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聖女狩り

 デザートのメレンゲ菓子でコースを締めると、最後に紅茶が振る舞われた。

 本来なら談話室に移動するのだが、皆気心の知れた仲なのでそのまま食堂の席に座ったまま話をしていた。鹿肉があまりにも美味しく量を食べたせいでコルセットやウエストが苦しい。動きたくないのが総意だろう。


「王都でも温生湯のことは話題になっているよ」


 普段はストレートで飲む紅茶に、一つ角砂糖を落としたニールはスプーンをくるくると回した。


「素材屋は忙しそうだ。中には使用人に素材を取ってくるように言いつけて、森に放り出す貴族もいるらしい」


 知識の無い人間を森に行かせても、素材を集めることなど出来ないだろう。仮に見つけたとしても、一般人が月光を一晩当てた水晶のナイフなど持っている筈がない。素材集めは専門書に書いてある事以上に知識と細かな配慮が必要だ。

 エドも同じ意見なのだろう。呆れたように肩をすぼめる。


「素材があった所で作れないだろう。そんな事しなくともお抱えの医者が調達してくるだろう」

「それが彼らは毎日飲むようだから、医者も調達が大変みたいだよ」

「毎日? 一定量以上摂る必要はない筈だ」


 ジェイコブの友人経由で論文を書いた研究者に確認した所、今回販売する瓶一本分で効き目は十分だと返事を貰っている。


「そんなことをすると逆に体に熱が籠るぞ」


 温生湯は体温を上げる魔薬である。過度に摂れば()()()()()()に繋がる。汗をかける程健康な人間であれば良いが、体力の無い人間は頭痛や嘔吐、意識障害などを引き起こす。その状態で仮に馬車など操縦したら……。

 エドは百合が初めて魔薬の調合をした時に「薬は使い方によっては人間を殺す」と言い聞かせていた。まさにそれが王都で起ころうとしていた。


「流石に下流貴族だけだよな?」

「それが王宮勤めの貴族達もなんだ。今月に入って二回も王都一番の素材屋と調合局が盗難被害に遭ってしまった。犯人は貴族に売りつける為に盗んだと供述している」

「アホらしい。貴族のバカ共も適正量を知ってるんだろ?」

「多く飲めばその分かからないと思い込んでるようだ。医者に事実を周知するようには言っているんだが、あまり効果はなさそうだ」

「そのせいでオレは今日一日白木の根を掘る羽目になったんだぞ!」


 鼻息荒くヴォルが吠えた。長い根を傷つけないように掘るのはよっぽどしんどかったのだろう。


「温生湯を巡る混乱、自領の秋祭りの準備、王都で秋祭りに紛れた聖女狩りも活発になるでしょうし、春になるまでずっとこのまま忙しいかもしれません」

「聖女狩り?」


 聞き捨てならない単語が耳に入り、百合は聞き返す。

 ニールは相当疲れているようだ。言った後に「しまった」と口を噤んだが、出た言葉は撤回出来ない。


「何ですか、それ」


 突き詰める言葉に珍しくニールの顔に動揺が走る。

 言うか言わないか、悩んでいるようだ。


「ニール、王都で何が起きてるんだ」


 エドに問われてニールは観念したようだった。重くため息を吐いて口を開く。


「エドには話していませんでしたが、魔法族の血の薄さを嘆いた王が、古代魔法である『聖女召喚の儀』を行うように我々に指示を出しました。儀式は成功し、一人の聖女が召喚されました」

「聖女だと? ……本当に居たのか、おとぎ話ではなく」


 エドは呆然としたようにつぶやいた。オストラの大半が熱心に祈りを捧げる聖女。喉から手が出る程欲しい魔法使いの血。エドの空色の目に映る感情を見たくなくて、百合は言葉を続けるニールを見つめる。


「王と宰相はそのまま王宮に留まらせるつもりでしたが、聖女は隙を見て逃げ出したのです。王宮魔法使いや近衛歩兵が探しているのですが、未だ見つかっていません。ここまでは良いのです」


 ニールは一度そこで言葉を切った。そして一口紅茶を口に含んだ。百合もつられるようにしてカップに手を伸ばす。喉がカラカラに乾いていた。嫌な予感がする。

 眼鏡の奥の目を伏せて、ニールは残酷な事実を告げた。


「どこから情報が漏れたのか、逃げた聖女を狙って王都や近隣の村から若い女性が攫われる事件が多発しています。中には、血を確認するためにナイフでめった刺しにされ死んだ娘もいます」

「そんな……」


 百合は目の前が真っ暗になった。自分が逃げたせいで、そんなことになっていたなんて思いもしなかった。



 夜になって強くなった風が、黒髪を巻き上げる。積んだ薪を取りに外に出たほんの一瞬の間だった。

 二人組の男が娘に襲い掛かる。

 一人が後ろから体を羽交い絞めにし、前に立った男が手で口を覆った。

 突然の事に固まった体が、暗がりに連れ込まれる。首元に冷えたナイフが当てられた。


「お前が聖女か」


 目の前の男の血走った眼球と、鈍く光るナイフだけが凍り付いた目に映る。


「違います」

「嘘を言うな!」


 返事の後に体に走ったのは、強烈な痛みだった。ナイフで刺される度に上がる悲鳴は男の掌に吸収される。

 少し先に父が、母が、兄妹がいる。

 弱弱しく読んだ名前は血と一緒に吐き出されて、冷たい土に吸収された。



 瞳の奥にまるで自分自身に起きたかのように、鮮明な映像が流れた。刺された腕が、腹が、体中が痛い。そっと腕に手を当てると、刺し傷は無いが焼けたように熱かった。

 百合がエドやニール、ヴォルに守られて幸せに暮らしている時にそんな事が起きていたなんて。


「コルセットを締めすぎましたね、お嬢様こちらに」


 真っ先に異変に気付いたメアリーが、百合の背中を支えて立ち上がらせる。


「夜はもう遅い。男性陣は積もる話があるでしょうが、ユリ様は先に下がらせて頂きますね」

「大丈夫か?」


 一拍遅れて百合の顔色に気づいたエドが声を掛ける。


「……料理が美味しいから食べすぎたみたい。横にならせてもらうね」

「俺も今日は泊まるつもりだから、お前もそうしたら良い」

「わかった。先に下がらせてもらいます。おやすみなさい」


 笑顔は作れていただろうか。

 確認する余裕もなく、込み上げる吐き気を堪えて食堂を後にした。


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