直斗とレベッカ
直斗がいる。
僕の目の前に正真正銘の直斗がいる。
「じゃあ、あの《ファンタジスト・ラプソディ》を読んで?」
「そうだよ、夏天は何冊目だ?」
「僕は4冊目のはずだ。冊数が関係あるのか?」
「俺は3冊だ。けっこう読んでるんだな」
「来てるのは僕たちだけなのか?」
「そうみたいだ。あの本の発行部数を知ってるか?」
調べてない。
8000部ほどだろうか。
「まあ、読んでた人の全員が来ていたらそれなりに話題になると思う」
僕もそうした話は聞かない。
「だとしたらどうして僕たちだけなんだ?」
「さあね、俺はこっちの暮らしにそれなりに満足してるから特に変えようと思う事がない」
僕が黙考すると直斗が笑って言った。
「夏天もなかなか活躍してるらしいじゃないか。不満はないだろ?」
確かに不満はない。
でも、向こうにも嫌になるほど強い不満があったわけじゃない。
僕の目的は日本に戻る事だった。
欲を言えるなら自由に行き来出来るようになる事が1番だけれども難しいだろう。
そういえば前はいくらか頻繁に戻っていたけれど最近は全くない。
僕はずっとこっちにいる!
急に恐ろしくなった。
「直斗は作者のオム・オム・オムライスの事は何か知ってるのか?」
「さあね、特に知ろうとも思わないから」
直斗は確かにこの世界に満足しているように見える。
でも、それは向こうの世界を見限るような事でもないはずだ。
だって、向こうには家族や友達がいる。
確かにこっちにだっているかもしれないがかけがえのない人であるはずだろう。
「ねえ、あんたたちって向こうでもこんなに辛気臭い話をしてるの?」
グランディーナが直斗の頭の上に寝っ転がっていて髪を掻き分けてひょっこり顔を出した。
「別にいつもってわけじゃないよ」
「ふーん。まあ、どうでもいいんだけれどね。いい加減に飽きたわ」
そうか、グランディーナの良い人って直斗の事だったのか。
「部屋に戻ろうか。それじゃ、夏天もしっかりな」
そう言って呆気なく直斗はテラスを去っていく。
グランディーナが脚をパタパタさせているのが見えたと思ったら去り際に僕の方を振り向いてあっかんべえをした。
「やはり似ていないな。私たちはマリア様のお部屋のすぐ傍に部屋をもらっている。直斗と話がしたくなったらいつでも行ったら良い」
レベッカさんが教えてくれた。
「ありがとうございます」
礼を言うと彼女は直斗の後へ付いて行くように歩いて行く。
再びテラスに1人になった。
考えるべき事が沢山ある。
今日が満月である事に今、気が付いた。
深夜、アリアの誕生日会を終えて眠りについた僕は目を覚ました。
というのは部屋の外がずいぶん騒がしかったからだ。
部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ!」
僕が言うとノアが入って来た。
「起きていらっしゃいましたか」
「うん、どうしたの?」
「城内がとても騒がしいので何かあったみたいですね。念の為に1箇所にいようかと思いまして」
「何があったんだろう?」
「分かりません。各国の要人が来ていましたからね、企みがある者にとっては良い機会でしょう」
それはつまり………。
僕は嫌な予感しかしない。
これまでにそんなような事を短期間で経験し過ぎた。
でも、これだけ騒がしくしているとなると事件は表面化しているのだろう。
僕たちが出て行って手間を増やすのは良くない気がする。
サーシャや直斗たちもこの中で警戒して過ごしているのだろうか。
すると、扉が勢いよく開いた。
バジャールが息を切らして入って来たのだ。
「夏天さん、良かった。起きていましたか。ぜひ、あなた方のお力を借りたいのです。アリア様たってのお願いです、どうか!!」
「分かりました、すぐに準備します!」
そう言って立ち上がるとバジャールは「2階の書斎までお越しください!」と言い残して部屋を出て行った。
僕はノアを見た。
ノアはきょとんとしていて「さ、早く準備してくださいね」と言わんばかりに僕を見ている。
「ノア、僕は今から着替えるんだけど?」
「はい!」
そう言って立ち上がると僕の着ていた寝巻きに手をかけた。
「何してるのさ?!?」
「着替えをお手伝いしようかと」
「いらないよ!」
「そうですか?」
「自分で出来るから!」
赤ちゃんじゃないんだぞ!
「部屋の外で待っててよ!!」
僕はノアを締め出した。
着替えを終えると扉の傍で待っていたノアと一緒に書斎へ向かう。
「ノアはお兄さんの着替えも手伝ってたの?」
「まさか、兄の着替えなんて絶対に手伝いたくありませんよ。触れるのも嫌です。誰でも良いって言うわけではありませんわ」
そうだったのか。
善意からのものだったらちょっと悪い気がするな。
そういえば僕たち、サーシャを忘れてる。
「サーシャも迎えに行った方が良いかな?」
「そうですね。迎えに行きましょう」
起きてるといいんだけれど。
まあ、この騒ぎだから起きてる事を期待しよう。
僕とノアはサーシャの部屋の扉をノックした。
返事がない。
さらにノックした。
やっぱり返事がない。
さらにノックして呼んだ。
「サーシャ、起きてる?」
返事がない。それに中で動いている様子もない。
僕はノアを見た。
「寝ている、かもしれません。もう少し強く呼びかけましょう」
扉を強く叩いて僕たちはサーシャを呼んだ。
すると、中で物音がして扉が開かれた。
「夏天か?」
目を擦りながらサーシャが現れた。
部屋の中は真っ暗で廊下の灯りが彼女を照らしている。
それだったのだがサーシャの身体はよく見えた。
彼女は薄い布を袴のように着ていたが帯がない。前がはだけていて角度によっては見えてはいけないあれやそれやが見えそうだった。
「サーシャ、着替えて!」
僕は言った。
「私は夜は弱いんだ。朝型人間なんだぞ、寝れないのか?」
「違うよ、アリアが困ってるんだ。準備して」
「まあ、寝かしつけは得意ではないがお前がしてくれと言うなら頑張ろう。お前の部屋まで行くのは辛い。ほら、私の部屋に入れ」
「違うよ、サーシャ。起きて!!」
寝惚けてる!
すると、僕の隣にいたノアがすうっと息を吸うとゆっくりとサーシャに吹きかけた。
僕にもその息がどんなものなのか見る事が出来た。
雪の結晶が乗った吐息でそれがサーシャを襲った。
「うっ!」
サーシャが短い叫びをあげるとぶるりと身体を震わせて目覚めた。
はだけた布を前で合わせた。それだけでも僕には喋りやすい。
「なんだ、こんな夜中に?」
「サーシャ、この騒ぎを聞いてよ。アリアが困っていて僕たちに助けを求めてきたんだ。すぐに準備して!」
「分かった!!」
サーシャはすぐに部屋へ戻って着替えてやって来た。
寝起きの彼女の真紅の長い髪の毛はウェーブをかけたみたいに波打っていた。
「騒ぎって何があったんだ?」
「分からないんだ。バジャールが2階の書斎に来てくれって言うんだよ」
僕たちは小走りに駆けながら話した。
書斎の前には衛兵が4人も立っていた。
僕たちの顔を見るなり中にそれを知らせて扉を開けてくれた。
中には既に直斗とレベッカさん、マリアさんが揃っていた。
アリアは煌びやかな衣装を脱いでいて見慣れた服を着ている。
「何があったの?」
「お母様の《アダルの額冠》とキトという国の王族が持っていた《ラムダス・イヤリング》が盗まれたんだ」
「どちらも非常に貴重な物だ。どちらも売ろうと思えば国をひとつ買えるぐらいになる」
「待って、アリア。それは僕たちが経験したあれに関わる事かな?」
また朝や夜を奪われる事になるかもしれない。
「恐らくそうだろうと思う。不味いのは他国の物が我が城で盗まれたという事実だ」
「夜を奪われる?」
レベッカさんがアリアを見て尋ねた。
「こうした由緒ある代物を何らかの方法で利用して魔法を反転させて強大な力を得ているんだと考えている。その時には朝や夜を奪われていた。今回もそれかもしれない」
「警戒はするべきでしょうね。それでまずは盗まれた物の事を考えましょう。誰が盗んだ可能性があるのですか?」
「可能性のある者など挙げたらきりがない。お母さまはショックで寝込んでしまっているから遺恨のある者を聞き出すのも難しい」
「そうだな、外から来ている者も多すぎる。全て調べていたらきりがない」
「そうと言っていても調べなければ始まらないでしょう。範囲を狭めるべきです」
「まずは外から来た者を調べるべきだね。それとその中に今日か明日にも発つ予定の者から調べるべきだ」
直斗が言った。
「ほう、どういう事だ、直斗?」
レベッカさんが尋ねる。
「俺は楽団の連中と踊りを見せて連中を調べるべきだと思う。ああした人たちはすぐにも違う仕事へ向かうだろうからね。長く滞在するメリットがない。この場を早く去る口実が次の仕事へ向かうと言う語れる訳もある」
「なるほど」
全員が納得していた。
僕も納得している。
「よし、いくつかの組に分かれよう。レベッカ、直斗たちは楽団を。私とバジャールたちもだ。夏天とノア、サーシャたちは踊り子を訪ねてくれ」
みんなこっくりと頷いた。
書斎を出ていく時に直斗と一緒になった。
「すごいな、直斗は。よく分かったね」
「大会とかの日程が厳しいと終わってすぐに発つ事が多いからな。遠征から帰って来たと思ったら別の大会に出るためにまた遠征って事は良くある事だよ。そんな経験が活きたね」
僕では分からない事だった。
「しっかり探せよ。夏天も」
「うん」
どうやら楽団は誕生日会の前半と後半で演奏する団体が変わっていたらしい。
僕たちは踊り子の人たちに話を聞きに行く。




