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月光を浴びた男たち

話を聞くにはそれなりの準備が必要だった。

バジャールはパメラとカティアを起こして僕やノアが話すのに相応しい場所を用意してアリアは馬を繋いでいた。


準備が整うと僕らがそれぞれ名前を名乗ると女戦士が礼を言った。


「ありがとうございます。私の名前はサーシャ・ウェルガリアです。こちらはグドー、キンバル、ミミルです」


紹介を終えるとサーシャたちは顔を隠していた覆いを外して素顔を見せる。


圧倒的な美人がそこにいた。

真紅の長い髪の毛と褐色の肌が艶に煌めいてる。

目は力強く前を見ていて固い意志がそこにあった。


「ウェルガリア?」


「はい」


「こちらにおわすのはウェルガリア王国のサーシャ王女でございます。私どもはその従者です」


「止めろ、グドー。王女であるがそれを前にしての願いではない」


「そのサーシャ王女がどうして国外のこんなところで賊のような行いをしているのですか?」


「言葉になると恥ずかしい限りだ。我が国の力不足を如実に表すし、それを受け止めなければならない。だが、この事態に我が国は為す術なく蹂躙されるがままになっているのだ。我が国は外交で敵を作りすぎた。簡単に助けを要請できる国柄ではない。だからこそこうして旅人に恋人魔法をかけて目覚めてから国の窮状を説明して助力を頼んで来た。が、ほとんど応じてくれる者はいないし、あったとしてもまるで無力で対応できない。そこで我々は様々なものに頼るようになった」


こくこくと周りの者が頷く。


「まあ、そこでようやく周りの正当な援助を求める事になったのだがそれもまた具体的な打開策は生まれなかった。が、ある高名な占い師が予言を残している。それは『昼が取り戻される。日輪の加護を受けし者があなたたちの前に現れるでしょう』という予言だった。これまでは全く信じていなかった。が、今は違う。どうか、私たちに力を貸してほしい。お礼はどんな事でもする!!」


「それで、窮状とは?」


アリアが興味津々といった様子で尋ねた。


「昼を奪われたのです!!!」


僕たちは互いを見た。

僕はちょうどこんなような事に少し前に直面した。


確かあの男・バートンが「朝を奪う」と言っていた。

バートンがここで働いたのだろうか。


「なるほどな」


アリアがこくこくと頷いて何かに納得している。


「いや、具体的な障害はどんな事なのですか?」


バジャールが尋ねた。

確かに昼が奪われたと言われても想像し難い。


どんな被害があるんだろうか。


「昼を奪われて夜が長くなった。歪な月が浮かび、その月光を浴びた男たちは姿を変えられてしまうんだ!」


「姿を変えられてしまう?」


サーシャがこくりと頷いた。


「カエルや牛、老人など様々だ」


「男性だけですか?」


「ああ、男だけだ」


奪った後はグランドールが新たに作ると言っていた。

もしかしたらグランドールが新たに創造した昼なのだろう。


「分かりました。出来る限りで力になります」


「「「「ありがとうございます!!!」」」」


アリアが「よし!」と言って手を打つとみんなの注目を集める。


「さて、ではウェルガリアに行こう。実際にどんな事が起こっているのか見てみなければな」


「ええ!」


聞くとウェルガリアはここから2~3日行ったところにあるらしい。


今は昼を過ぎた頃で太陽はほぼ真上にある。


「姿が変わった後は戻るの?」


サーシャに尋ねる。


「ええ、朝になれば元の姿に戻るんだ」


月光を浴びたら変わるのなら月が出ている間は外に出ないんだな。

そして昼を奪われた事で夜が長くなり、長くなった夜に光を浴びた男たちの姿を変える月を浮かべた。

こうなると外での仕事や他の多くの営みを女性に任せる事が多くなるだろう。


僕たちはなんの警戒や準備をしていないけどこのまま行って大丈夫なのだろうか。


そして話を聞いてから2日後の夕方に僕たちはウェルガリアの国境前に到着した。


僕たちは騙されたと思った。

今は夕方で陽は完全に沈んでいない。まだ明るいのだった。

そしてその明るさは目の前にウェルガリアの土地が見える中でもそうだった。

そう、明るいのだ。夕方が延長しているようにウェルガリアの中も明るく見える。


「明るい、よね?」


僕が尋ねる。

アリアもノアも「明るい、ですね」と言った。

バジャールに至っては「騙られた」て言って怒りだそうとしている。


「国の領内に入ると全く異なる光景が広がっているんだ」


サーシャが言うと他の者たちもこくりと頷いた。

その目は恐れと怒りとが綯い交ぜになった恐ろしい色を宿している。


「ここで朝まで待とう。今、入国しては月光を浴びてしまう」


「分かった」


それからは寝床を用意して夕飯を食べた。

そして夜を迎えて眠りにつくまで互いの事を話して過ごしている。


「ミミルはグドーの孫なんだ」


「そうなんですか?」


「見えないだろう。グドーは長く私の家臣として仕えてくれている。感謝こそしているがこればかりは繋がりが分からない。本当にグドーの孫なのか?」


「殿下、失敬ですな。その言いぶりはいけません。似ているではありませんか、こう、そうだな、鼻の辺りとか」


「ううん、全然似てない。全く似てない!」


「こりゃ、ミミルよ、おじいちゃんを立てようと思わんのか?」


「全然思わない。私はサーシャ様の方が好きだもの!」


和気あいあいとした雰囲気だ。

女性たちは明るくてよく喋っているがグドーさんや曲刀使いのキンバルさんはあまり喋らない。


「月光の話だけど女性が浴びた場合は影響はないのかな?」


誰も答えなかった。


「影響はあるようですな。月光を浴びた女性は1人残らず翌日の朝には発狂しておりました。精神を病んでしまうのですよ」


「私とミミルはまだ浴びた事がないからどのような事になるのか説明は出来ない。が、キンバルは説明出来るぞ。月光を浴びて姿が変わってしまったからな」


キンバルさんを見ると居心地が悪そうに眉をしかめて息を吐いて喋り始めた。


「月光を浴びると姿が変わってしまうと分かったのは今から3ヶ月ほど前の事です。まあ、要するに3ヶ月前から昼を奪われているんです、ウェルガリアは。ちょっとしたミスから月光を浴びると初めは総毛立つような感覚があって全身が縮こまったような感じがしました。言葉はしゃべられません。俺は1匹の子犬に姿が変わってたんですよ。本当にあの時はもう一生この子犬のままかもしれないって覚悟を決めましたよ」


「月光を浴びると薄らと光る。まるで魔法にかけられたようにな」


「他に影響はないんですか?」


「今のところは見られないね」


「変化後の姿はみんな生き物なの?」


「大体が生き物のはず。物であったのを見た事はあるか?」


「わしはありませんな」


「私もありません」


どうやらみんな生き物に変わるようだ。

僕は自分が浴びたら、バジャールが浴びたらどんな姿に変わるだろうかと考えるのがちょっとだけ楽しい。


かっこいい生き物が良いなあ。

なんて呑気に考えているいるとキンバルさんが子犬に変わった様子が突然頭の中に浮かんできて笑ってしまった。


そうして恐ろしい夜が開けた。


ごく早い時間に僕たちは起きてウェルガリアに入るための準備をした。


「正午には月が出始める。徐々に暗くなっていくから正午か近付いているのは分かるはずだ。幸いな事に雲が出ていない。首都まではすぐに着くだろう。準備は良いか?」


ドキドキして来た。


僕たちはウェルガリアへと入った。



ウェルガリアは自然豊かな国だと思う。

緑がたくさんある。僕らが行く道は短い草に覆われている土地で馬に乗って走っていく事はそれだけでとても楽しい。


サーシャが言ったように天気は晴れている。

僕も馬での移動に慣れて来ていたので速度は5人で旅をしていた頃よりも速い。


長い間、馬を走らせているとミミルが叫んだ。


「暗くなっているのが速い!!」


「雲か!?」


「いや、雲ではないようですぞ。殿下、夜です!!」


「馬鹿な、明らかに早すぎる!!」


「キンバル、時刻は分かるか!?」


「正確ではありませんがまだ出ている陽の傾きから出すと10時半ばといったところでしょうか!」


「馬鹿な、早すぎる!」


「首都が見えました!」


ミミルが言ったように僕たちにも首都の小さな姿が見えて来た。

もう少しでも時間に余裕があれば正午までには間に合っていたに違いない。


「間に合わん。途中でテントを張ろう。そこで月光を凌ぐしかない!」


「キンバル、準備は良いか!?」


「何時でも行けます!!」


「皆さん、予定よりも夜の足が速い。テントを張って月光を凌ぐ。そこで首都へ向かう方法を考えよう!!」


「分かった!!」


了解したが僕が最後尾で遅れている。

確かに正午の前なのに夜が向かってきている。


「あそこでテントを張ろう!!」


いくらか開けた平らな地形を指してサーシャが言った。


「はい!!!」


キンバルが荷物からテントを取り出して広げるのが見える。

遅れている僕の前にはバジャールがいる。彼は最後尾を警戒しつつ走っていたのだが僕がもたもたしていたためにここまで遅れを取っていた。


僕はフレンに鞭を入れた。

その瞬間、フレンの後ろ足が下から突き上げられるようにどんと跳ね上がり、僕は投げ出された。


地面に勢いよく激突して転げ回った。

太陽の防御がここでも働いてくれて無傷だが完全に隊から離れてしまった。

フレンは激しく息をしながらサーシャたちに合流して歩いていた。


「夏天!!」

「夏天さん!!」


夜がそこまで来ている。

僕は間に合わないかもしれない。


走ってそこへ向かった。

バジャールが僕を回収するために引き返して来ている。


でも、ぎりぎりだ。

夜が、すぐそこまで。


バジャールに引き上げられて僕はバジャールの後ろに着いた。


アリアとノア、パメラとカティアも既にテントの中にいるのが見える。


「速く!!」


夜が、月が出ている!!!

夜が太陽に触れた瞬間にがらりと色を変えて月へと変わっていた!!!


すると、僕の前で馬の手綱を握っていたバジャールが「うっ、うっ!」と呻き始めた。


そして聞いていたように微かに光っていく。


月光が僕の体にも、注がれる。


「うおおおおーー!!!」


バジャールが叫んだ。

走っていた馬から落ちると四つん這いになって堪えていた。


僕は走る馬から落とされないように必死にしがみついた。


僕も身体が光っている。

身体が縮んでいく!


テントの中に馬が入る僕はアリアたちに抱かれて馬から降ろされた。


抱かれている。僕はアリアが軽々と抱いていられるぐらい小さくなってしまったようだ。


アリアは僕を見るには見たが怪我がない事を確認すると僕をノアに預けてバジャールの方を見た。


僕を受け取ったノアはぽかぁ〜んと口を開けていて驚いている。


「のあ?」


僕の声はずいぶん幼かった。


「わあぁ!」


ノアが感激する声。


「バジャール!」


アリアが呼ぶ声。


「か、夏天さん?」


ノアが恐る恐る尋ねてくる。


「のあ!」


「はいぃ」


「のあ、ばじゃーるはどうなったの?」


「え?」


バジャールの事なんてまるっきり考えられない様子で小首を傾げている。


ノア、しっかりしてくれ!!


「のあ、ばじゃーるが………」


あれ、言葉が上手く出て来ない。


いや、待てよ、僕は太陽の加護で魔法を無効化するはずだ。なのにこの変化を無効化しなかったのはどういう事なんだ?


「バジャール、しっかりしろ!!」


アリアが声を張り上げて言っている。


すると、大きな咆哮が聞こえて来た。


「バジャール!!」


な、何か良くない事が起こってる!

間違いないのにノアがもう正気じゃない。


「額が狭くて可愛らしいですねぇ」


そんな事を言ってる場合じゃない!


「のあ!」


「はい、ノアですよ」


「よしよし」などと言って僕の頭を撫でるノアは何かそれだけで幸せそうだ。


「グルルルゥゥゥアア!!!」


何か本当に良くない感じだぞ!

ノア!?


「ぐあぁ!!」


グドーさんが叫ぶ声が聞こえる!


いけない、本当にまずい事態だ。


「のあ!?」


「は~い、ノアですよ~」


お前、朝に戻ったらどうなるか覚えておけよ!!!


叫ぼう、とにかく異変があるって事を教えなくっちゃ!


「ああああ!!」


「よしよし、大丈夫ですよー」


ノアーー!!!


「なにか騒がしいですね」


ノアが呟くとそちらの方を見ないで「アイス・タイラント」と言って氷で出来た大きな拳を突き出した。

凄まじい音がして大きな何かが吹き飛んでいく。


「バジャール、落ち着け!!」


アリアが呼びかける。


「グルルゥ!!」


唸り声、明らかに怒りを含んだ声が聞こえる。


「バジャール!!!」


狼の遠吠えが轟いた。

音圧にテント全体が震えている。


僕もなぜだかとても不安になって来た。

気圧されている、狼の咆哮に。


突然、静かになった。

どすっどすっという大きな足音が遠ざかっていく。


「のあ、おろして」


ノアが動かないから自分で動くしかない。

抱かれたままでいられない。


「ダメです、お外は危険ですよ」


「じゃあ、ありあたちのところへいって!」


ノアはゆっくりと歩いてアリアたちの方へと向かい始めた。


「テントを立て直すぞ」


サーシャが言った。


「バジャール………」


アリアが立ち尽くして呟いた。


バジャールはテントを出て行ってウェルガリアの草原の彼方へと去って行く。


「お、襲い掛かって来るだなんて初めてだ」


「どういう事だ?」


「襲い掛かって来るぐらいに我を忘れる者はこれまでいなかった」


「混乱しての事でしょうか?」


「そうとしか考えられんな」


「落ち着いたら我を取り戻す事もあるでしょう。その時に首都を目指して来てくれれば」


「それを期待するしかない、か」


「どうしてこんなに夜になるのが早まっているんだろう?」


「兆候のようなものはなかったのか?」


アリアが尋ねた事にサーシャたちは答えられなかった。


「私たちは国外で1ヶ月ほど解決策や協力者を探していた。その留守の間に変化があったのかもしれない。いや、いずれにしてもこちらのミスだ。本当に申し訳ない」


「いや、月光を浴びたら変化すると事前に言われていてその変化の末に錯乱してしまうのはそちらだけに問える過失ではない。まあ、戻って来るのを待とう」


「それにしても、夏天は赤子か………」


うう、やっぱり赤子になってるのか。

でも、喋られるからそれほど生まれたばかりという風でもないみたいだぞ。


「ノア、私にも貸してみろ。赤子を抱くのは慣れていないが中身は同い年の男だから遠慮はいらんだろう」


「いいえ、私が世話を見ます。大丈夫です」


「お前、目がキラキラしてるな。そんなお前は見た事がないぞ。いいから貸せ、お前も話し合いに参加して現状の意見でも出したらどうだ」


そう言ってアリアがノアの腕の中からぼくをうばった。


「そら、夏天、アリアだぞ。私の名前を呼んでみろ。お前、どこまで出来るんだ?」


「ありあ」


「はは、名前は呼べるな。発音が幼児のそれだが呼べている。ほら、アリアだ。もう1回言ってみろ」


「ありア」


「違う、アリアだ。しょうがない奴め。夏天は夜が早まっている事に何か考えている事はあるか?」


ぼくは、思うに昼が狭まっているのだと思うが、いや、思うのだがそれがどんな作用で理由なのか分からない。


なんだか思考がはっきりしない。考えがうまくまとめられない。


それにしてももうなんだかとってもねむい。

寝たい、寝させてくれ。


「あ、おい」


アリアがぼくを呼ぶ。

でも、もう微睡んでいて………。



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