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突然の来客

「温生湯に必要な素材は、白木(しらき)の根、赤草、キトルスの皮、乾燥させた翡翠花(ひすいばな)の花弁、爪棗(つめなつめ)、乾燥メジドクダケだ。秋祭り当日まであと二週間。まずは素材の確保からだな」


 赤草はエドが温室で栽培しているものを使うが、それ以外は全て森で調達する必要があった。

 幸いな事に白木とキトルスと爪棗は固まって生えている所を知っているそうなので、そこで採取をする。翡翠花とメジドクダケは森で取れることは分かっているが、場所の見当がつかないそうなので、頑張って見つける必要がある。


 そんな訳で今日は、メジドクダケの採取をする為に二人は森の中に入っていった。

 湿った土に顔を近づけながら、百合はメジドクダケを探す。

 メジドクダケは暗くて湿った土を好むので、先ほどから二人は日陰ばかり探している。


「あったぞ」


 エドに手招きされて地面をのぞき込む。

 枯葉の中に埋もれていたのは、椎茸のような形をした白っぽいキノコだ。日本人としては炭火で焼いて醤油を垂らせば最高に美味しそうだと思う見た目だが、猛毒のキノコだ。食べると目などの粘膜から血が止まらなくなる所から名前が来ている。毒キノコは派手な色をしていないとどこかで聞いたことがあるが、まさしくメジドクダケのようなキノコを言っているのだろう。


「猛毒のキノコを飲ましても大丈夫なの?」

「毒も使い方を知っていれば薬になる。それに少量しか入れないからな。採り方を良く見ていろ」


 エドはドラゴンの皮で出来た手袋をはめ、小型の光るナイフを取り出す。


「一発で刈り取らないと、切り口から毒が流れ出して怪我をする。必ず毒を通さないドラゴンの皮の手袋を使うように」


 少し引っ張るように持ち上げながら、一気にナイフを引いて刈り取る。切り口は綺麗で毒も流れていない。


「ナイフは水晶の物を使う。鋼の物は腐食するから使うなよ」

「わかった」


 水晶のナイフは水晶を削って成形し、月光を一晩当てた青白く光るナイフだ。毒のある素材を切る時に干渉をしないという特徴がある。逆に、毒を無効化する魔獣の骨で出来たナイフもある。今回は毒の成分が必要なので水晶のナイフを使った。

 魔薬の素材はこういった細かい方法でしか採取できないものがあるので、勉強が大切だ。


「やってみろ」

「はい」


 百合はメモ帳をローブに仕舞い、腰にぶら下げた水晶のナイフを手に取る。柔らかな軸に触れて一思いに引くと、断面も崩れず綺麗に刈り取れた。


「上手いぞ。じゃあ籠二つ分頑張って採取するぞ」

「はーい」


 毒キノコの群生地なだけあって、虫や動物も近寄って来ずに快適だ。

 ファレノプシスに余計なものを食べないように言いつけた後、二人は黙々と採取を続けた。

 

 二人とも籠一杯にキノコが取れた所で、荷物を片付けた。

 昼ご飯を食べてからはこれを干す作業がある。今日みたいに良く晴れた日にじっくりと天日干しすることで、余分な水分を抜きより高い効果が得られる。


「エドお昼ご飯何にする?」

「そうだな……養鶏家のばぁさんが今朝も卵をくれたから、前のやつを使ってやらないと」

「じゃあオムライスは? 一人卵三個使ってふわトロのオムライスにしようよ」

「オムライス? 聞いたことない料理だな」

「実家の料理長が外国の人でね。この間買ったお米を使った料理なの。ボリュームがあって美味しいよ」


 百合が作る料理はこの世界の物とは違うものが多い。だから最近はそういう設定にしていた。

 実は前回の納品の帰りに米を発見していた。極東から種を仕入れて栽培に成功したのは良いがパンが主食の村人達には人気が出ず、売れ残った米を売りさばいていたテントがあったのだ。

 エドに強請り少量買って、試しにダッチオーブンで炊いてみた。日本の米よりも固く甘みは少ないが、故郷の味に飢えた百合には十分だった。


「良いな。決定だ」


 そんなことを話しながら帰っていると、ログハウスの前に大小二つの人影があった。

 背の高い女性が、声を張り上げながら店舗側の一階の扉をドンドンと叩いている。遠目にもただならぬ気配が感じ取れる。


「エド……」

「あぁ」


 エドがさっとフードを被る。

 少し離れた所で百合とファレノプシスを待機させ、エドは一人でドアへ近づいた。


「店に何か用か」

「貴方が魔薬調合師ですか! 助けてください! 息子がおかしいんです!」


 若い女性だった。エドのことを知っているあたりアブ・フレイラ村の村民だろうが、エドも百合も見たことがなかった。元は綺麗な人だったのだろうが、髪はボサボサで目は血走っている。


「魔法薬を下さい! 息子の頭がおかしいんです!」


 足元に座り込む男の子の腕を引き、無理やり立ち上がらせた。


「オレは何処もおかしくねぇよ!」


 息子が母親の手を振り払う。まだ小学生ぐらいの男の子が手を振り払っただけなのに、バチン! と大きな音がして母親がたたらを踏む。


「ほら! やっぱり! おかしいんです!」


 エドはヒステリックに大声を上げる母親を無視して、しゃがみこんで子供と視線を合わせる。


「おい、名前は」

「ユーリ」


 ぶっきらぼうにユーリが答える。母親によく似た茶色の目でエドを睨みつける。生意気そうな顔つきだ。


「何処か痛い所はあるか?」

「無い」

「ちょっと俺の手を握ってみろ」


 差し出されたエドの手を遠慮なくユーリが握る。ぐっ、とエドの眉間に皺が寄った。

 そのまま服を捲って脈を取ったり、背中を軽く叩いたりして反応を確認する。


「なるほどな。ありがとう」


 エドがユーリの頭を撫でる。ゆっくりと立ち上がって母親に向かい合う。


「あんたの息子はおかしくなんてない。今どき珍しく魔法の血が濃いだけだ」

「だから魔力を失くす魔薬を下さい! 私も夫もオストラなのに、この子だけ魔法が使えるなんておかしいんです」

「何もおかしくはないだろう。どっちかに魔法使いの血が流れていれば、隔世遺伝で魔法が使えることもある」


 尚もおかしいおかしいと叫ぶマリーに、エドは冷静に言葉をかける。

 百合はファレノプシスの手綱を持ったまま、ユーリに近づく。

 ユーリはぐっ、と歯を食いしばっている。

 こんな小さな子供だって、自分に向けられた感情を理解する。実の母親にこんなに大声で何度も罵られて傷つかない筈はないんだ。

 百合はたまらずユーリを抱きしめて、髪を撫でる。瞳と同じ茶色の髪の毛は、この国の子供にしては珍しく短く刈られている。


「マリー! 止めないか! すいません妻が迷惑をかけて!」


 話し合いを止めたのは、マリーの夫だった。息を切らせて駆け込んでくる。


「ユーリまで引っ張ってこんな山奥まで来て! 調合師の先生に迷惑をかけるな!」

「だって! ユーリの病気を治すには魔薬しか無いじゃない!」

「そんなものは無いってバートン先生も言っていただろう! 早く帰るぞ!」


 マリーの腕を夫が引っ張る。

 泣きながら反論するマリーを無感動に見たエドは言った。


「おかしいのは息子じゃなくてあんただ。バートン先生にかかるのはあんただよ」


 なおも反論しようとするマリーを夫が力ずくで抑え込んだ。そんな両親の様子を幼い子供はじっと見つめていた。


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