薄闇はその塔の影ではなかった。
塔の上部が落ちようとするのを巨人が手で支え持っていたのだ。
確かにベルティーナが巨人族に運ばせていると言っていた。それが今、姿を現したのだ。
僕はその場から逃げ出した。
塔が破壊されてしまったのが僕の責任である事も否定出来ないので見つかる前に逃げるしかない。
巨人が支え切れなかった塔の破片が降る中を僕はTシャツとパンツで走っていく。