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バジャールという男

翌日、ノアに会った時に僕は昨晩のグランディーナの来訪を話してベルティーナに会いに行くつもりである事も話した。


「よろしければ御一緒してもいいですか?」


ノアが申し出てくれた。

ノアが言ってくれなかったら僕から切り出していたところだ。


「大歓迎だよ。そう言ってくれなかったら僕からお願いしてたところなんだ」


「ありがとうございます。きっと楽しい旅になりますよ。ここからは遠いので数日以上はかかるでしょう」


「そんなに遠いの?」


「はい、徒歩では絶対に不可能です」


「そっか、馬を準備しないといけないね」


「今日のお仕事が終わったら詳しく話しましょう。地図を見ながら話をした方が分かりやすいと思います」


「うん」


そして僕とノアは仕事を終えて集まった。職場には事情を説明して退職する事を伝えておいた。

加えてアリアにもこの旅行の事を話すと「私も行く」と言い始めてひと騒ぎあった。


なので僕とノアの間にはアリアがいる。この人、確か姫だよね。いいのか?


「ねえ、アリアは国から出てもいいの? 確か色々とやってるはずだよね」


「良い。お、お姉様が帰ってくると言うし城の中が窮屈になってしまうからな。私も国外へ出て見聞を広めてもいい頃だ。良い機会だ」


あたふたしたような感じがある。

マリアさんと仲違いでもしたんだろうか。


「まあ、僕はいいけれど」


「ええ、私も構いません」


「そうだろうそうだろう」


そうして話は簡単にまとまった。


3日後の朝にここを発つ事に決まった。

その間に必要な準備を色々と済ませておく。


待っていたはずのその日は簡単にやって来た。

朝も夜も昼も消し飛ばしてしまったように駆けてやって来た。


アリアが人数分の馬を用意してくれた。

もちろん彼女が乗っているのは厩舎で働いていた時に良く面倒を見たヨハンだ。

僕の馬は栗毛の馬でたてがみの長い雄馬だ。

この馬も良く世話をした馬で僕に良く懐いてくれている。


「やあ、フレン。今日からよろしくね」


瞳が大きくて優しい顔つきをしてる。


「よし、調子は良さそうだな」


アリアがうんうんと頷いている。


「「ご挨拶させていただきます!」」


アリアの傍に控えていた軽装備の女性騎士が前に出た。


「パメラ・オースティンです。道中に皆様の護衛をさせていただきます。夏厩様とご縁を持てた事に感謝しております。至らぬ点が多々あると思いますが何卒よろしくお願いします!」


元気いっぱいな女性だ。

僕たちよりもいくつか年上な感じだな。


「カティア・オースティンです。パメラと同様に護衛します。至らぬ点はどうぞ遠慮なくご指導ください。よろしくお願いします!」


同じ苗字だ。

姉妹かと思ったがあまり似ていない。


「ちなみに姉妹ではないぞ。我が国はオースティンという名の家が多い」


日本の佐藤、鈴木みたいなものかな。


でも、女性ばかりの旅になるんだな。

大丈夫か心配だけれど頑張ろう。


「さて、あと一人いるんだが………」


アリアは迷っているようだった。


「え、あと一人ですか?」


「私たちは聞いていませんよ、アリア様」


「うん、本当にギリギリまで迷っていたんだがこの旅は夏天の旅だからな。夏天の判断に頼ろうと思う」


「僕の?」


アリアがこくりと頷いた。ノアを見ると賑やかな旅になる事を少し喜んでいる。


「バジャール、出て来い」


アリアが言うと後ろの影の方から男の人がそそくさとやって来た。


「はい」


精悍な顔立ちをした男性がアリアの隣に立った。

がっしりとした体型で口をきゅっと引き締めている。


「バジャールってアリア様、本気ですか?!」


「うるさい、こうなると思って言わなかったんだ」


アリアとパメラたちが話し始める。


僕はノアに近づいて尋ねた。


「知ってる?」


「少しだけですが。槍と天体魔法の名手と聞いています。それ以上の事は私もよく知りません」


「天体魔法?」


「はい。月魔法・星魔法・太陽魔法を総称して天体魔法と言います」


とても実力のある人なんだな。


それがどうしてそんなに問題なんだろうか。

着いてきてくれるならこの上なく頼りになりそうなのに。それに男性が居てくれた方が僕もありがたい。


するとアリアたちが話し合う横を通り過ぎてバジャールさんが近づいて来る。


「夏厩様、バジャール・タタストフと申します。あの日、太陽を背にあの尖塔を上ってゆくあなたの様子を見ていました。あなたを師として励めば私の魔法もより力を得られると思い、この度の道中を共にさせていただきたいと志願しました。何卒、この未熟者の同行をお許しください」


バジャールさんは「何卒!」と再び言って頭を下げた。

恐らくこの中で最年長と思われる男性が頭を下げるのは良くない気がする。


「あ、頭を上げてください。ぜひ、お願いします。一緒に行きましょう」


「ありがとうございます」


総勢6人と6頭の旅が始まる。

はっきり言って僕はとても楽しみにしている。


なんだかんだで僕らはロキアーノを出た。

パメラとカティアはまだ何かと言っている。


「アリア、本当に良かったの?」


「いいさ、私もこれだけ遠くに行くのは初めてだからな。どきどきしている。伝わらんか? 私の高揚が」


「うん、僕も楽しみなんだ。でも、バジャールさんもいいの?」


「いいさ、もう出てしまったし、後の事はお姉様にお任せする」


僕たちはゆっくりと進んだ。

馬に無理をさせないような速度で進む。平地などの駆け抜けた方が良いような土地は駆け抜けた。

フレンはよく風を切るとても気持ちのいい走りをする馬だった。


そうして僕たちはあるところへ着いた。


バジャールさんが言った。


「今日はここで野営しましょう」


アリアたちが頷いた。

ここで野営する事に決まった。


僕はバジャールさんの指示に従って準備を手伝う。

女性たちは食事の準備を始めている。


「夏厩様は野営の経験がないんですね」


「はい、前に暮らしてたところは街中で野営するような環境じゃありませんでしたから。ボーイスカウトでキャンプの経験はあるんですけど」


その知識と経験が多少役にたったかもしれない。


「あの、夏厩様って呼ばれると緊張しちゃうので適当に呼んでください。夏天って呼び捨てでも良いので」


「分かりました。では、夏天さんとお呼びします」


「お願いします」


それからは黙々と作業をした。どうやらバジャールさんはあまり話をするタイプの人ではないらしい。

兄がいたらこんな感じなのかなって思いながらバジャールさんの隣で作業をしていた。


寝床のための準備が整った。

なんだかそれだけで達成感がある。雨と風を凌げるだけの簡易的なテントのようなものを作ったんだ。


ここでみんなが寝るらしい。

代わり番をしながら。


「そちらはどうですか?」


ノアが来た。


「今、終わったところだよ」


「こちらももうすぐ出来そうです。近くに温泉があるそうですよ」


「温泉?」


「はい、アリアたちは知っていました。この方面に来る人たちはみんなここに立ち寄るかこの辺りを野営地とするみたいですね」


「そうだったんだ。温泉か、楽しみだね」


「はい」


温泉なんて日本にいた頃はスーパー銭湯ぐらいしか行った事がない。本物の温泉は初めてだ。


ノアを含めた3人でアリアたちの元へと戻った。

彼女たちが作った料理はとても美味しかった。


「城ほどではない事は勘弁してもらおう」


「全然いいよ。美味しいよ」


「そうか、なら良かった」


食事の間も食後も歓談して過ごしている。

いくらか時間が経った頃にアリアが立ち上がった。


「よし。まずは女性から入浴と行こう。ノア、裸の付き合いと行こうじゃないか」


アリアがノアと腕を組んで温泉の方へと歩いていく。

ノアは言われるままに付いて行った。

パメラとカティアも「では、私たちも」と言って立ち上がった。


アリアとノアも楽しそうに笑っているし、パメラとカティアも楽しそうにしている。

やっぱりとっても楽しい旅になりそうだ!


「ふむ。さあ、行きましょうか、夏天さん」


へ?


「行くってどこに?」


「お風呂場に決まっているじゃないですか」


さも当然だと言うようにバジャールが言った。

精悍な顔立ちを全く崩さずに彼は言った。

もうなんかこの事だけで敬称は必要なくなった気がする。


覗きなんて僕はやらないぞ!!


覗きたいけど!!

本当は、実は見たいけど!!!


けど、俺だけで見たいんだ!

他の人と共有なんて絶対に嫌だ!!!!


2人と、いや、女性たちと僕自身のためにバジャールを止める!!!!!!


って、もう行ってる!!

速すぎるだろ。少しは躊躇え!!

お前の国の姫様だぞ!!!

待てよ、この世界だと覗きは合法なのか?


いや、たとえ合法であろうとも見せてたまるものか!!!!!!


風呂場は四方を松明の火に照らされていて明るい。その上に湯気が漂っていて白い塊と見える。

そこを突き進んでいく黒い影がある。


温泉は半分以上が岩に囲まれている。外から見た際の壁の役割をしているのだ。

岩よ、今こそ十全の働きをしてくれ。


「ノアさん、肌が綺麗ですね〜」


「そうですか?」


「綺麗ですよー。しかも、スタイルも抜群」


「お2人も素敵ですよ。アリアさんも素敵です」


あわわわ………。


バジャールは岩の上を這って前進している。

僕はそのすぐ隣についた。


「バジャール、良くないよ。戻ろう」


声を潜めて話しかけるのだがバジャールは動こうとしない。

前だけを見ている。


僕は、見ないように手で目を覆った。でも、目は開いていて指をいくらくっつけようとしても水が漏れてしまうような隙間はあるもので、僕の目は、ついに………


「夏天さん、正気ですか?」


「へ?」


「この状況を前に戻るだなんて」


あんたはノアとアリアを見るな、他の2人を見てろ!


ドレス姿でも分かっていた事だがアリアは意外と胸が大きいし、ノアは大きくない。

僕は、今は立ち上がれない。


「夏天さん、あなたはノア・エメリカとどんな関係なんですか?」


「どんな関係?」


え、どういう事だ?

友人?

でも、ノアは好きだって言ってくれた人で、僕はそんな事は初めてなんだけれど、返事は何もしていない最低な男なんだけれど、僕もノアの事は好きなんだ。


恋人?

離れ離れになる事が約束された恋人なんて悲しすぎるよ!


アリアも綺麗だし、ノアも綺麗だ。一般の高校生男児だった僕にはレベルの高すぎる相手だ。


「ノア・エメリカを私は信用出来ません。あなたを利用してアリア様に近付いている事も考えられるのです。あなたは先の戦争であの女が何と呼ばれていたか知っていますか?」


戦争?

ノアの異名………。


「あの女は氷海の女王と呼ばれて敵国に悪魔の如く恐れられた魔法使いなんですよ」


氷海の女王………。


「私は夏天さんと同行して魔法を磨く事も偽りなき旅の目的ですがあの女からアリア様を守る事も私の秘密裏の目的なのです」


そんな事はありえないと思う。

だって、2人は良い友人のように見える。


いや、覗きの良い言い訳なのではないか。


「招かれざる客がいるな」


え、うわっ!


お湯がかけられた。


バジャールがいない。さっきまで居たのに!


僕が身を潜めていた岩のところにタオルを身体に巻いたアリアとノアがやって来た。


「「あ」」


バレた!

一巻の終わりだ!!

バジャールの野郎、恨むぞ!


「夏天、お前………」


アリアが言った。止めて、違うんだ。


「夏天さん………」


ノアが言った。誤解だ、本当に。


こういう時って本当に違うだとか誤解だとかしどろもどろの言葉しか出て来ないんだなあ。

僕は立って弁解しようとしたのだが立てない事は今も継続中で恥ずかしさのあまり岩の上でバランスを崩してしまった。


ゴロンと僕は岩の上から転げ落ちて頭を打って気絶した。


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