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作業

 大量の白木の根を抱え(ヴォルだけはふわふわと浮かせていたが)辿り着いたのは井戸だった。

 ヴォルの家の敷地内には二つ井戸がある。一つは家の裏手の井戸で、もう一つは畑と温室の間に掘られた井戸だ。

 今いる井戸は家の裏手の方で、年季が入った石造りだ。

 バケツを井戸の底まで下げて水を入れて引き上げる釣瓶(つるべ)井戸ではなく、ハンドルを上下に運動させることによって真空状態を作り、地下水を吸い上げる手押しポンプ式だ。百合が初めてそれを見た時は「トトロの井戸だ……」と妙に感動してしまった。

 家の裏手の井戸は食事や風呂の為の生活用水用で、畑近くの井戸は温室や畑に水を撒く用だ。水撒き用の井戸には手押しポンプの先に金属の配管が接続されている。配管は地面を這うように設置され、等間隔に小さな穴が開いている。井戸のポンプを押すと、配管に開いた無数の穴からスプリンクラーのように水が噴き出す仕組みになっている。エド一人で広い温室や畑の世話が出来ていたのは、こういった工夫があったからである。

 しかしそんな事が出来るなら家にも水道を引いてくれと思うが、家屋に配管を通すのはまた話が違うそうだ。百合がこの世界にいる間に技術を革新させて欲しいと思う。朝の水汲みは重労働の一つだ。


 調理先が決まった鹿は、先にヴォルが『空間移動』でニールの屋敷に持って行った。

 目の前に現れた扉が閉じ切る前に、ヴォルの背中に向かってエドが言い放つ。


「帰って来なかったら、お前の分の晩メシは無いからな」

「うっ……わかったよ! すぐ戻る!」


 そして言葉通りすぐ戻ってきたヴォルは「ローゼスが張り切ってナイフ振り回していた……」と心持ちげっそりとした表情だった。燕尾服を着こなした穏やかな老人の意外な一面である。


「さて、まずは土を落としていくぞ。俺とヴォルが洗うから、お前はポンプ係をやってくれ」

「はーい」


 立てかけてあった大きな金属盥の他に、倉庫から持ち出した計六つの盥が用意された。それに白木の根を入れる。

 呼び水をしたポンプを勢いよく押すと、水がどぷ、どぷ、と吐かれていった。


「洗うぞ」

「うっわ、冷たっ!」


 地下水をくみ上げた井戸の水は、通年変わらず冷たい。力が要るのに百合をポンプ役にしたのは、あかぎれを作らせない為だろう。言葉にしない優しさは、エドを好きな理由の一つだ。

 百合は無心でポンプを押し、男二人は黙々と土を落とす。根を洗っては盥の水を替え、それを一鍾(いちじかん)ほど繰り返すと、やっと山のようにあった白木の根を洗い終えることが出来た。


「次は石の台の上に根を置き、金槌で叩いて繊維をひたすら潰す。良く潰した根を水に入れて、揉み洗いし、一度濾す所までが今日の作業だ。明日は沈殿物と上水を分ける所からだな」


 つまりエドは木の根のでんぷんを取り出そうとしているのだ。片栗粉や葛粉を作る方法と同じである。

 合点がいった百合の頭の中に、小学生の頃じゃがいもからでんぷんを抽出した実験が蘇った。


「あとは沈んだ白木の根の粉を干したら完成?」

「いや、水を替えるのを五回して汚れを完全に取り、乾燥させた後に沈んだ不純物を削り取ったら完成だ」


 ヴォルが嫌がっていた理由がやっと理解できた。これはあまりにも手間がかかる。


「こんなこと魔薬調合師の仕事じゃねぇんだよなぁ……」

「無いものは作るしかないだろう。ほら」


 三人分用意された金槌を持ち、石で出来た台座の上に白木の根を置いてひたすら叩き潰す。


 トントントン。

 茶色い汁が出てきたら、綺麗に張った水の中で洗う。

 ちゃぷちゃぷ。


 また叩く。

 トントントン。

 洗う。

 ちゃぷちゃぷ。


 繰り返しの地味な作業に、一番先に根を上げたのはヴォルだった。


「だー! まどろっこしい!『潰せ(クエルチ)!』」


 ヴォルが杖を振ると、ヴォルの目の前に置かれていた根はあっという間にぺしゃんこに潰れていた。さらにそれをふわりと浮かせる。杖を上下に動かすと、潰された根が水面から上がったり下がったりを繰り返す。

 あっという間に桶の中の水は茶色く濁った。

 エドは眉間に皺を寄せてヴォルを非難する。


「魔法使うなよ」

「俺は腹が減ってるんだ! こんなちまちました事やってられっか!」

「魔法を使えないオストラは手でするしか無いんだぞ」


 エドの言葉にヴォルは不機嫌そうに顔を歪める。


「だから何だ? 俺が出来ないんだからお前もするなってか? 不自由を人に押し付けるんじゃねぇよ。魔法の方が早い、魔法の方が楽なのは事実だろうが。手伝ってと一言素直に言えば、誰も嫌とは言わねぇ。その代わりに俺に晩メシを作る。それで良いだろうが」

「……」

「なぁエド。オストラの迫害されてきた歴史も、お前がどんな目にあったかもオレは知っている。でもそれは自分を卑下し、その凝り固まった価値観を他人に押し付ける理由にはならない。そうだろう?」


 エドは唇を噛んでいたが、長い前髪の隙間から覗く空色の目は、真っ直ぐヴォルを見つめていた。

 やがて決心したように大きく息を吸う。


「季節風邪に効く温生湯を秋祭りで販売する為に、白木の根の粉がいる。ヴォル、手伝ってくれ。お礼はローゼスがする」

「そこは俺がするじゃねぇのかよ」


 ヴォルが笑いながらエドの肩を抱く。


「あまりニールの事を悲しませるな」


 最後の一言の意味を、百合はまだ知らなかった。


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