美人には毒がある
広間から城の倉庫はいくらか離れていた。
倉庫はどうやら地下にあるらしい。
古い扉を開くと中の空気がぶわあっと廊下いっぱいに広がっていく。
埃や土が粒のように見える。
もしかすると盗まれたなんて事はないかもしれない。
この様子を見てそう思った。
「埃が酷いな」
咳き込みながらアリアが言った。
「すまん、下へ行く」
松明の火を持ったのはグドーだった。ミミルも一隊に加わってサーシャの横に着いている。
螺旋階段を僕たちは下った。
蜘蛛やネズミが走っている。
少し前の僕ならびっくりして跳ね上がっていたが今はもう平気だ。
「ウェルガリアにある遺物とは何なんだ?」
アリアが尋ねる。
僕もちょっとだけ興味がある。
「ウェルギリウスの外套という衣類だ。確かに由緒正しい代物だが何の力も宿していない古い外套に過ぎない。今は小さな箱に入れて保管しているはずだ」
螺旋階段が終わるととても大きな扉の前に立った。
どうやらここが倉庫らしい。
グドーが扉の隣に備え付けられている松明に火を灯していく。
周囲がすぐに明るくなった。
ミミルが持っていた倉庫の鍵を使って僕たちは倉庫の中へと入った。
「今の時刻はどれくらいか分かるか?」
グドーが懐中時計を取り出して言った。
「9時30分ですな」
「あと2時間もないな。急ごう、奥の棚にあるはずだ」
倉庫の中はあまり綺麗とは言えない。
埃が舞っていたし、物で溢れていて歩きにくい。
「この倉庫を日頃から管理する者はいないのか? 私の国では倉庫の管理者が2人ほどいるんだが」
「いるはずなんだがな。エレカという女性が。見たか?」
「いや、見ておりませんな」
倉庫はかなり広いようだ。
棚や物で入り組んだところを縫うように歩いて僕らは目的のところに着いた。
「これだ、この箱の中に納められているはずだ」
グドーとミミルが2人がかりで大きな箱の蓋を外した。
とても頑丈そうな箱だ。
中は空だった。
いや、いくつかの小物が保管されていたが僕たちが探していた《ウェルギリウスの外套》のような物はない。
「不味いな、無いとなると本当に奪われたと考えるのが妥当だろう。心当たりはあるか?」
「こ、心当たりなんて………」
「エレカに尋ねましょう」
「そ、そうだな。エレカを探そう」
そんな時間はないかもしれない。
「とにかくここから出ましょう。目的の物が無いのならいる必要はありませんから」
僕たちは倉庫を出るために出口へと向かった。
また入り組んだところを進んでいく。
暗い。
松明を持っていたグドーさんがいつの間にか後ろにいるようだ。
グドーさんに先に行ってくれるように頼もうと振り返った。
するとそこにはアリアもノアもサーシャもグドーさんもいなかった。
大きな鏡がひとつあるきりで誰もいない。
鏡には僕が映っている。
鏡の鏡面には僕しか映っていない。
ここは乱雑に物が置かれた倉庫だったはず。
夜が来たら森林に変わると言っていた。
もう夜が来てしまったのか?
でも、僕は変化していない。
「鏡よ、鏡。世界で最も美しい人はどこのどいつだい?」
「へ?」
白雪姫!?
鏡には僕と老婆が映っている。
貶すわけではないけれどその老婆の姿はお世辞にも美しいとは言えない。
アリアやノア、サーシャの方がよっぽと美しい。
でも、ここでそれを言うのは正解じゃない。
「もちろん、あなたですよ」
老婆の姿が消えていった。
名前を尋ねるべきだった。サーシャが言ったこの倉庫番の人の名前はエレカと言っていた。もしかしたらこの人だったかもしれない。
鏡が消えた。
辺りは薄ぼんやりとした明るさだけで物も何一つ置かれていない。
魔法だ、間違いない。僕たちは倉庫の中を歩いていたはず。
誰かが啜り泣く声が聞こえる。
いったい誰だろう。女性の声のように聞こえる。
アリアとノア、サーシャがこの暗がりに怯えて泣いている姿なんて想像できない。
近い、さっきよりも格段に近づいている。
いや、僕が近づいているんじゃない。向こうからやって来ている!
後ろだ!
振り返って見るとそこには僕の母親が泣いていた。
リビングのイスに座って右手を押さえながら泣いている。
「突き飛ばされた時に挫いた右手が痛い。私は今日もあの子のために夕食を痛む手で作る」
「か、母さん………」
「いつもそうだね。人を傷つけてまで貫く事が結局、それほど大きな価値がない。あんたはいつもそれほど大きくないものを大きく見ようとするし、それほど難しくないものにさも無理難題を押し付けられたと言わんばかりに見せる」
「ち、違う。母さん………」
母さんの姿が歪んでいく。そして掻き消えた。
突き飛ばしたのはあの日の事だ。僕が2度目の本を読んだあの時の事。
怪我をしていたのか?
いや、分からない。僕はそれを確かめようともしなかった。
「いつもそうだよな。人が意見を言うとまるで聞こうとしない。否定された気になって攻撃的になる。生産的・非生産的だとかくだらない事にこだわってそれを押しつける」
「ち、違うよ。直斗、僕は謝りたいんだ。あの時は僕も悪かったと思ってるよ」
「もう止めなよ。どこに居たってお前は何も出来やしないさ。学校や街の中で感じる疎外感をここでは感じない。多少の力を得て必要にされた事によって闘う決意も半ばのままに戦闘へ出て人の足を引っ張る無能なんだよ」
「止めてくれ、直斗!」
僕が叫ぶと直斗と母親が並んで現れた。
身体が大きく伸びて行く。そして僕に覆い被さるように2人の身体が迫って来た。
直斗の右手と母親の左手が僕の首へと伸びて来る。
首を掴まれた。僕は抵抗するがびくともしない。
黒い影、白い鋭い眼、裂けた口。
笑っている。受けた傷を復讐出来る事を喜んでいるように。
「止めてくれえぇ!!」
叫んだと同時に僕は倉庫の中に戻っていた。
僕は泣いていた。あれは直斗じゃない。母親でもない。あれはここの精神攻撃だ。僕の心の後悔を鋭く刺す精神攻撃に違いない。
倉庫に戻って来たのに僕はひとりだった。
みんなとはぐれてしまった。
グドーさんが持っていた松明の灯りが見えない。
敵がいる。間違いなく敵が近くにいる。
「アリア!」
呼んでみるが返事はない。僕の声がただ木霊するだけ。
「ノア!」「サーシャ!」「グドーさん!」「ミミル!」
返事はない。
とりあえず出口を目指そう。
どっちから来たかは分からないけれど動かないとダメだ。
すると、ドタンバタンと扉を開閉するような音が聞こえて来た。
少し行ったところだ。
灯りが見える。
でも、松明の灯りじゃない。あれはロウソクの灯りだ。
若い背の高い女性が三本立てのロウソク立てを持って歩いている。
あれがエレカさんに違いない。
「あの!」
僕は棚の影から呼びかけた。
いきなり出て行って声をかけるのは得策と思えない。
エレカさんは振り向いて僕を見た。
すらっとした細身の背の高い人だった。長い髪の毛がローブの上を流れている。
「エレカさんですか?」
僕は恐る恐る尋ねた。
「いいえ、違います。私はユイラです。あなたは?」
「僕は夏厩夏天です。サーシャさんたちに請われて協力するためにこの国へ来ました」
「サーシャの?」
「はい。ここで《ウェルギリウスの外套》を探していたんです。ただそれを保管していた箱の中になかったんです。知りませんか?」
「いいえ、私は知りませんね」
やっぱり倉庫番をしているというエレカさんに聞くしかないのか。
「ところでユイラさんは一体ここで何をする予定だったんですか?」
「仕事がたくさんあるものですから。夏天はどこから来たの?」
「僕はロキアーノからです。アリアとバジャール、パメラとカティア、それとノアと来ました。あと馬の友達のフレンと一緒に」
「そう、それはとても楽しそうね。でも、ここの方がもっと楽しめると思うわ。夏天は魔法が得意なの? それとも武術に長けてる?」
「戦いは苦手だよ。僕はすっかり一般人だったんだ」
「そう、戦いなんてない方が良いのよ。平和が一番なの」
「僕もそう思うな」
もう一度呼びかけてみよう。
「アリア!」「ノア!」「サーシャ!」「グドーさん!」「ミミル!」
すると僕が背にしていた棚の向こうからガタンと音がした。
誰かがいるんだ!
僕は急いでそこへ向かった。
「ユイラさん、着いて来てください!」
棚の向こうにはノアがいた。棚にもたれるようにしている。どうやら立っていられないほど不安定になっているらしい。
「ノア!!」
傍に行って肩に手を置いた。
「夏天さん、良かった。無事でしたか」
「うん、ノアは大丈夫?」
「私は大丈夫です。が、かなり追い込まれましたね。精神攻撃です。どんな魔法かは分かりません。ただ長い時間をかけて準備していたのは間違いありません。夏天さんだけなんですか?」
「ううん、そこにユイラさんがいるよ」
「ユイラさん?」
「うん、この城の人みたいなんだ」
「そう、ですか」
「ノア、僕の肩に腕を回して。まずここから出よう。まずノアをここから出してアリアたちを探すんだ」
僕はノアの右腕を持って首に回すと彼女を立ち上がらせた。
こんなに弱っている彼女は見た事がなかった。
「ユイラさん!」
ロウソクの灯りが見えない。
ユイラさんは僕たちの傍からいなくなっていた。
「夏天さん、最悪の場合は私を置いて行ってください」
「絶対にそんな事はしないよ!」
松明の火が見える。
グドーさんだ!
僕はあの灯りに向かって急いだ。
松明の灯りの周りにはアリアたちがみんな揃っていた。
「良かった!」
僕が安堵するとアリアは苦笑した。
ノアをアリアの隣で休ませて僕は辺りを見回した。
僕たちが集まっていた場所は初めに来た時に通った道ではなかった。
「何が良いものか。これは間違いなく魔法だ。それもかなり綿密に作られた魔法だぞ」
「ええ、精神攻撃ですね」
「ウェルガリアにはこういう魔法が伝わっているのか?」
「いいや、聞いた事がない。昼を奪われて夜の侵食と関係しているに違いない」
サーシャたちが話し合っている間、僕はユイラさんを探す。
ロウソクのあの灯りが見えない。
こんな暗がりの中なら少しくらい見えても良いはずなのに。
「ユイラさん!」
「なあに?」
ユイラさんは僕たちの前にいた。
「良かった。みんなをここから外に出そうと思います。手伝ってください!」
「外へ出る?」
「はい!」
「どうして?」
「どうしてって、ここは危険だからですよ。攻撃されているんです!」
「ねえ、夏天。私と一緒にここで過ごしましょうよ。ねえ、私の方が美しいでしょう、そんな女たちよりも?」
ユイラさん?
「夏天さん!」
ノアが僕の名前を呼ぶと同時に氷の矢をユイラさんに向かって放った。
「ちっ!」
ユイラさんの姿が闇に紛れていく。
「そ、外へ出よう。この倉庫から出るんだ!」
僕はみんなを立たせてグドーさんが持っていた松明を受け取ると先導した。
出口になんとか着くと扉を開けた。
そこには森が広がっていた。
夜がもう訪れていた!
「月光を浴びるな!!」
サーシャが僕に言った。
目の前は確かに森で月光が木の間から降り注いでいる。
浴びる訳にはいかない。1度浴びて変化した経験が拒絶反応として僕の頭の中に警報を鳴らしている。
「サーシャ、エレカさんに外套の事を聞こう」
「ええ、そうしよう。が、難しい」
この月光降り注ぐ森の中でエレカさんの姿を探すのは簡単ではないだろう。
サーシャが言うように難しい。
すると森の何処かから遠吠えが聞こえて来た。
狼の遠吠えだった。
不味いと思った。
戦える人は少ない。
僕はまだ戦えるが一般人並の強さだ。
僕の太陽はまだ眠っているようで現れる気配がしない。
身体の熱も思った以上に上がらない。
目の前の木の影から大きな身体の人狼が現れた。
「グルルルゥルゥゥ!」
この人狼は、まさか………
「バジャール!」
やっぱり!!
戻って来たよーって感じの雰囲気じゃあない!
どすっどすっという重量感のある足音を鳴らして近付いて来る。
鋭い犬歯の見える口元からはだらりとヨダレが垂れていて正真正銘の獣だった。
そして次々と獣が姿を現した。
鹿・熊・狼・大蛇が見える。
「夏天、こっちへおいでよ」
バジャールに身をつけるようにユイラさんが現れた。
バジャールの顎の下を手でなぞって笑っている。
「そんなブス共はここの獣たちの餌にしてさ。若さってのはそれだけで強い武器になる。私はあんたが気に入ったよ。そのひたむきな目、迷いを克服しようとする心、私の好物さ」
「ユイラさん、あなたがこんな事を引き起こしてるんですか?」
僕が尋ねるとユイラは高笑いをして言った。
「馬鹿だねえ、夏天は。ここはこうなるべくしてなってるのさ。ねえ、そんな目はおよしなさいよ。楽しくいこうじゃないさ。もうすぐ完全な夜が訪れる。夜は良いだろう? 月光は男を変えてしまうし、女は嫌な事をよく思い出す」
「いったい何が目的なんだ!?」
「私の目的なんて大した事じゃない。ここをこのまま繁栄させようとしてるだけだよ。私はね、夜と森が好きなのさ。私は森で育ったからね。故郷に帰って来た気分だよ。男を獣へ、女はその餌さ。夏天、あんたはそのままで私がペットとして飼ったって良い」
バジャールが唸る。
「ふふ、待ちなよ。待て、さ。おや、待てないかい。そうかい、我慢出来ないかい。いいよ、喰っちまいな、あんたたちの餌を!!」
僕は、剣を抜き取った。
来るなら来い!!
「やれやれ。まあ、いいさ。夏天は殺さない程度に痛めつけてやりな」
獣たちが向かってくる!!!




