浮かれた雰囲気
千切れた雲が涼しい風に乗って遠くへ運ばれていく。
どこかで煙のような燻った匂いがする。優しい色合いの花がぽつぽつと咲いている。
百合がこの世界にやってきて季節が一つ巡り、秋になった。
百合の日常は変わらない。
毎日馬と畑の手入れをし、魔薬の調合を学んで、町の病院へ納品しに行く。
そして手に入れた杖を使って、ニールやヴォルと身を守る為の盾の呪文の練習をする。エドと一緒に食卓を囲んで、エヴァとお茶をしながら湖で笑いあう。
そうして充実した毎日が駆け足のように過ぎていった。
「エド、これで合ってる?」
「違う。それは似てるがヘビノオダケ。毒キノコだ」
「じゃぁこれ?」
「それはヒラシオカサ。それも毒キノコだ。両方とも珍しいキノコだぞ、よく見つけたな。別の袋に入れておいてくれ」
「ヒラシオカサ……どこかで聞いた名前。どこでだっけ?」
「しもやけの魔薬の調合に少量だけ使うと前教えただろう。勉強が足りてないぞ」
「すいません…」
謝りながら帰ったらエドに本を借りようと心に決める。
百合は平ぺったいキノコを背負った籠の中ではなくローブの中の革袋に入れた。
朝陽の色すら明確に色を変えて、季節が変わったことを教えてくれる。
少し肌寒く感じる朝早くに、百合とエドは二人で森の奥に入っていた。
ふかふかとした腐葉土の隙間に目を凝らし、お目当てのキノコを探すのに必死になっている。
森の中には夏には見られなかったキノコが沢山生えていた。だが相変わらず百合は毒のある植物やキノコばかりを見つけている。
何故そんなことをしているのかと言うと、話は数日前にまで遡る。
その日、町医者のジェイコブから朝一番に「今日の納品は百合だけでなくエドも来て欲しい」と連絡があった。
魔薬の納品は基本的に一人で行う。その事はジェイコブが一番知っている筈なのに、わざわざ手紙を寄越したということは、何か重大な事件でも起きたのかと二人は表情を曇らせた。
「まぁ、悪いこととは限らない。とりあえず向かうか」
「そうだね」
ジェイコブのサインが入った手紙を折り畳む。
不安は拭えないが良いことだと信じて、二人はファレノプシスに乗って町へ出かけた。
ファレノプシスを厩へ繋ぎ歩いて町に入ると、町全体がどこか浮ついた雰囲気であることに気づいた。
道には植木鉢が沢山置かれ、柔らかな色合いのコスモスが秋風に揺られている。入り口には藁で出来た大きなゲートがいつの間にか組まれていて、カボチャや木の実があちらこちらに飾られている。
行き交う人々の表情も明るい。どこからともなく浮かれた音楽が流れていた。
広場の近くで百合は首を傾げる。何か楽しいことがあったのだろうか。
「あぁ、もうこんな時期か……」
「こんな時期って?」
「秋祭りの時期だ。まだ二週間程先だが、今年はやけに準備が早いな」
秋祭りとは何だろう。
そう考えていたのが顔に出たのか、エドが百合の顔を見て納得したように続ける。
「聖女の生誕祭って言われているヤツだ。アブ・フレイラ村は農業や酪農も盛んだから、収穫祭のような盛り上がり方をしてるがな。一日中食って歌って飲んで、大騒ぎの浮かれた祭りだ」
収穫祭と言われると、ピンとくる。百合の故郷の方でも、秋には作物の豊作を祝う祭りが行われていた。
「お祭りかー! 楽しみだね!」
「そうだな、今年はお前が居るから行ってみても良いかもしれないな」
「え、行った事ないの?」
何年もこの村に住んでいる筈なのに意外だなと思い、百合はエドに聞き返す。
「聖女に愛されていないオストラが聖女の生誕祭を祝うのもおかしな話だろう。病院は祭りであっても休むことは無いから、いつも通り納品に行っていた。すると浮かれた馬鹿共が怪我したり酔いつぶれたりして運ばれてくるから、毎年ジェイコブの手伝いをさせられていたな」
去年の様子を思い出したのか、エドが鼻で笑う。
図らずもエドのコンプレックスを刺激してしまい、百合は慌てて話題を変える。
「じゃあ一緒にお祭り行こうよ! 私もエドも初めてってことは新鮮な事だらけで、いっぱい楽しめるね!」
エドが隣に並ぶ百合を凝視する。あまりにもじっと見つめてくるので、何か変なことを言ったのかと百合は不安になる。
そんな心情もつゆ知らず、たっぷりとした沈黙の後、エドが口を開いた。
「お前は……そうだな。俺も楽しみだ」
毒気を抜かれたような表情で、エドが小さく同意した。
「出店とか出るのかなぁ?」
「普段は雑貨を売っているテントは、豊作を願うお守りみたいな特別な物を用意してたりするな」
「食べ物屋さんも出る?」
「何だ、結局色気より食い気か」
「いーじゃん。楽しみだなぁ! 何かオススメある?」
「秋じゃがの素揚げ。小さなじゃがいもを丸々揚げて塩を振っただけなんだが、あれが秋じゃがの一番美味い食べ方だと思う」
「それ絶対食べようね!」
そんな話をしながら賑わう大通りから離れる。喧騒を背中に感じながら歩き続けると、あっという間にジェイコブの診療所に到着した。




