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妖精との出会い

非生産的である事がオタクである事の根源であると僕は語った。

僕はそれを間違いと思っていない。


非生産的であるからこそ頭の中は空想でいっぱいで形になっていないからこそ人に見られない。

人に見られないからこそ生産性は認められないはずだった。

賞賛もいらない、矜持もいらない、肩書きも、財産も、何もかも放棄してたった一つの権利さえ抱いて居られればそれでいい。


どこまで読んでもこのノベルは僕と同じ道を辿っていた。

エルフとダークエルフの諍い、ドラゴンと妖精の共闘、獣人とビーストテイマーの絆などなどと僕の空想を残さず具現化されている。

それも僕がそれぞれポイントとしている場面すらもそこに表れていた。


僕が火を灯した松明の火をひとつひとつ丁寧に吹き消して行くかのような踏襲があった。

こいつは間違いなく僕のすぐ後ろにいる。


盗作だ、間違いない。

僕のアイディアの全てが盗まれてしまった。


そして物語の半ばを過ぎてラスボス・つまりは全ての黒幕の正体を読んだ時に僕は意識を失った。


「起きて、起きてよー!!!」

女の子の声が聞こえる。高くて細い声、それなのに僕の心に通る芯のある声が聞こえた。


手と足のそこにあるという実感があまりにも遠くて僕は動けない。目も開き方を忘れてしまったようにぴくりとも動かせなかった。

ただ状況を把握出来ない意識だけがはっきりと僕だと感じている。


「起きてよー、起きないと死んじゃうよ!!」


起きないと死ぬなんて穏やかじゃないな。

耳元で小煩いこの女性の声に聞き覚えは全くない。

ところでこの人物を特に煩わしく思うのは右の耳と左の耳に交互に叫んでいるからだ。

手が動かす事が出来るなら振ってみせるのに。


さて、それにしても起きないと死んじゃう状況ってどんな状況だろうか。

ちょっと考えてみて分かったのは用意された死に誰かが運んでいる事だろう。

抵抗するか、意識がある事を示さなければならない。


したいのは山々なのだが手足の感覚が戻って来ないので苦しいところだ。

こうなる前は僕はどうしていたっけ。


「生き埋めになる! わたしまで巻き添え!! 起きろー!!!ー」


生き埋め!?


それは嫌だ、絶対に嫌だ!!!


僕は生きなくちゃいけない。死ぬわけにはいかないんだ。


なぜなら、あの作品を盗作だと訴えるために、僕自身が考えた物語を世に打ち出すために、生きなければ!!!


非生産的な日々に別れを告げる、学生という身分を終えた瞬間に生産的な人間になるために、生きなければ!!!

カッと目が開いた。

それなのに見えるのは暗闇で本当に開いているのか分からない。ただ蘇った僕の感覚が目を開いている事をしっかりと伝えて来る。

僕は生きてる!


「ここは?」


女の人なんていないじゃないか。


「あー!!!」


右耳に女性の叫び声が聞こえた。

首を動かしてそっちの方を向くが見えやしない。


「だ、だれ?」


「良かった、生きてる!!!」


「うん、生きてるよ。ところでここはどこ?」


「あんた、棺の中にいるのよ。このままだと生き埋めになっちゃうわよ!」


「棺だって?」


なんだってそんなところに入れられてるんだ。


「そうよ、わたしだって巻き添え!」


「なんだって棺なんかに?」


「だってグランドールの棺葬列の中よ。いっぱい人が死んだんだから」


「グランドール?」


「そうよ、グランドール。まあ、わたしがいるのはひょんな事からアクシデントなんだけど」

「待ってくれ、グランドールについて教えてくれ」


「はあ?!?」


「知らないんだよ。僕は葬式に行ったのは本当に小さな頃だったから亡くなった人に施す手順は知らないんだ」


「呆れた。あんたってまるで赤子ね。今どきこの国でグランドールを知らないなんていないわよ。子供だってグランドールの名前を聞いたら怯えるんだから」


「でも、聞いた事がないよ」


「グランドールってのはね、恐ろしい魔法使いよ。この世界を破滅させようと色々と画策してる大悪党。奴が気に入らない街や国の民を一斉に粛清したのよ。それが何百人という数に上るもんだからグランドールの棺葬列なんて言われるようになったんだから。棺を見送る人も棺の中ってわけね」


「待って待って、ここは日本でしょ?」


「なに言ってるのよ、そんな国の名前は聞いたことも無いわ。あんた、寝ぼけてるってわけ?」


何が起こってるんだ?


「ここはヅァーリエ大陸の立法国ローグロウじゃない」


ヅァーリエ?

ローグロウ?

グランドール?


何が起こってるんだ?!?


「ねえ、ここから出る方法を考えなくちゃダメだわ。あんただってここで一生を過ごすつもりなんてないでしょ?」


「もちろん」

「まあ、あんたが残るのは勝手だけれどね。わたしさえ出られたらなんでもいいんだから」


「そんな事言わずに僕に教えてくれよ。どうしたら出られるかな?」


「本当に呆れた。棺から出る方法なんて蓋を開けて起き上がったら歩いて出るだけじゃない」


「いや、僕は棺になんて入った事がなかったから」


「わたしだってないわよ!!」


「ごめんごめん、そんなに怒らないで。たしかにそうと言われたらそうだよね」


「全くとんだお荷物を背負い込んだもんだわ。わたしの言う通りにするのよ、いい?」


「分かったよ」


少しだけ癪に触るけどこの際は仕方がない。


「ところで今は棺をどうしてるところなんだ?」


「今は墓地へと運んでるところのはずよ。ほら、ちょっと大人しくしてて」


彼女に言われた通り大人しくしていると確かに微かな揺れが感じられる。

なるほど、僕は棺の中に納められて墓地へと運ばれているところらしい。


「とすると君は運ばれる前からこの棺の中にいたんだね?」


「まあ、そうね」


「どうして棺の中にいたんだよ?」


「う、それは………」


言い淀んでいる。なにか後暗い事があるのかもしれない。


「なんだっていいじゃない、そんな事は。あんたに関係ないでしょ、ふん!」


「関係あるよ。言わば君は僕の部屋、住居に無断侵入したんだからね」


「うぅ、急に強気ね。いいわよ、言うわよ、言えば良いんでしょ。妖精たちの度胸試しなのよ、この棺葬列の死体から歯を抜き取るのがね」


聞いていて寒気のする度胸試しだな。


「わたしってばあんたの棺みたいなハズレくじを引いちゃったんだわ。あんた、今ここで歯を一本だけ抜いてわたしにくれる?」


「あげるわけないだろ!」


「ほら、それだからハズレくじなのよ。あーあ、ついてない」


妖精って言ったな。

妖精だって?


「君は、妖精なの?」


「そうよ、あんたこれだけこの棺の中で過ごしてて中の空間を把握してないの?」


「いや、してるよ。けっこう狭いね。窮屈だ」


「そうでしょうよ。こんなところに人間の男女がいたんじゃ堪らないわ。妖精だってそんな棺は見向きもしないわよ」


「じゃあ、本当に妖精なんだね?」


「そうよ。とびっきり可愛い妖精よ! その点、あんたは幸運ね!!」


「そ、そうかな?」

「はあ、妖精の国でも随一の名家なんだからわたしの家は。それが一介の人間が接点を持てるなんて幸運ここに極まれりだわ。泣いて喜びなさい」


「名前は?」


「はあ、あんたダメダメね。男から名乗りなさいよ」


仕方がない。僕から名乗ろう。

名乗ると言っても得体の知れない相手に状況の把握出来ないまま本名を名乗るのは避けたい。

偽名を使おう。


と言っても偽名なんてすぐに思いつかない。


「僕は、ジェイクだ」


これは僕の空想作品の主人公の名前だ。

まさかこんなところで役立つなんて思いもしなかった。


「本当なの? からかってるんじゃないでしょうね」


「いや、本当だよ。僕の名前はジェイクだ」


すると彼女は大笑いを始めた。

棺の中はたちまち彼女の煩いくらいの笑い声で満たされた。


「本当にそんな名前なの?」


「だからそうだよ。なんだってそんなに笑うんだ、失礼だぞ!」


「だって、だってジェイクって! あんたの親は酷い人ね、そんな名前をつけるなんて。待って、あんたもしかして名前の意味を知らないの?」


名前の意味なんてその時に見てたアニメの男キャラがかっこよかったってだけなんだけれど言っても伝わらないだろう。

そういえば名前の意味だなんて考えた事がなかったな。


「知らないよ。どんな意味があるんだ?」


「呆れた、本当に呆れたわ。あんたってばわたしを呆れさせてばっかりね。他の物を提供出来ないって訳? ジェイクっていうのはカード遊びで負けた相手を馬鹿にする時の蔑称よ」


「そんな意味があったのか」


「棺から出たら改名しなさいよ。そうするべきよ。とんちが効いてるわ。だって死んだと思われてた男が実は生きていたなんて改名の良い機会よ。ね、そうしなさいよ」


「そうだね、そうしようかな。ところで君の名前はなんて言うのさ?」


「わたしはベルティーナよ」


「それだけ?」


妖精と言ったらもっと長い名前があると思ってた。


「それだけってあんただってジェイクだけじゃない。お互い様よ」


「僕はジェイク・アロンソだよ。君は?」


もちろん僕の創作だ。


「あ、あんた正気なの? 馬鹿ね、本当に馬鹿。わたしの親戚にドントールっていう名の男がいるけれどドントール以上の馬鹿は見られないと思ってたのにこんなところにいたのね。いいこと、妖精の女の子にフルネームを聞くのは結婚の申し込みを兼ねるのよ。教えるわけないでしょう、馬鹿ね!!!!」


「そんな意味があったのか。知らなかった」


「そうよ、まあつまりは妖精のフルネームって長いのよ。でも、その長さにその子の全てが詰められてるの。どこどこの森の・どの辺の樹木に住み・誰々と・誰々を親とする・○○の月と・○○の日に生まれ・ここは親の願いが連なって・名前が来るの。ね、とっても長いでしょ?」


「うん、長いね。ても、僕は人の名前は忘れない性質だからな。ドントールはどんな馬鹿をしたのさ?」


「あんたの性質なんて知らないわよ。ドントールはね、結婚を申し込んで3回も同じ相手のフルネームを自分の耳に聞いたのにすっかり忘れちゃって3回とも当てずっぽうに家を訪ねて迎えに行った件の娘の在否を尋ねたの。その時に言った娘の名前も間違えててついに愛想を尽かされちゃったのよ。わたしからしたら3回も機会を与えた名も知らない女の子を祝福したいわ。それなのに我が妖精のお国と言ったら女の子の方を責めてドントールを擁護するんだからおめでたいわ。結婚したら夫の失敗なんて大なり小なりほとんど無限に許す事になるんだから名前を忘れるぐらい些細な事だって言うのね。信じられないわ、わたしだったら1回でも間違えたら願い下げよ。どうぞ、お帰り下さいって言ってやるわよ!」


「僕ってそれより馬鹿に見えてるのか。なかなか致命的だね」


「まあ、いわゆるどんぐりの背比べだけれど同類ね。ねえ、それよりも早くここから出ましょうよ、いい加減に窮屈だわ」


「確かにそうだね」


よし、まずはここから出る事にしよう。

そうと思ってみたがこの棺の蓋はなかなか硬くて持ち上がらない。僕の全力でもびくりともしなかった。


「ビクともしない。めちゃくちゃ硬いよ、とても頑丈な棺だ」


「簡易な物のはずだからそれほどいい物じゃないはずなんだけどなー」


「ベルティーナは忍び込んだ後はどうやって抜け出すつもりだったのさ?」


「そんなの簡単よ。棺が閉じられる前に歯を抜き取って抜け出すつもりだったのよ。それなのにあんたの歯ってばなかなか抜けなくって四苦八苦したんだから」


「ちょっと待って、抜こうとしたのか?」


「当たり前でしょ、そういう度胸試しなんだから。うんうん唸って歯を引っ張ってるうちに棺の蓋が閉じられちゃったのよ。本当に災難だわ。あんた、今からでも遅くないからわたしに2.3本の歯を寄越しなさいよ」


「やるわけないだろ。知らないうちにそんな事してたのか」


「おかしいと思ったのよね。みんなはすぐに抜けるわよ、ポロッと取れちゃのよなんて言うのに全然そうじゃないんだから。ちなみに最低1本なのよ、3.4本持っていったらそれはもう勇者よ、英雄よ。という訳で5本ほどわたしに寄越しなさい」


「増えてる、無理だって言ってるのに増えてるぞ」


「あーあ、歯は得られないし、こんなところに閉じ込められちゃうし、馬鹿の相手をしなくちゃいけないし、これ以上の災難ってないわね」


ベルティーナの愚痴を聞いていると棺が大きく揺れてガタンとどこかに下ろされた音がした。

遂に運搬が終わってどこかに置かれたらしい。


「まずいわね」


「どうして?」


「どうしてってあんたは呑気ね、ちょっとは深刻になったらどうなのよ。運搬が終わったって事はこれから土で覆われるかもしれないって事じゃない。土の中に埋もれたら出られないわよ」


「それはまずいな。一大事だ!」


大きなため息が聞こえる。また呆れさせたみたいだ。

どうにかしなくちゃいけない。


でも、僕には次の作があった。


「何してんのよ?」


「縦が駄目なら横だよ。押して駄目なら引いてみろってね。棺の足の方を蹴り破ろうとしてるのさ」


「たまにはやるじゃない。ちょっとだけ見直したわ!」


なんだかベルティーナに褒められた気になって僕は足の力がもっと強くなった気がした。


何度か蹴っていると棺の壁板が割れそうにヒビが入った感覚があった。


「イケるかもしれない」


「頑張んなさい。あんた、頑張りなさいよ。頑張り時が今よ!!」


最後の一撃と思って思いっきり蹴ると板が割れる音がして風と光と異臭が漂って来た。


「開いたわ!!」


ベルティーナが開かれた所へ向かって飛んでいく羽音が聞こえてきた。

そんな事で彼女が本当に妖精だったんだなあと思った。

僕は外を見てみたいという気持ちよりもベルティーナの姿を見てみたいという気持ちの方が強い。


足で残りの破片を蹴り落とすと僕の体がようやく通るぐらいの道が出来上がると僕は棺の底をずりずりと這って出ようとした。

膝から下が外へ出たと思ったらベルティーナが勢いよく棺の中へと引き返して来た。


「とんでもないところにいるわ、わたしたち!!!」


「とんでもないところ?」


「そうよ、そうなのよ。とっても不味いわね。ひょっとすると土の中の方がまだ良かったかもしれないわよ」


「どこにいるのさ?」


「聞いて戦きなさい、ペリエスデスの天啓台よ!!!」


それも初めて聞くんだよなあ。

日本でもない事は確かだな。


「聞いた事ないよ」


「呆れるのを通り越して絶望してるわ。じゃあ、わたしはもう帰るからね。あんたは自分でどうにかしなさいよ!」


「酷いぞ、それは。ここまで来たら一蓮托生、一緒に乗り越えようよ!!」


「嫌よ、まさかこんな所へ運ばれるなんて思ってもみなかったわ。事態がどれだけまずいかあんた本当に分かってんの?」


「説明してくれ、どんな事になってるんだ?」


「いいわね、心して聞くのよ。まずペリエスデスの天啓台はとっても高い物見台よ。まあ、色々な伝説のある由緒正しいところなのだけれどローグロウの馬鹿共はこの場所に棺を巨人族の連中に運ばせたんだわ。それであんたってばただでさえ高いところに積み上げられた棺たちの真ん中辺りにいるのよ。どう、伝わったかしら?」


「なるほど、とにかく高いところに置かれたって事は理解したよ。下りられるぐらいの高さかな?」


「あんたが飛べるならねえ。下りられるかもしれないけれどとっても難しいわよ」


まずはどれくらいの高さに安置されているのか把握しなくちゃいけない。

腹這いになって徐々に体を外へと出していった。

先に出た足の爪先で棺の端で足をかけられる場所を探した。

そうして僕はようやく身体を棺から出す事が出来た。

ベルティーナの言った棺から出る方法はごく一般的なもので今回の方法は当てはまらない。


僕は恐る恐る下を見た。薄い霧のようなものに覆われていて地面が見えない。

把握出来ない高さも怖いがそれよりも風が強いのが問題だ。

下に一段おりるには一度手か足を棺から離さなくちゃいけないし身体を棺の傍からも離さなくちゃ下れない。

それがとても怖い。


「飛べないって不便ねえ。歯が必要とか言ってられないからわたしは帰るわね。あんたの健闘は祈るわ。生きてたら笑ってお話しましょうね! それじゃ、また!!」


なんとか引き留めないと駄目だ!

でなきゃ僕は一巻の終わりだ!

ベルティーナが留まる条件を考え出さないといけない!!


思い出すんだ、彼女の言葉のひとつひとつを!


「歯をいくらでも調達するよ!」


「馬鹿ね、今更あんたの歯なんて要らないわよ!」


「僕のじゃねえよ! それなら君が興味の持ちそうな不思議な話が出来る! 仲間にそんな話で注目を集めたらどうだろう!!」


「わたしは注目だけが欲しいってわけじゃないのよ。賞賛も必要なの。お生憎様ね、妖精は貪欲なの!!」


「それは知らなかった。なんてったって妖精なんていない世界から来たからね! 僕、君の名前を知るまで死ねないんだ!!!」


強い語気で言えば本心と響くかもしれない。

僕にも暗示のように響いたこの言葉を僕は噛み締めなければならなかった。

でも、何としても味方として、協力者としてベルティーナが必要だという予感がある。


「ば、馬鹿じゃないの。馬鹿ね、本当にどうしようもない馬鹿ね!」


「僕の傍に居てくれよ!!!」


「もう本当に呆れちゃったわ。あーあ、わたしも随分丸くなったものね。こんな男の言葉になびいちゃうなんてさ! 」


とりあえず僕は怖いので身動きが取れない。

手足を少しだって動かす事が出来ないんだ。とりあえずそこからでも僕の苦しい現状を理解して欲しい。


「わたしの名前を知りたいだなんて言ったからにはあんたが言ったようにわたしの栄光とそれに準ずる賞賛のために働いて貰わなくっちゃね。とりあえず歯を5本調達なさいな。その道中でわたしが興味を持つような不思議な話をしなさいね」


「分かったよ。まずはここをどうにかして落ち着こう」


「そうねえ、羽根を生やす方法を考えましょう。きっとこの先にも必要になるでしょうから」


両手を打ってさも何か素晴らしい案を出したと言わんばかりの誇らしげな顔をしている。

自分でもなんだか可笑しい気分だがその誇らしげな笑顔が可愛いと思った。


「人間は羽根なんて生えないよ」


「あらそう、あんたってば助かる可能性を信じるのに羽根が生える可能性は信じないなんて変わってるわねえ」


「え、そんなに助かる可能性って低いかな?」


「だってあんたどうやって下まで行くつもりなのよ?」


「どうってこの棺の山の側面を足伝いに下っていくしかないじゃないか」


「だけれどあんたはさっきから一歩も動けてないわよ。棺に身体を押し付けたままでいてどうやって下るつもりなのよ。それなら羽根が生えるように祈った方がまだいいと思うわ」


「いや、僕だって下へ行きたいんだよ。でも、ちょっと怖いんだ」


「はーあ、どうしようもないお馬鹿さんだこと。あんたが助かる可能性なんて下る一歩を踏み出せる可能性と同義じゃない。尻込みしててどうするのよ、早く下んなさいよ」


「僕、君の名前を知れるかな?」


「それもあんた次第だわ。こっちは教える準備あるけれど今ここで教えたって覚えられないでしょう、あんたが人の名前を忘れない性質でもね」


「まあ、確かにね。ここで聞く事じゃないかもだね。でも、ここで聞いてもドントールよりも覚えてる自信はあるんだけどな」


「あらまあ、棺に引っ付いたままの人間に馬鹿にされるようじゃドントールも可哀想ね。でも、どっちもどっちだわ。ドントールは飛べるからあんたみたいな状況にはならないもの。長所と短所って人それぞれなのねえ。どうしてあんたたちお馬鹿さんって使えない所で自分の使えない長所を持ち出すのかしら、不思議だわ」


あんたたちっていう一括りにされてしまった。なんだかそれは不本意だけどここに来てドントールにちょっとした親近感が湧いてきている。彼に会いたくなって来た。


よし、頑張ろう。

本当に頑張ろう。

そうだよ、彼女が言ったじゃないか僕が助かる可能性なんて僕が一歩踏み出せる可能性と同義だって。

僕はやるぞ、やってやる。


下を見ないように、見ないように。

でも、やっぱり怖すぎる。どれくらいの高さにいるんだろう。途方もない高さだったらどうしよう。

簡単に下りられる工夫を見つけよう。何も難しく考える必要はないのさ。


僕は真下に下りるよりも斜め下に下りる方が簡単だと思った。

息を整えて僕は一歩を踏み出した。


一段の棺を僕は下りる事が出来た。

出来ると思った。これなら下までいけるだろう。


「なによ、なによ、やれば出来るじゃない。そうよ、そんな長所を伸ばすべきなのよ。あんたは羽根は生えないかもしれないけれど別の方法で下りる事が出来るんだわ。見込みはあるわね、ドントールよりも。あの男ったら3回も聞いたんだからメモに書くなり、頭の中で繰り返すなりすればいいのに失敗を改善させないんだから。その点、あんたは見込みがあるわね。ものの成長を見るのって楽しいのねえ」


「まあ、ゆっくりだけどね。なんとかなるかな」


突然に褒められるとちょっと照れるな。


「あら、ちょっとずつでも立派だわ。だって、初めてなんだもの。これが何十回とやった事なのに最初みたいな尻込みを見せたら馬鹿にもするけれどまだ1回目なのよ。さあ、そのまま2歩目踏み出しなさいな。あんたが頑張ってる姿を見たらわたしも協力する気が出てきたわ。ちょっと下までどれくらいか見てきてあげる!!」


言ってすぐに彼女は下方へと向かった。薄霧の中へと沈んでいく彼女は長い時間戻って来なかった。


僕は一歩二歩と進んで下る感覚を身体に覚え込ませた。

風が強く吹いた時は動かない。緩くなった時に一歩進む。僕は着実に進んでいる。


ベルティーナは僕がいくらか進んだ頃に戻って来た。


「あら、だいぶ進んだかしらね。いいじゃないのよ。ほら、割れた棺がもうあんな所よ。頑張ったのね!」


「へへ、どうにかね。それでどうだった?」


「うん、下まではなかなかあるわよ。あんたの身長の何十倍ってところね」


「何十倍?!?」


「ええ、そんなところよ。頑張んなさいな」


「もっと具体的にならないかな?」


「なによ、もう。そんなに正確じゃないけれど7000カロってところね」


「カロがどれくらいか分からないよ」


「そうだったわ、あんたって学がないんだった。うーん、困ったわねえ」


「じゃあ、木で測ってみてよ。ベルティーナの住んでいる木と比べてどれくらいかな?」


「あら、それだったら簡単よ。わたしが住んでる大樹の半分もないほどだったわ。あんたって木に詳しいの?」


「いや、ボーイスカウトに行っていた頃に木登りをした事があったからね。それだったらイケるかも」


「活気づいて来たわね。そういうの嫌いじゃないわよ」


それから僕はまた下った。

得意になって下りる速度が上がっている。

彼女はそれを大いに褒めてくれた。


はっきり言って僕は疲れていた。僕は並の高校生でこうした訓練も日常的に身体を鍛える鍛錬もしていない。

それなのに足は進む。地上は見えてこない。


隣に浮遊する妖精は呑気にそこが地面の上で、あたかも原っぱに寝転ぶように横になっている。6枚の羽根をパタパタさせて頬杖をつきながら僕を眺めていた。


ベルティーナは長い金髪をしていて目が大きい少女だった。

西洋的な面持ちで肌が驚くほど白い。全体的に人形めいた雰囲気があるが手と足が長くて太っていないスタイルの良い妖精だった。


要するにベルティーナはとても美人だった。


額に浮かんだ汗が滴り落ちていく。

それぐらいの時間が経っていた。

僕たちはようやくある所まで来たようだ。

つまりこの積み上げられた棺の端までやって来たのだ。


僕は選択に迫られた。

僕の下る方法は右斜め下方に進む方法でこれを繰り返していればいずれこの山の端に辿り着くだろうと思っていた。


ここで左斜め下方に転じるか、それともこの側面から別の側面へと移るのか。

選択を迫られている。


「端まで来たわね。あんたってばなかなか根性があるわねえ。感心してるわよ」


「ありがとう」


「ちょっと休憩したら?」


僕の疲労を察して提案してくれたベルティーナの優しさがちょっぴり嬉しい。


「うん、そうだね」


「あんたの不思議な話ってのを聞かせなさいよ」

彼女に言われて僕は自分の故郷の事、つまりは日本の事を話し始めた。


電車がある事、学校がある事、スマホの事、パソコンの事をベルティーナに話した。

彼女は聞き上手で僕の話をよく聞いてくれた。


「そうねえ、聞いているとパブリシカルノに似てる気がするわね。わたしは行った事ないけれどお父様はあるらしいわ。あんたの話と似ている気がするわ」


「僕はやっぱりパブリシカルノなんて聞いた事ないな」


「ふーん、国なんて山ほどあるわよ。わたしたちが話してるのもひとつやふたつだわ。その全部を洗うなんて無茶よ、それでもなかなか良い話だったわよ。特にスマホなんて便利じゃない、わたしも欲しいわね」


「きっと気に入るよ」


君みたいな女の人が持っているからね。


「さ、休憩も終わりにしましょう。進みなさい」


僕はこの棺山の違う側面へと移る事に決めた。

もしかしたら違う景色が目に入って希望を持てるかもしれない。

あるいはその逆だって………。


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