恋人たちの乗り物
思いがけず毛を生やす魔薬で盛り上がってしまったが、温生湯の話に戻そう。
百合がノートに書き写した必要な材料と作り方は。以下の通りだ。
【材料:五本分】
・白木の根……白く精製した粉、匙五掬い
・赤草……三本
・キトルスの皮……乾燥させたもの一本
・乾燥させた翡翠花の花弁……欠け、虫食いの無いもの五枚
・爪棗……十粒、直前に炒る
・乾燥メジドクダケ……事前に金属製以外のすりこぎですりおろしたもの、匙一掬い
・水……小鍋一杯分
【作り方】
小鍋に入れた水に赤草、キトルスの皮を入れ、二刻きっちり赤色の火にかける。鍋は常に右回りにかき混ぜ、決して大きな泡が出る程沸騰させない。
翡翠花の花弁を傷つけないようにゆっくりと鍋に加える。左回りに十回かき混ぜ、火から下ろし一日置く。
液が冷めた状態で炒った爪棗を加え、直後に乾燥メジドクダケも入れて一刻強火にかける。この時の火の色は青色。
火から下ろし白木の根を入れる。再び火をかけると強く粘りが出る。この状態で液量が鍋の半分以下になっていれば成功。更に量が五分の一になるまで煮詰める。この時決して沸騰させない。
調合が成功していれば、鍋から濃い茶色の煙が立つ。判定草に落とすと濃い青色に染まる。特徴的な臭いがすると成功している。
「や、ややこしい……」
百合が調合してきた中で一番工程が長い。下準備にも時間がかかりそうだ。そしてこれだけ手間が掛かるのに五本しか出来ないとはどういう事だろう。
「手順が多く面倒だが、調合自体は練習すれば出来る筈だ。今まで作ってきた魔薬より失敗したら怪我する確率が高いからな。決してよそ見はしないように」
「はい」
百合は神妙な顔で頷く。
エドの腕にある無数の火傷の跡は、まだ未熟だった時に調合の失敗で負ったものだ。聞けば火の強さを間違えたり、素材を入れる順番を間違えたりしただけで鍋から液体が噴き出したそうだ。跡は戒めの為に残していると言っていたが、爛れた範囲は大きく相当酷い火傷だったことが想像できる。長袖のローブを着ていたのにも関わらず、熱された魔薬は貫通してくる。魔薬の爆発はシャレにならない。
「温生湯は残念な事に大鍋で作れない。一度に作れるのは五本。効能が切れるのは丁度一週間。先に作ったものから飲んで貰わないといけないな」
一度に五本分できるとして、六十回調合をする。鍋の数も考えて計画を立てないといけないだろう。
「結局瓶で出すことにするんだよね」
「あぁ、屋台なら結局それが一番だろう」
「そうだね」
いろいろ考え掛け合ったが、結局瓶で出すのがベストだろう。
魔法で瓶を増やすのは、ニールとヴォルにお願いすることにしよう。もっとも、ニールはにっこり笑って百合に練習をさせるだろうが。
「でもこの翡翠花、ちょっとしかないね」
手元の瓶の中にあるのは、スイートピーに形の似た大ぶりの花弁だ。瓶の大きさに合わない程少量しか入っていない。
「温生湯は通年調合するものでもないからな。痛まないように少量しか残していなかったんだ。幸いな事に翡翠花は今が見ごろだから取ることは出来るだろうが、場所が分からないのが問題だな」
「そもそも温室で育てられないの?」
「翡翠花は冬の冷たい空気に当たらないと花を咲かせないから、温室で育てることは出来ない。寒さから花や薬草を守るのが温室の役目だからな」
エドの温室はガラスと鉄で出来た建物で、日光の熱を保温し、足りない分は石炭を燃料にして温めている。そういう性質なら育てられないのは仕方ないだろう。
「じゃあこの花は何処で手に入れたの?」
「以前は花が咲く木があったんだが、剪定を間違えたのかある時からさっぱり花をつけなくなってしまったんだ。その時から素材屋で買っている」
「そうなんだ」
「あぁ。翡翠花の蜜は甘いから小鳥が良く啄んでいてな。餌場を奪ってしまった。申し訳ないことをしたと思っている」
小鳥が啄んでいる、で百合の頭の中で一つの案が閃いた。
だがそれは後に回して、話を続ける。
「素材屋を当たってみるが、温生湯の材料はもうどこにも売っていないだろうな」
「じゃあメジドクダケと一緒で、森を探すしかないね。白木とキトルスと爪棗を探すついでに探してみよう。湖の奥とか。ボートが無いと行けないけど」
「あぁ。だがあの湖に人魚が居たように、凶暴な水中人がいるか分からないから、安全を取って迂回するしかないな。道が無いから、ファレノプシスも入れなさそうだ」
「ボート乗りたかったな」
少し肩を落とす百合にエドが首を傾げる。
「馬じゃダメなのか?」
「馬も良いけど、ボートの方がロマンチックじゃん」
人魚姫も髪長姫も、ボートに乗ると心の距離は近くなる。
「なんだ、そんな事か」
「そんなことって」
「悪い悪い」
不貞腐れる百合を見て、くつくつ、と小さな笑い声が起こる。
顔を上げると今度こそエドが笑っていた。
「安全が確保出来たら、小さなボートを買おうな」
くしゃり、と傷跡の残る手が百合の黒髪を撫でた。




