幕間-① バジャールの悩み
城に辿り着いた。
中に入るとたくさんの人が初めての街の様子や人々はどうだったか尋ねてくるが答えるのを後回しにして走っていく。
アリアがノアの元へと向かっているのか、バジャールの元へと向かっているのか分からない。
生じた誤解はバジャールにとって良くない方に働いている気がする。
それをどうにかするのはきっと僕しかいない!
バジャールがいた。
そしてノアも。
2人は何かを話し合っている。それも人のいない廊下で。
「バジャール!」
アリアが名を呼んだ。
呼ばれたバジャールはアリアが走り寄ってくるのを見て驚いていた。
そして僕を見て何かを察したような表情になると険しい顔をさらに険しくさせて謹んで待ち受けた。
「これはアリア様、バジャールでございます」
アリアがバジャールに何かを言い始める。
僕はアリアを止める。
バジャールはアリアに何か言う。
ノアは僕に何か尋ねている。
「「「「!?※?☆♡&#¥$℃@」」」」
何を言っているのか互いに分からない。
ただバジャールはこの旅の当初からの失態を詫びているのは雰囲気から分かった。
ノアは「街はどうでした?」とか「今度は狩りに私も同行していいですか?」などと言っている。
そしてアリアはこんなめちゃくちゃな様子があまりに可笑しかったのかくすくすと突然笑い始めると腰を折って大笑いをするのだった。
僕たちはもう何がなんだか分からなくなったがアリアに釣られて笑い始めた。
数人の人が笑い合う僕たちの周りを通るので恥ずかしくなったアリアは笑うのを止めた。
咳払いをして言うに………
「ふん、バジャールに命じる。今、パメラとカティアが城下町のランパーレ通りで困った事になっているはずだ。手伝いに行ってくれるか?」
アリアの命を受けてバジャールは「はい」とかしこまって言うと城の外へと急いで行った。
「やれやれ、迷惑をかけたな。ノア?」
「いいえ、先程から彼は私を誤解していたと謝罪して来たところですよ。今は普通に互いの事を話していただけです」
「そうだったか」
良かった、何事もなくて。
僕は自分の力不足や言葉足らずをちょっとだけ悔やみながら遠ざかる彼の背中を見送った。
一生懸命な彼に習って僕も何かしようと思う。
槍の名手と聞いたから戦い方を習おう。
その日の夜の献立は素晴らしいものだった。
それから数日の間に僕はバジャールに戦い方を習った。
ノアもアリアも一緒に訓練をした。
サーシャもたまに様子を見に来てくれて楽しい時間を過ごした。
そして僕は当初の旅の目的を果たすためにウェルガリアを出る準備を進めた。
「それじゃあ、行くね」
サーシャに別れを言うと彼女はハグして来た。
衣服はウェルガリアの援助を受けて整っている。
アリアとパメラとカティアは僕たちと別れてロキアーノに帰る事になった。
バジャールは僕たちに同行する。
僕とノアとバジャールの3人での旅となる。
「また来るよ、サーシャ」
「絶対だぞ、来てくれなければ私から行く」
「うん、ありがとうね」
そうして僕たちはサーシャたちの元を去った。
別れじゃない、また会えるよ。
ベルティーナたちがいる妖精の国はそれから10日かかって到着した。
道中にも様々なトラブルに見舞われながら僕らはベルティーナの家、巨大な樹に辿り着いた。
とっても大きな樹だ。
1週するのに2日かかるらしい。
上を見ると天辺が見えない。
木漏れ日が射す道を僕らは歩いた。
「夏天!!!」
ベルティーナが飛んで来た。
どうやら僕らが来るのが見えていたらしい。
まあ、途中に検問があってそこにいる妖精たちに訪問の目的と名前を教えると難なく通してくれていた。
多分、その時に何かしらの連絡があったのだろう。
彼女は衣服を整えていた。
「夏天、元気だった?」
「元気だったよ、ベルティーナは?」
「わたしも元気よ!」
そうみたいだ。
「ごめんね、来るのが遅くなって」
「いいのよいいのよ。過ぎた時間なんて気にしないで今を楽しみましょうよ。待っていた甲斐があったわ。そうよ、その甲斐を夏天が作ってくれたってわけね!」
やっぱり待たせてたんだなあ。
「本当に大きな樹だね」
「でしょう、そうでしょう。自慢の我が家よ。先祖代々ここに住んでるんだから」
腰に手を当ててえっへんと胸を張るベルティーナがちらりとノアたちの方を見た。
「あ〜ら、あんたも居たんだ。そっちは旦那ね。鞍替えしたのね、賢明だわ。とってもお似合いよ!」
「していません。彼はバジャール、アリアの部下です。久しぶりですね、ベルティーナ。お元気そうでなによりです」
「ふん、てっきり新婚旅行かと思ったわ。だって、とても仲睦まじい様子なんですもの!」
「そう見えますか?」
ノアが僕に尋ねてきた。
いやあ、年恰好は夫婦に見えなくもないね。
僕は笑って誤魔化した。
ノアはそれを見て口を尖らせて拗ねて見せている。
「ふーん、でも、ノアの雰囲気が変わったように見えるわね。あんたってばいつも眉をしかめて瞳を陰らせていた様な女だったものね。元気ってものがまるでない女だったのに。何かあったってわけね」
ベルティーナは相変わらずの様子だ。
「よく喋る妖精ですね」
バジャールが言った。
「あら、まるで妖精が沈黙する人形だと言わんばかりね。この彫像のような男は。なによ、あんたの方が口を結んで沈黙するお人形じゃない。ようやく発した第一声がそれだとしたらお里が知れるわね。初対面の人に向かって挨拶も出来ない無教養ってわけね」
「こ、これは失礼しました。ロンドリアンのロキアーノから参りました。バジャール・タタストフと申します。この旅では夏天様の教えを頂戴しながらお供しました」
僕が教える事なんて何もないんだけど。
習ってばかりなんだよなあ。
「姉妹はみんないるの?」
「ううん、揃っていないのよ。夏天は初めて会うかと思ったんだけれどね」
「グランディーナがいないの?」
「ええ、そうよ。なによ、ずいぶん親しげに呼ぶじゃない」
「会いに来てくれたからね。ちょっとだけ話したんだよ」
「あら、そうだったの。あの子ったらよく分からない子ねえ。そんな暇があったのかしら。もうずーっと家にいないんだから。姉を姉と思っていないし、妹を妹なんて思ってもいないのよ。あの子ってちょっと私たちと違って気性が荒いのよねえ」
そうだったなあ。
ちょっと違うよ。
でも、良い人がいるって言ってたからそっちの方に行ってるんだろうね。
ベルティーナたちは知らないのかな。
「ようこそ、我が家へ。ゆっくりしていってちょうだい!!」
そうして僕たちは妖精の歓待を受けた。
4日間もそこで過ごした。
バジャールは妖精たちに揶揄われ続けていたし、ノアは質問攻めにあって疲れ果てていた。
僕はというとここに来るまでのあれこれをベルティーナに語った。
「すごいじゃない。夏天ってば会うたびに違う話が出来るのね。スマホの話だったり、ビルの話だったり、話題が豊富だわ」
ベルティーナの姉妹たちも僕の話を聞いてとても満足してくれた。
良かった、これでちょっと遅れた事も本当に気にしていないようだと分かった。
僕たち人間はベルティーナが棲家とするこの樹の大広間に入るしかなかった。それでもベルティーナたちは僕たちのために椅子や机を用意してくれていた。
木で作られた椅子の座り心地は最高で持って帰りたいぐらいだった。
木のコップに入れられていたジュースも果実や薬草を煎じたもので香りも味も素晴らしかった。
妖精の国は最高だなあ!
そうして僕たちはベルティーナたちの元を去った。
お土産をたっぷり持って。道中の必要な物もたっぷりと頂いて。
「じゃあ、ベルティーナも元気でね」
「あら、そのうちに会えるわよ。会いにも行くからね」
「うん、ありがとう」
ロキアーノへと帰る旅程はあっという間だった。
僕が馬の移動に慣れてきた事もあって2日ほど旅程が短縮された。
ロキアーノに着くと城の様子がとても懐かしく思えて感動さえ感じた。
ウェルガリアの城といくらか形が違うし、妖精の国の大樹とももちろん違う。
ただいまって感じだ。
本当にそう思った。
「ようやく帰ってきましたね。長い旅でした」
ノアが言った。彼女もこの旅の大変さを知っている。
「うん、なんだか本当に帰ってきたって感じだよ。ただいまって感じだ」
「ええ、長かったですからね。ゆっくりしましょう。アリア様に帰還の報告をして参ります」
衛兵たちに何かを命じてバジャールは馬から降りた。
厩舎に馬を入れていく。
フレンたちも本当にお疲れ様だ。ゆっくり休んでほしい。
「フレン、本当にありがとうね」
荷物を下ろして身軽にさせる。
日本にいた頃は車の中に荷物がいくらあったってお疲れ様だねなんて労う事はなかった。
ここに来て色々な事が変わった、いや分かった気がする。
「おかえり」
アリアの声だ。
「ただいま」
言って振り返るとアリアの隣にはサーシャがいた。
ん?
「あー、こほん。こちら国交樹立という事でロンドリアンの技術を学ぶために自ら希望されて留学に来たサーシャ・ウェルガリア王女だ。まあ、知っていると思うが仲良くするように」
そうだったのか。
するとサーシャがにっこりと笑って一歩前に出た。
ここは厩舎だ。アリアとサーシャの姿はここには似つかわしくない。
僕やノア、バジャールはまだ土埃を被った外套を着たままでいる。
「サーシャ・ウェルガリアだ。夏厩夏天、あなたを私の婿としてウェルガリアに迎えたい。年下の嫁というのも悪くないぞ」
え?
「待て、サーシャ。お前、そういうつもりでここに来たのか?」
「当然だ。それ以外にはない」
「帰れ、今すぐ帰れーーー!!!」
「帰るとも、婿を連れて!!」
サーシャが寄って来た。
「おかえりなさい。さ、夏天、お召し物をこちらへ。妻のサーシャが受け取るわ」
「モテモテですねえ、夏天さんは」
もう何がなんだか分からない。
僕はとにかくベッドで横になりたかった。
時刻は昼を過ぎた頃。
外はすっかり晴れていて太陽はほぼ真上で輝いている。
騒がしい厩舎の前で僕は城を見上げた。
「ただいま」
心からそういうと、
「おかえりなさい」
そこにいるみんながそう言ってくれた。




