生き方を曲げられない公爵令嬢と、付きまとう皇太子殿下
フロディシア・アルバイン公爵令嬢はそれはもう美しい令嬢だった。
金の髪を縦ロールにし、空色の瞳のこの令嬢は王立学園では、人気者だった。
この令嬢は婚約者がいなかったからである。
だからアルバイン公爵家にはひっきりなしに、フロディシアと婚約したいと言う申し込みが来ているのだが、公爵も首を縦に振らなかった。
「あら、皇太子殿下、わたくしに何の御用でしょうか。」
とある日、フロディシアが教室で授業の支度をしていれば、この国の金髪碧眼の美形、レイノール皇太子が、フロディシアの前に立っていて。
「今日、昼食を共にと思ってね。」
レイノール皇太子殿下の直々の誘いを断る訳にはいかない。
「承知いたしましたわ。」
フロディシアはあまり気乗りがしなかった。
レイノール皇太子は隣国の姫君と婚約関係にあるのだ。
それなのに、共に昼食とは…
昼になって、学園のテラスで二人で昼食を食べる事になった。
周りの生徒達は遠巻きにこちらを眺めている。
レイノール皇太子は、優雅な手つきで昼食のステーキ肉を切り分けながら、
フロディシアに向かって、
「君は本当に素晴らしい令嬢だ。学園の成績もトップクラス。ダンスを躍れば、華が咲いたようだと評判だよ。」
「有難うございます。」
フロディシアはにっこりと微笑む。
そして言葉を続けて。
「でも、成績は皇太子殿下はトップじゃありませんか。かないませんわ。」
「それはもう、努力しているから。この帝国を治める私が、他の者に劣るとは、
国民の笑いものになるだろう。」
「素晴らしいお考えですわ。」
「ところで、フロディシア。君は何故、婚約者を決めないのだ?早く決めないと良い条件の男性は残っていないのではないのか?」
フロディシアは、食事を続けながら、
「そうですわね。わたくし、女公爵になろうと思っておりますの。
結婚する事が全てでしょうか?心を揺さぶられない男性と共に歩む事、それ程、不幸な事はありませんわ。幸い、両親もわたくしの考えを理解してくれております。わたくしは他の女性と違いますわ。自分の道は自分で切り開こうと思っております。」
「もったいない。」
「なら、貴方様がわたくしを射止めて下さいますか?」
グラスを手に、フロディシアはじっとレイノール皇太子の顔を見つめてみる。
レイノール皇太子はゴホンと咳をして。
「私の婚約は政略だ。それを覆す事はありえない。」
「なら、わたくしを側妃にとお望みですか?」
「君がそれを承諾するとは思えない。」
フロディシアは立ち上がって。
「お昼休みが終わりますわ。御馳走様でした。皇太子殿下。わたくしは失礼致します。」
優雅にカーテシーをし、フロディシアはその場を離れる。
レイノール皇太子の視線を背に感じながら思った。
そう、わたくしはわたくしの道を切り開く。皇太子殿下には関係ない事だわ。
だから、もう付きまとわないで。
レイノール皇太子とは、互いに顔見知りというだけの関係だった。
ただ、金髪碧眼で美男のこの皇太子は女性達に人気があって、フロディシアも、ちょっとは素敵だなと思った事はあったけれども。
そんな皇太子から、視線は感じていたのだ。
学生ながら、社交界デビューをし、夜会で色々な令息達と踊るフロディシア。
レイノール皇太子はダンスこそ誘ってはこなかったが、視線をずっと感じていた。
学園でも、気が付くと視線を感じるのだ。
廊下で歩いていても、教室にいても…こちらをじっと見ている。
とある日、フロディシアは、家に帰って、両親に相談した。
アルバイン公爵は困ったように、
「フロディシア。このままだと、お前は皇太子殿下の側室に望まれてしまうぞ。私としてはどこぞの公爵家の次男を婿にとって、アルバイン公爵家をお前に継いでほしいのだが。」
アルバイン公爵夫人も、
「そうよ。女性の幸せは結婚にあるのです。わたくしは政略で、この家に嫁いできましたが、
今はとても幸せを感じているのよ。だから、フロディシア。観念して、婿を取って結婚なさい。」
フロディシアは首を振って。
「嫌でございます。わたくしは女公爵として、男性と対等に生きていきたいですわ。
一層の事、外国へ留学しようかしら。そうしたら皇太子殿下も諦めると思いますの。」
アルバイン公爵はハァとため息をついて。
「お前は一度言ったら聞かないからな。解った。隣国の学園へ留学の手続きをしよう。
2年間、そちらで勉学に励めば、さすがの皇太子殿下も諦めるだろう。」
「有難うございます。お父様。」
アルバイン公爵夫人は困ったように、
「皇太子殿下が強引な手段に出なければよいのですけど。気をつけなさい。」
「留学してしまえば、こっちのものよ。お母様。」
1週間学園を休み、その間に留学手続きをして、隣国の叔母の元から通うという手はずを整え、王立学園へフロディシアは退学届けを出しに久しぶりに学園に出かけた。
学園へ入った途端、レイノール皇太子が近づいてきて、
「隣国へ留学だと?許さない。」
「わたくしの生きる道に、いかに皇太子殿下といえども口を出す事はおやめください。」
レイノール皇太子を睨みつける。
レイノール皇太子はフロディシアを壁にどんと押し付けて、
「私の側室になれ。これは皇太子命令だ。」
フロディシアは切れた。
バシッと思いっきり、レイノール皇太子の頬を殴りつける。
「不敬で、わたくしを牢に入れますか?ここで、側室になると頷くわたくしだとでも?
貴方様の言いなりになるくらいなら、わたくしは牢に入れられる方を選びますわ。」
殴られた頬をおさえながら、レイノール皇太子は叫ぶ。
「アルバイン公爵家に迷惑がかかるぞ。それでも良いのか?」
「権力で脅すつもりならば、無駄ですわ。今回の事、我がアルバイン公爵家は、他の貴族に広めるでしょう。皇太子殿下が権力でわたくしを側室にしようとしたが、断られたので、牢へ入れたと。貴方様は先行き、皇帝になられるお方。暴君ならば誰も貴方様についてこなくなりますわ。それでもよろしくて?」
レイノール皇太子はフロディシアを抱き締めて、
「ああ…私は其方の事を愛しているのだ。初めて見た時から、立ち居振る舞い、その美しさ。志の高さ…全てが私の好みだ。隣国との姫君と婚約を破棄する訳にはいかない。
隣国は大国だ。どうしても姫君と結婚する必要があるのだ。私は帝国の為に…
君を諦めなければならないのか?側室になってくれ。どうか私の傍に…」
フロディシアは首を振って、そっとレイノール皇太子を引き離し、
「わたくしはわたくしの生き方を曲げたくはありません。側室として生きる道はわたくしの生き方の選択に入っていませんわ。さようなら。レイノール皇太子殿下。どうか良い皇帝になって下さいませ。」
何故か胸が痛い。心を揺さぶられてしまった…
こんな激しい恋の告白をされるなんて思わなかった。
レイノール皇太子殿下の苦しみは良く解る。
でも…側室なんて…一生、姫君の顔色を見ながら過ごすなんて。
結婚するなら、わたくし一人を見てくれる方でないと嫌…
何故か涙がこぼれる。
何故、涙がこぼれるのか解らなかった。
でも、きっと同情からだろう。思うように生きられない皇太子殿下への…
そう、フロディシアは思う事にした。
数日後、両親に見送られて、隣国行の馬車にフロディシアは乗り込んだ。
隣国は大国である。
色々と、貴重な勉強も出来るだろうし、見聞も広める事が出来るだろう。
コンコンと馬車の扉を叩く音がする。
馬車の窓から顔を覗かせれば、レイノール皇太子が立っていた。
「あら、お見送りですの?皇太子殿下。」
「扉を開けてくれ。」
レイノール皇太子の背後で両親が困ったように、こちらを見ている。
「わたくしを強引に止めるつもりですか?その割には、騎士とかお付きの人がいませんわね。お一人?」
扉を開けてあげると、レイノール皇太子は乗り込んで来た。
フロディシアの目の前に座って。
「私も隣国へ留学する事にした。君と共に学べるように、同じクラスだ。」
「なんですって?」
「それから私はもう、皇太子ではない。ただの皇子だ。王位は弟に譲る事にしたよ。
必然的に隣国の姫君は弟と婚約する事になるだろう。歳は弟の方が姫君と近い。
弟が皇帝になった暁には私は大公になって国を支えていくつもりだよ。
フロディシア。どうか私と結婚して欲しい。いや、その前に、私の事を深く知って欲しい。
君の事を愛している。」
正面からぎゅっと抱き寄せられる。
フロディシアは困った。
「あの、わたくし、確かにまだ貴方様の事を良く知りませんわ。
それに、わたくしの為に帝位を諦めてよろしいのですの?よく考えた方が。」
「決めたのだ。フロディシアと結ばれる為なら、帝位なんて必要ない。ただ、この国の為に先行き役には立ちたい。その時、隣に君がいてくれたら言う事はない。」
ああ…わたくし、まだこの方の事を良く知らないのに…この方の熱に飲み込まれてしまいそうですわ。
「解りましたわ。では、隣国へ参りましょう。皇太子殿下。いえ、レイノール様。」
「ああ…フロディシア。愛しているよ。」
明るい日差しが馬車の中へ差し込む中、隣国へと出発した。
心を揺さぶられない男性と共に歩む事、それ程、不幸な事はありませんわ。
って以前、レイノール様にわたくしは言ったけれども…
わたくしはこの方に心を揺さぶられてしまった。
きっとわたくしはこの方を愛してしまう…
これは確実な恋の予感だった。
レイノールがフロディシアの隣に座って、その手を握り締めてくる。
その手がとても温かくて…
フロディシアとレイノールの恋心を乗せて、馬車は隣国へと向かうのであった。