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晴天の日

「我らの人生の半ばまで歩んだ時

目が覚めると暗い森の中をさまよっている自分に気づいた。

まっすぐに続く道はどこにも見えなくなっていた。」


ダンテ、神曲地獄篇の冒頭………。


聞き覚えのある声だった。

女性の声、それも家族の声じゃない。母親の声でもなくて妹たちの声でもない。


「ダンテだね」


僕は思わず口を開いた。


「へえ、覚えてたんだ?」


その少女は笑いながら言った。

僕たちは市の図書館にいる。それもずいぶん奥の方に。

窓から射し込む陽の光が今が夕方だという事を僕に教えてくれた。


辺りに人はいない。本が並べられている本棚に囲まれている。


ショートカットの良く似合うこの少女は僕の通う高校の制服を着ていなかった。


これは、確か………

隣町にある有名進学校の女子制服だ。


「昔、よくやったよね。こういう冒頭を言って作品を当てるゲーム」


「うん、僕はわざと自分でも知らない、読んだ事もないような本を古本屋で買って問題として出した」


「それは私も覚えてる。私ね、悔しくってあの後にその本を買って読んだんだからね。知らないだろうけど!」


「ここにもきっとあるね」


そう、ここは図書館だから。


「今も冒頭を覚えてる?」


あの時はそらで言えた。それぐらい何度も繰り返し読んで覚えたから。


今は自信が無い。


「要するに、僕は地上でただの一人きりになってしまった。もはや、兄弟もなければ隣人もなく、友人もなければ社会もなく、ただ自分一個があるのみだ。およそ人間のうちで最も社交的であり、最も人なつこい男が、全員一致で仲間はずれにされたのである。」


「すごーい、すごいね」


ぱちぱちと胸の前で彼女が拍手する。

褒められてちょっと嬉しい。今でも覚えていて言えた事の方がもっと嬉しかった。


「ね、名前を教えてよ。僕、もっと前に君に会った気がするんだ」


「え〜、ヤダ!」


断った少女はとととっと棚の端まで小走りに行くとあっかんべえをして言った。


「思い出してよね、教えるなんて絶対にイヤ。思い出してくれないと酷いんだから!」


そう言うと彼女は走って行ってしまった。


僕が彼女が去った方を見るために駆け出した頃には林立する本棚のどこかへと姿が消えていた。


頭の片隅の記憶とあの少女の声と仕草と面影が重なって知り合いである事は間違いない事だった。

それに名前を尋ねた時の反応も知人の反応だ。


でも、いつだろう?

どこで会ったのだろう?


僕は、最も関係長いの直斗に尋ねる事にしてマンションへと急いだ。


直斗は家にいた。

どうやらまたゲームをしているらしい。


僕が訪ねると直斗の母親は「あら、いらっしゃい。最近はよく来るわねえ」なんて言って家へと入れてくれた。


「直斗、ちょっと確かめたい事があるんだけどいいかな?」


「確かめたい事?」


「うん」


「テストの答えとか明日の天気とかなら止めてくれよな」


「違うよ。けっこう前の知り合いの事なんだよ、直斗なら覚えてないかなと思ったんだ」


「お前の交友関係を俺が知るわけないだろ」


「そうかもしれないけど聞いてくれよ。ショートカットの女の子だったんだ。あとは隣町のあの有名な進学校の制服を着てる子だったんだよ」


「そんな子は山ほどいるさ」


「いや、そうなんだけど僕たちの共通の友人でだよ。覚えがないのか?」


「ないよ。俺の知り合いで言うのなら両手でも収まらないね」


「分かった。ありがとう」


これ以上、直斗から聞き出すのは無理だ。

もっと追及すると怒られてしまうから。


別れを告げて僕は直斗の家を出た。

自宅に戻ると僕は夕飯までの時間に色々な事をノートに記した。

これはアイディアだ。

僕がいつか、いや、今日から形にしていく物の種だ。


異世界へ行って日々を過ごした事。

様々な出会いが会った事。

経験したたくさんの事。


僕はノートに書き続ける。


背中をドンと叩かれた。


「もー、何度も呼んでるのに!」


双子の妹の真冬と千冬だった。


「呼んでる?」


「なに書いてるの?」


真冬が覗き込んでくる。


「止めろよ」


僕はすぐにノートを閉じた。


「勝手に部屋に入るなよ」


「だったら、呼んだら来てよねー」


「そうだよ、いつも私たちが呼びに行かされるんだからねー」


呼ばれていたのには気付かなかった。


「ふーん、なにかに夢中になってたんだねー」


「だねー、楽しい事かなー」


「止めろよ」


僕はノートを机の引き出しに仕舞った。


「太陽の力とか見えた」


「うげ、厨二!」


「ゲーム?」


「違うよ、小説のネタだよ」


「「へー、小説のねえ」」


僕が言うと妹たちは「ご飯だからねー」などと言って部屋を出て行った。


夕飯を食べ終えた後にも僕はノートに書き続けた。

そして眠りに就く直前にあの本を手に取った。

もう残りが少ない。

あと1冊だけ。これっきりしかない。

そう言えば僕はこれを最後まで読めたんだっけ?

覚えていない。でも、もうどっちでもいい。


僕はベッドに横になって読み始めた。



目を覚ました。

どうやらベッドに寝ているらしい。

柔らかい枕とシーツは僕の部屋の物じゃない。それにベッドもひとり用の物ではなくて2人か3人寝られるぐらい大きい。


天上は綺麗な装飾で満たされていて到底僕の部屋とは思えない。

ベッドの傍にはサイドテーブルがある。そこには果物や読みかけの本が置かれていた。栞がとっても良くって欲しいぐらいだった。


「どこだろう、ここは?」


ベッドから出て窓際に歩いて行く。

外を見るとそこはサーシャの国のあの城だった。


良かった。

終わったんだ。

みんなの顔が見たい。


僕はいつ着替えたのか知らないけれど簡単な寝巻を着ていた。


扉を開けようと動かして外を見るとそのすぐ傍の壁際に武装した兵士が立っている。


「あの、おはようございます」


声をかけると兵士は驚いて「おはようございます、夏天様」と返してくれた。


「部屋の中でお待ちください。すぐにサーシャ様を呼んでまいります」


「分かりました」


広い部屋の中に再び戻ると僕は椅子に座ってサーシャが来るのを待った。


そしてサーシャたちがやって来た。


アリアとノアとパメラやカティアを連れている。


「夏天さん!」


サーシャは泣き出さんばかりに僕に抱き着いた。いや、抱き着いて来た時にはもう泣いていた。


「サーシャ、泣かないで。大丈夫だよ」


もう終わったんだ。城はすっかり元通りで太陽はほぼ真上からウェルガリアを照らしている。

普段着姿のサーシャは可愛い。きらきらふわふわというよりは引き締まっていて無駄のない衣服を着ている。身体の線が浮かび上がる薄い黄色を基調にした服を着ていた。


「終わったんだね」


抱き着いて来るサーシャの腕を撫でながらアリアに尋ねた。


「ああ、終わったよ。今は国の復興のために忙しく働いている」


アリアもサーシャのような服を着ていた。とても綺麗だった。彼女は赤色。


「3日も寝ていたんですよ」


ノアが教えてくれた。ノアも同じような服を着ていた。水色の服、とても良く似合ってる。


「あなたには、どれだけ感謝しても足りないぐらいだ。何でも言ってほしい。私たちに出来る事ならどんな事でもする」


サーシャが涙を拭いながら言った。


「いいよ、大丈夫だから」


なんだかこの安心感やみんなの笑顔を見れただけでも十分な気がするよ。


「ユイラたちはどうなったの?」


誰も答えなかった。


「今はその話は止そう。目を覚ましたんだ、ゆっくりしようじゃないか」


アリアが言った。

僕はそんな誤魔化しでどんな事になったのか凡その判断が付いた気がする。


「うん」


僕が頷くと僕のお腹から大きな音が鳴った。

空腹を報せる音だった。

えー、僕はさっき自宅で母親の作る夕食を食べて来た感覚なのに………。


僕が目を覚ました事を知った国王が部屋までやって来た。


膝をついて礼を言うので僕は本当に慌てた。


そうして盛大なパーティーが開かれた。

国王が正装を用意したと言ってくれた。

それに着替えると僕たちは賑やかなパーティーに参加した。


サーシャは僕の傍から離れなかった。

華やかに着込んだ彼女は綺麗だった。真紅の髪と褐色の肌が輝いている。


アリアとノアも楽しんでいるらしい。

パメラとカティアもだ。でも、バジャールの姿がない。

もしや人狼から姿が戻っていないのか?


尋ねる勇気がなくって僕は誰にも尋ねられないままパーティーを終えた。


最後、バルコニーで夜空を見ているとサーシャがドリンクを持って来てくれた。


「受け取ってくれるか?」


「うん、ありがとう」


飲み物が入ったグラスを受け取った。

お酒、じゃないよね?


バルコニーの手すりに凭れて僕は月を見た。

月光だ、綺麗な、とても綺麗な月光だった。


「綺麗だね、やっぱり月の光はこうじゃなきゃ」


「ああ、あなたのおかげだ。私は本当にそう思ってる」


「そんな事ないよ。それに今からが大変だよ。サーシャたちがね」


「分かってる。でも、大丈夫だと思う。ここからは私たちの仕事だから」


「頑張ってね」


「ありがとう。あなたが起きた時には喜びで泣いてしまったから言えなかったが本当に感謝している。感謝で心がいっぱいなんだ」


伝わってるよ。僕もなんだかそれで嬉しい気持ちになるんだ。


「うん、伝わってるよ」


僕が言うとサーシャが僕の右頬にキスして来た。


驚いて彼女を見た。


「拭わないで、ううん、拭いたかったら私が行ってからにして」


そう言ってグラスを持っていない僕の右手を押さえた。


「ぜんぜん嫌なんかじゃないよ」


「良かった。キスしたいと思った相手はこれまでいなかった。乾杯しよう」


チンとグラスを鳴らして僕たちはグラスを空にした。


「ゆっくりしてくれ。気の済むまで。私はもうそろそろあなたから離れないといけないようだから。もうパーティーが終わる頃だから締めくくらなくてはいけない」


「うん、ゆっくりしてるよ。いってらっしゃい」


サーシャを送り出すとアリアとノアがやって来た。


「モテモテだなあ、おい。色男め」


アリアが言って右側に座った。


「そうですね、モテモテですね」


ノアが言いながら左側に座った。


「左は空いてますよね?」


そう言うとノアまで僕の左頬にキスをして来た。


「ノア!?」


「私も今回は助けられてばかりですから。拭っちゃ嫌ですよ」


拭わないけど………。

一夜にして2人の女性から両頬にキスされる男なんて心境が複雑だよ。


「不埒者」


右に座っていたアリアがぼそりと言った。


「ふ・ら・ち・も・の!!」


わー、アリアが怒ってるなー。


でも、なんだかこんなやり取りが嬉しい。


「良かったね、本当に良かった」


終わり良ければ総て良し、だね。


でも、やっぱり何かを色々と忘れている気がする。

いくつか思い浮かんだ。

べルティーナに会いに行くための旅立った事。

バジャールの行方が知れない事。


だから、僕は尋ねた。


「明日は晴れるかな?」


2人はくすっと笑って答えた。


「「ええ、多分ね」」


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