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2話

「ねぇ、マスター!」


 いつものように「Close」と掲げられた看板を蹴り上げた幼女は、店の中に向かって叫ぶ。


「ねぇ、居るの!?」


 ・・・しかし、店の中からの返事はない。


「居ないなら警察に失踪届出すけど!?」


「あーはいはい、いますよ。いるから失踪届はやめてくれ・・・」


 そう呆れ声を出しながら出てきたのはいつものマスター。

 その声は少し疲れているように見える。

 ・・・が、幼女はそんな事はお構いなしといった様子でマスターに問いかけた。


「聞いてないわ! マスターが社の執行役員を辞めるですって!?」


 ・・・いや、修正しよう。

 問いかけではない。”怒鳴って”いる。


「ああ、長くいたが、結局何も出来てなかったしな・・・そろそろ潮時かと思って」


 それを聞いた幼女は呆れ顔をしてマスターの方に向き直る。


「はぁ・・・いいわ、本当にわかってないのね。この際だから一から説明してあげるわ。」


 そう言うと、カウンター席にジャンプして座り、頬杖をついて一言。


「けど、なんか疲れたから飲み物頂戴。適当なビールでいいわ」


「だから未成年だろ・・・?」


「・・・仕方ないわね。今日はジンジャエールで我慢してあげるわ。炭酸が飲みたいの」





 時は数刻経ち。


「・・・驚いた、このジンジャエールほんとに生姜から取ってるのね。てっきり市販品かと思ってたわ」


 机に突っ伏し、薄目でグラスを見つめつつ呟く幼女。

 白いワンピースに掛かるブロンドの髪が一種の神秘性をこの空間に生み出している。

 それはこのバーという薄暗い場所でも・・・いや、薄暗い場所だからこそ輝いて見えていた。


「・・・なんだかこれキレイね・・・」


 そう呟く幼女の瞳には幾許かの暗然たる様相が浮かび上がっているようにも見える。


「・・・」


「・・・なぁ」


 ・・・一時の幻想に浸っている幼女に、マスターは声を掛ける。


「・・・もしかして酔ってるのか?」


 マスターのその声に、幼女はガバッと体を上げる。


「酔ってないわよ失礼な! そもそもアルコール入れてないでしょ!!」


「なんだ、酔ってなかったのか。これアルコール入ってるのに」


 その言葉に「え?」と声を漏らす幼女。


「・・・え? ホント? ホントに入れてくれてたの?」


 そう問いかける瞳は潤んでいた。


「嘘だよ」


 しかし、それをあっさりと受け流すマスター。


「騙したわね! お酒出しなさいよ!」


 そう言いながらマスターの方に掴みかかろうとして数刻。

 ようやくアルコールを諦めた幼女は、肩で息をしながら席に着いた。


「まぁいいわ。本題に入ろうかしら」


「おう、ようやくか」


「マスターがとっとと何かしらのお酒を出してくれればすぐに本題に入ってたわよ。

 ・・・まずね、そもそものこの会社の設立経緯から話すべきかしら?」


 そう言って、幼女は人差し指をいつの間にか机に置かれていた資料の方に向け、喋り始める。


「まずね、この会社――Influence IOT Communicationsね。面倒だからIICでいいわ。

 マスター、貴方はこの会社の創立メンバーというのは間違いないわよね?」


「ああ、そうだな」


 マスターは幼女の問いかけに対し、小さく首肯する。


「で、このIICだけど、基幹事業はSNSプラットフォーム運営。

 新技術を取り入れたプラットフォーム,と銘打って、既存のSNSサービスにとって代わろうとした。・・・けど、それは上手く行かなかった」


「そうだ。俺たちが始めた時には既に既存のシステムで満足するユーザーが大多数だったからな」


「それもあるけど、私的にはUIが一番問題だったと思うわ。

 ユーザーが慣れるまではシンプルな機能が受け入れられやすいのよ」


 そこまで言い切ってから、幼女はジンジャエールを一口飲む。

 

「・・・それはいいわ。

 何がともあれ、既存サービスに成り代われなかったプラットフォームは赤字を重ね、倒産の危機に」


 ただただ経歴を並べる幼女に、マスターは苦い顔をして聞く。


「・・・結局、何が言いたい?」


「ここからが大事なのよ。黙って聞くの」


 幼女はそう言ってマスターを黙らせ、話を続ける。


「倒産の危機に瀕したIICだけど、ただじゃ終わらなかった。

 当時コミュニティマネージャーをやっていた青年が各所に走り回ったのよ。

 IICのSNSサービスは様々な方面で失敗してたけど、一つだけ特徴があった。

 それが今も残っている「最適化サービス」。

 AI等最新の技術を駆使して「ユーザーが最も求める情報及びユーザー」にできる限りたどり着くように設計,更に、AIによる自動クロールでユーザーが望むような事をするように設計されていたこのSNSは画期的だった。


 ・・・いえ、これじゃ不正確ね。

 既存のサービスだと達成することが困難だったビジネスパートナー探しや、本来満たされない筈の承認欲求の穴埋めを部分的にだけど実現していたこのサービスは本当に画期的だわ」


 ジンジャエールのグラスを揺らしながら、幼女は思い出すようにつぶやく。


「懐かしいわね。

 貴方が私の所にきてIICが抱えるサービスの魅力を語った日が。

 まさか幼女に対して語るとは思わないじゃない」


 その言葉に、居心地が悪そうにするマスター。


「あれは本当に頼るところが無かったからな・・・」


「元々私の所に駆け込んだ理由は何にせよ、結果論として貴方は社内の英雄よ。

 ここからが本題なんだけど、私って、あくまで外部から出資してるだけの人間なの。

 今まで経営に口を出せていたのは何でかっていうと貴方が私のプランに賛成してくれていたから」


「そうは思えんがな・・・」


「貴方自身は思ってなくても、実際はそうなの。

 だから、今あなたにやめられたら私としてはとてつもなく困るの。

 だから、明日、発言を撤回してね。社員への根回しは済んであるわ」


 言いたいことを言い切った後、幼女は残っていたジンジャエールを飲み干す。


「じゃ、上借りるわ。

 あとは頼んだわよ?」


 そう言い残し、奥の階段を昇って行った。


「・・・根回しは済んである、か。

 やっぱり俺がいてもいなくても経営に口出すぐらいはできるじゃないか」


 そんなマスターの独り言は、誰にも聞かれることなく虚空に消えていった。

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