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遠心力

「ユリ!! どこ行ってたの!? 探したんだから!」


 朝食を済ませ、着替えの為に自室に入った百合を待っていたのは、八咫と熊手の熊ちゃんの体当たりだった。ミニサイズの八咫は顔面に、熊ちゃんは腹に勢いよくぶつかってきた。随分と情熱的な出迎えである。


「ごめんごめん、ちょっとニールの屋敷に泊らせて貰ってたの。でもどの辺りに居るか分かってたでしょう?」

「分かってたけど、すっごい遠かった! 飛んで行けたけど、森から出ないってユリと約束してたから行けなかったの!」


 八咫には、決して森から出ないように言いつけてある。黒烏は乱獲された歴史もあって個体数が少ないことから、天然の素材は非常に貴重だ。価値の分かる猟師なら、八咫の姿を見かけたらすぐさま狙ってくるだろう。それ以外にも下手に町中に魔獣が出たら討伐の対象になってしまう。大切な使い魔を酷い目に合わせたくない百合は、自由に飛び回りたいと駄々をこねる八咫に強く言い聞かせていた。


「それにユリはすごく苦しんでいた。ボクには分かるもん」


 使い魔と魔法使いは一心同体だ。昨晩の心と体の乱れは八咫にも伝わってしまっていたようだ。


「ユリ酷いことされた? ボクがやっつけるよ?」

「もう大丈夫。ありがとう、八咫は優しいいい子ね。熊ちゃんもありがとう」


 八咫の小さな体を掌に乗せ、頬ずりする。出会った頃のように産毛ではないしっかりとした羽はすこしチクチクするが、落ち込んだ百合の気持ちをしっかりと受け止めてくれた。足元の熊ちゃんもギュッと抱きしめた。



「そうだ、八咫と熊ちゃんにお願いがあるの」

「なにー?」


 八咫と、言葉は話せないがボディランゲージが達者な熊ちゃんが、同時に首を傾げた。


「探して欲しい花あるんだ」


 百合は本棚に入っていた「華やかな暮らし 魔法薬調合に仕える花木」という厚い本を取り出した。パラパラと紙を捲り、該当の箇所で指を止める。


「この花が欲しいの」

 

 開いたページに描かれていたのは翡翠花(ひすいばな)だった。濃い緑の翡翠花の絵と、特徴的な木のイラストが載っている。


「木を見つけてこれば良いの?」

「そうだね、正しくはこの花が咲いている木がある場所が知りたいの」


 絵を指さしながら説明をする。剪定を間違えた木は花を着けない。欲しいのは一冬超えた強い木の花弁だ。


「甘い蜜の花なんだって。八咫は目があんまり良くないから、匂いで探すと良いかも」

「どんな匂いかわかる?」

「うーん……ちょっと待ってて」


 百合はこっそり一階の調合室へ向かい、翡翠花の花弁の入った瓶を持ち出す。


「これなんだけど」


 色も匂いも生花には程遠い。百合にはほぼ無臭に感じる。それでも人間より何倍も優れた嗅覚を持つ野生動物は納得がいったようだった。


「凄く美味しそうな匂いだね! この匂いのする花を見つければ良いの?」

「うん、八咫と熊ちゃん、お願いできる?」

「任せて!」


 開け放した窓から勢い良く飛び出した八咫は、羽ばたく程に元通りに一回りずつ大きくなる。慌てたように熊ちゃんも追いかける。


「花の蜜は美味しいいらしいけど、全部取ってしまわないでねー!」

「わかったー!」


 小さくなる黒い鳥と熊手に手を振って、今度こそ百合は身支度を整えることにした。



「本当に大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫!」

「体調が悪くなったらすぐ言う事。決して無理はしない。良いな?」

「はーい」


 昨日の顔色が後を引いて、エドの心配性に拍車がかかっていた。

 二人が立っているのは昨日と同じ井戸の前だ。白木の根が入った盥が六つ置かれている。


「きっちゃない色だね」


 布を取ると昨日の地点では茶色かった水は、一晩経ってより濃い茶色へ変化していた。取りきれなかった木の根がぷかぷかと浮いている。


「良く見ていろ」


 エドが盥を抱え、井戸の洗い場へゆっくりと汚水を捨てていく。半分以上盥を傾けると盥の底にあった真っ白の層が顔を出した。


「これが白木の根の元だ。一晩かけて沈殿させているから、一緒に流さないようにゆっくりと茶色い水だけ捨てるんだ」


 そう言われても水の張った盥は二十キロ近くありそうな重さだ。抱えて持ち上げることは出来ても、ゆっくり水を流すとなると腕力的に難しい。


「俺がやる。お前は水を捨てた盥に新しく水を注いで、よくかき混ぜておいてくれ」


 ぷるぷると腕が震えている百合を見て、たまらずエドが声を掛けた。一回なら頑張れるだろうが、盥六つ分、各五回となると出来ないだろう。結局今日も力仕事は男性にお任せする形になってしまった。

 呼び水をしたポンプを漕いで水を張った盥は、また白木の元が沈殿するまで放置するしかないらしい。今回は二鍾(にじかん)程度だ。


「遠心分離機があれば良いのに」

「エンシン……何だそれは」


 思い出したのは高校時代に使った遠心分離機だ。何の実験で使ったのかは覚えていないが、濁り切った液体が澄んだ上層と沈殿物に別れたのは記憶に残っている。


「あー例えばさ、今回みたいに水に溶かした白木の根って、重いから底に沈むよね? その考え方だと遠心力を使って分離できないかなーって」

「つまりどういう事だ?」


 百合の拙い説明ではいまいちエドは理解できないようだった。


「高速で回転させることによって分離させる……としか言いようがないな」

「よく解らないが回転させれば良いのか?」

「うん」

「でもこの量を回転させるなんて難しいだろう」

「そうだね」


 結局なんとなくの知識だけあっても、完璧に理解が出来ていなければこういう時には活躍しない。大人になってからもっと勉強していれば良かったと思う典型的な例だ。


 百合は「良いアイデアだとおもったんだけどなー」と愚痴りながら白木の根の粉体の元が沈殿するのを待つのだった。

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