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季節風邪

「二人ともいらっしゃい。呼び出してすまんかったな」

「構わない。ついでだからな」


 ジェイコブは院長室で事務仕事をしていた。難しそうな顔で分厚いカルテを読んでいたが、エドと百合に気づくと老眼鏡を外しデスクから立ち上がった。

 勧められるがままにソファーに腰かける。エドはジェイコブの前に座り、百合はその隣に座った。

 エドは手際よく鞄の中からビンや紙袋を取り出し、いつも通り薬の納品を始めた。


「今回からは温生湯(おんしょうとう)と風邪薬を多めに持ってきている。季節の変わり目でそろそろ体調を崩す奴が増えるだろうからな」


 温生湯というのは、体内の体温を上げる魔法薬だ。鼻炎、頭痛、発熱など病気の初期症状に良く効く薬で、体力のある人はこれを飲んで横になっていると大体の症状が治まる飲み薬だ。本格的に拗らせてしまった風邪には風邪薬の方が効くが、価格も高い上にとんでもなく不味いので、安価な温生湯の方が一般市民には流通している。


 エドが茶色い遮光瓶の中身の説明をしている時に、ナースが生クリームの浮いた紅茶を持ってきてくれた。ジェイコブに促されて一口飲むと温かく、甘い。甘さの中にもナッツの香ばしさが香るアーモンドロイヤルミルクティーだ。

 いつもよりも豪華な紅茶が振る舞われる時は、ジェイコブの話は長くなると百合は経験から知っていた。今日はジェイコブのお茶会に誘われたと思った方が良さそうだ。


「まさしくその温生湯の話をしたくてな」


 ジェイコブも紅茶に口をつける。エドも話が長くなりそうだと思い、ソファーにしっかりと座り直す。


「今年の秋祭りにエドとユリに屋台を出して欲しくてな。そのお願いの為に今日は来て貰った」

「屋台?」

「断る」


 勿論先に聞き直したのが百合で、即断したのがエドである。


「これからの季節風邪に備えて一年で一番忙しい時期に、何でそんな無駄なことしないといけないんだ。こいつにはまだ温生湯の調合も教えてないんだぞ」

「ユリを一人前にする為にも調合は早急に教えてもらいたいもんじゃが。エド、今月発売の「月間魔法薬学」は読んだか?」


 「月間魔法薬学」はエドの愛読書の一つで、最新の魔法薬研究が発表される学術書だ。


「いや、まだ読んでない。アブ・フレイラに届くまでは少し時間がかかるからな」


 「月間魔法薬学」は王都にある出版社が発行している月刊誌だ。

 王都のオストラ排除の動きの為、アブ・フレイラ村は隠匿されている。その為王都からの品物を足がつかないように村に運ぶには、いろいろと手間がかかるのだ。新聞での情報はヴォルが配送している為リアルタイムで届くが、物資やこういった本などはどうしてもタイムラグがある。


「王都に住んでいる友人が先に送ってくれてな。ここを読んでくれ」


 開いた雑誌をエドが受け取る。目が素早く左右に動き、ある一点でぴたりと止まった。


「こんな研究があったのか……読んでみろ」


 エドから雑誌を受け取って、百合も目を通す。

 今月は季節風邪の特集が組まれている。読んでいくうちに、季節風邪というのは冬に流行り春に収束する風邪の事を指していることが分かった。人から人に移り、罹ると高熱や関節痛などの症状が出る。いわゆるインフルエンザのようなものらしい。

 そして毎年型が変わる厄介な性質がある為、魔薬の開発は後手後手に回っている現状のようだ。


「しかし温生湯を一定量飲んでいると、予防と重篤化を防ぐ効果がある事が最新の研究で発見された、これですか?」

「左様。季節風邪は風邪薬が効かない上に、これといった特効薬は無い。体に入った病原菌が外に出て行くまで高熱に魘される。体力の無い老人や子供は、残念ながら毎年亡くなる。温生湯を飲んでいるからと言って罹らない訳ではないが、重篤化を防ぐことができる。だから、町の人間がこぞって集まる秋祭りの屋台で販売して欲しいのじゃ」

「そんな事しなくてもジェイコブがここで飲ませれば良いだろう」

「病院へ来るのは病人ばかりじゃ。健康な人間にこそこれは飲んでもらいたい。それにこの狭い診療所に大量に人が詰め寄られても困る。入院患者が季節風邪を引くと、合併症を起こす可能世が高い」


 そう言われてみればジェイコブの言っていることの方が圧倒的に正しい。


「屋台の出展料は全額病院で持つし、出来る限りの協力は全てする。売り上げは全額エドの店の物だ。お願いできないかな?苦しむ患者が一人でも減って欲しいんじゃ」

「……お前はどう思う?」


 ジェイコブの言葉に黙り込んだエドは、隣に座る百合に問いかけた。


「この記事が出たという事は、王都では温生湯の素材の買い占めは既に始まっているだろう。温生湯の素材は温室と森で手に入るが、種類が多く下準備に手間がかかるし、調合にも時間がかかる。それこそ秋祭りに来る村人に飲ませるとなれば、今日から秋祭りまで毎日働き詰になる。俺一人じゃ絶対に無理だ。だが、お前が手伝ってくれるのなら、出来ないこともない」


 高熱の苦しさは百合も経験したことがある。この世で一番自分が苦しい思いをしていると、辛くしんどい思いを何度も経験した。

 高熱の中タクシーで行った救急病院で点滴を打ってもらうと、あっという間に体が楽になった。その度に現代医療に感謝していた。

 薬は病人にとって唯一の希望の光だ。今百合にはそれを渡す力がある。

 自分の頑張りで、楽になれる人が居るなら。助けられる命があるのなら、協力したい。


「私は……力になれるのなら協力したい。私に出来ることがあるなら、教えて欲しい。救える命があるのなら。エドの弟子だもん」


 それに調合をするのにエドが初めて百合の意見を聞いてくれた。

 出来の良い弟子ではないが、師匠の期待には応えたい。


「そうか。ジェイコブ、その話引き受けた。話を続けてくれ」


 エドの力強い言葉を聞いて、ジェイコブは嬉しそうに笑った。


 そして冒頭のキノコ集めに戻るのだった。


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