勇者育成譚
勇者、それは世界を魔の手から救う者。
人類の希望となり、魔を退ける力を持つ者。
そして、魔王を殺す役割を持つ者である。
これは、その勇者の育成の記録…
魔王が倒されるまでの物語である。
誰が勇者を育成するか?
それ即ち、この世界の魔王である。
「魔王様、また勇者が死にました。」
「なっ、まだ始まりの道ではないか話にならんぞ!?」
そう、魔王なのである。
魔王。
『魔族の王にして、魔物を統治する者。
人に仇なす人類の宿敵である。』
…と、まあこんな感じで人間からは見做されているが、魔族からの認識はまた違ってこうだ。
『魔族の王にして、魔物を統治する者。
魔族第一主義を掲げ、あらゆる選択を担う者。』
あらゆる選択とは、種に関する全般の選択。
つまるところ魔族が関わる全部を決めるお仕事なのである!!
「スライムより弱い魔物の一覧を早急にピックアップしてくれないか?」
「失礼ですが、おりません。単なる勇者の鍛錬不足かと。」
「…教会に、寄付金を振り込んでくれ。私の資産から。」
「かしこまりました。」
今世の魔王、その人が魔物の生息地、出現場所、はたまたドロップまで全てを勇者に合わせて調整しているのである!!
そして魔族がおこなった尻拭いも全て魔王が清算するのだ。
ブラック中のブラック、それが魔王。
「また残業か…いつになったら勇者は次の街にたどり着くのだ…」
「さぁ、諦めて次の勇者を待てば良いのでは?」
「こちらにも事情というものがあるのだ…だいたい魔物の育成費用にいくら税を使ったと思っている!!スライム族への献金は他の種族の2倍になっているのだぞ!?」
「大人の事情というものですね。わかりました。」
スライム、初期の冒険者格好の餌食である!
増やし方は簡単。1匹のスライムを大きくさせ、分裂させれば別個体が生まれる。
分裂を繰り返すことによりさまざまな能力を得て進化を遂げていくが、進化しない者は水との同化、窒息、弱酸性の溶解程度しか使えないやはり弱いモンスターである。
魔王は勇者のささやかなレベル上げとして多くのスライムを増殖させたが、本体の負担から要求される必要経費は思った以上にかかるという想像以上に魔王にとっては厄介な種族だった。
勇者は旅立って二日目、まだパーティーメンバーはいない。
出身の村は特に特産品もなく、見渡す限りの畑と寂れた小さな教会程度のささやかな村である。
装備もただの服に木刀くらいなもの。
きっと装備を整えて王城へむかうはずだ。
次に向かうのはどの街なのか魔族側からはわかりきっていた。
なのでそれなりに妨害するが、レベル上げもでき、なおかつ次の街で装備を整えられる程度のモンスターを配置した。
「だいたい異世界からの転生者なんて最初からちょっといい場所に召喚していれば良いものをあの女…!!」
「まあ、勇者の身を案じてのことでしょう。どのような加護がついているかわかりませんが、戦いも知らない者が一人で生き残れるほど甘くはないですし。」
「わかっておる、わかってはおるのだ…しかし何故村で何もしなかった!!」
それにも関わらず勇者は辿りつかない!
これまでの鍛錬が足りないおかげである!!
木刀が当たれば死ぬスライムが、報告書で確認する限り三度窒息で殺している。
由々しき事態であった。
「見張りの報告によると女の尻を横目に見ながら言語勉強してたとのことです。」
「思春期真っ盛りか!!努力せず強い俺かっこいいか!!!」
「言語勉強は褒めてもいいのでは…?」
「それくらい読めるよう女神が手配してるに決まっているだろうこの間抜け!!」
「は?」
「すまぬ…私の言い過ぎだ…」
冷たい瞳で見下す秘書に、涙目で謝る魔王。
一部の四天王からは見るに耐えないと言われる始末。
魔王は苦痛に満ち溢れたお仕事であった。
「兎にも角にも勇者だ!!しかも今回の勇者はあの女神のお気に入りときた…!!殺しても殺しても蘇ってしまうなら死なぬように導いたほうがマシだろう…!!酒だ!酒を持ってまいれ!特上の蜂蜜酒が良い!!」
「書類の山をなくしていただけたらいくらでもお持ちします。」
「おのれ…おのれ勇者め…!!!」
これは人間の勇者が魔王にたどり着き、殺すまでの物語。
そして魔王が、勇者を己の元まで辿り着かせるために四苦八苦する物語だ。
気が向いたら連載します。




