のっぺらぼうの人々
一夜が明けた。
僕の部屋にはアリアが警戒して扉の前に衛兵が配置されている。
起きたら声をかけるように言われているのでそうしなくちゃいけない。
その後にはみんなと合流するんだ。
僕は着替えて部屋を出るために身だしなみを整えた。
外は明るい。部屋の中に陽の光が柔らかく射し込んでいる。こうした朝の光って僕は好きだな。
扉を開けて外を確認するとそこには2人の衛兵が立っていた。
「あの、起きました。みんなの所へ行こうと思います」
衛兵さんたちに声をかけると彼らが振り向いた。
その顔はのっぺらぼうのように何もなかった。
鼻も口も目も耳も、何も無い顔だった。
でも、いくらか青ざめているような色だけが見えている。
僕は驚きで言葉が出なかった。
すると、衛兵たちも僕を見てぎょっとしたようだった。
身体を仰け反らせて顔色が青から黒へと変わっていく。
魔法だ。
間違いない!
もしかしたら僕ものっぺらぼうになっているのか?
部屋に戻って洗面台の鏡で僕を見た。
そこにははっきりと僕が映っている。
目も耳も口も鼻もある。
実際に手で触れてみて感触を確かめて見るが口や鼻の形があった。
助かった。
今のところは大丈夫のようだ。
ひとまずアリアたちの所へ合流しよう。
のっぺらぼうの衛兵がいる扉から出て行くはかなり怖い。
でも、行くしかない。
リビングに出て扉の方へと近づくと扉を外からどんどんと叩く音が響いた。
ノックするような音じゃない。拳で強く叩いている音だった。
「夏天様、夏天様!!」
僕を呼ぶ。
怒鳴るような声で。
でも、行くしかない。
リビングに出て扉の方へと近付くと扉を外からどんどんと叩く音が聞こえてきた。
ノックするような音じゃない。拳で強く叩く音だった。
「夏天様、夏天様!!」
怒鳴るような声で僕を呼ぶ。
僕は途端に恐ろしくなった。
状況的に様子がおかしい。
なんとか部屋を出よう。
リビングには大窓がある。
そこから出るんだ。
窓の鍵に手をかけた時に扉を叩く音はいっそう激しくなっていた。
「出て来い、化け物め!!」
衛兵が怒鳴る。
僕を呼んでいるのか?
でも、化け物だって言ってるぞ。
とにかくここから出よう。
大窓を開けて外に出た。
僕がいた部屋の窓の前には手が届きそうで届かない場所に木の枝が伸びていて飛び移ったのだ。
枝が大きく軋んだ恐ろしさは僕を焦らせた。
すぐに幹を伝って地面に降りると大窓から2つののっぺらぼうが僕を見ていた。
黒と青が混じった顔色だけを浮かばせて。
不気味だ。恐ろしいほどに。
魔法だ、間違いない。
姿は衛兵のものだった。
そして僕を「夏天様」と呼んでいた。
衛兵が変えられたんだ。
変わってしまった事に無自覚だった。
ただ「化け物」という声も聞こえている。
僕ものっぺらぼうになっているのか?
触った時には耳も口も鼻もある。
僕はなっていない。
アリアたちを探そう。
僕はまずノアの部屋へ向かう。
城の中は一変していた。
ほとんど全員がのっぺらぼうになっていたのだ。
着ている服でかろうじてその人がどんな人なのか判断するしか無かった。
ノアの部屋の扉を叩いた。
中から物音はしなかった。耳を当てて様子を窺うが何も聞こえない。聞こえるのは扉を叩く音だけだった。
そしてそれが呼び鈴のように働いてのっぺらぼうたちがノアの部屋の前へ集まって来る。
僕は逃げた!
全力で!
もしかしたらアリアやノア、サーシャに会ってものっぺらぼうに見えてしまうかもしれない。
僕は見分けられる自信がない。
表情のない色だけの顔を見る事が出来ないのだ。
書庫のような場所へ逃げ込んだ。
偶然かどうか分からないが小さく扉が開いていたから。
中に入るとすぐに背の高い本棚が僕の行く手を阻んだ。
ぶつかるようにそこへ辿り着くと奥の方からすすり泣くような声が聞こえる。
誰かいる。
僕はゆっくりと足音を立てないようにそちらの方へと近づいて行く。
本棚の影から覗くとそこには侍女のような姿をした女性が泣いていた。
顔を伏せているので見えない。
僕はたったそれだけでもしかしたらこの人はまだのっぺらぼうになっていないのじゃないかという希望を持った。
「あの………」
声をかけてすぐに後悔した。
この女性は僕の声を聞くなりびくりと身体を震わせて恐る恐る僕の方を見た。
その顔はのっぺらぼうで顔色は濃い紫だった。
「きゃあああああああぁぁあぁァ!!!!」
長い悲鳴が部屋の中に響いた。
僕は恐ろしくなって部屋を飛び出した。
僕もなっているんだ!
のっぺらぼうになってしまっているんだ!!
いつこんな魔法が行われたのだろう。
ペイトンが関係しているのだろうか、それとも僕を誘拐した一団が関係しているのだろうか。
廊下を南へと突き進んで城の端までやってきた。
壁の前で立ち止まる。
壁に触れてみると石のゴツゴツした手触りだけが伝わってくる。それは確かだ。
次に手で顔を触れてみてもそこには鼻も口もあるんだ。感覚はしっかりしているんだ。僕の記憶通りの物の感覚が伝えられているのに。
それなのに僕は僕として見られていない。
僕は壁を前にしてひとりだ。
ここには誰もいない。
ひとりだと思ったら僕は恐ろしくなった。
ここからどうやって行こうか。
まず太陽を出してみる。
沸々と燃えてくるが太陽は出て来ない。
また何かに邪魔されているようだ。
戦うしかない。
幸いな事に腰に剣を差している。
剣を抜いて太陽の加護を与える時に12時を告げる鐘が鳴った。
大きく高く打ち鳴らされている。
すると、僕が見ていた壁がぐにゃりと曲がった。
石が液体のように溶け出してばらばらだった物質が結合していく。
土管のような丸い管の中にいるようだった。
窓は消えている。生き物のような薄膜の外から透ける陽の光に照らされて管の中は変に明るい。
行き止まりだったはずなのに僕の前には道が出来ている。
魔法だ。間違いない。
でも、どんな魔法なんだ。
のっぺらぼうに見えてしまう魔法だと思っていたのに。
まだ始まりに過ぎないのか?




