魔女 聖女
「ユリ!」
甲高い声で目が覚めた。ひどく体が緊張していたようで、脱力感が百合を襲った。
視界の暗さからまだ夜は明けていないと思った。いや、違う。視界一杯が漆黒で塗りつぶされている。
「八咫……大きくなっちゃダメだよ」
百合の体は八咫の羽で覆われていた。外敵から百合を守るように覆いかぶさっている。
ベッドは一人と一匹の体重に耐えれないようで、今にも壊れそうな程ミシミシと音が鳴っている。
「もう大丈夫? 凄く嫌な気配がした。ユリ魘されてたよ」
「ありがとう、もう大丈夫」
ポン、と煙を上げて小さくなった八咫は、百合の枕元へ三本足で近づいてくる。
上半身を起こし、ベッドサイドにあった水を一気に飲み干す。ぬるいはずのそれが随分冷たく感じれるほど、体が火照っていた。額には脂汗が浮かんでいる。ひどく不快だ。
「嫌な気配って、どんな感じだった?」
「うーん何て言えば良いのかな、真っ黒な壁から手が伸びてるような……」
八咫は黒烏の変異種で、聖女である百合の使い魔だ。
莫大な魔力を持っているが、本人はまだ唯の子供だ。感情や出来事を正確に言葉で伝えられない。
だがほぼ野生の魔獣が反応するほどの気配があったという事だけは、しっかりと理解できた。
「そっか……起こしてくれてありがとう。夜明けまで時間があるから、もうちょっと寝よう」
八咫の羽が視界から消えても、部屋はまだひっそりと暗い。もうひと眠りぐらいは出来るだろう。
八咫を木箱で出来たベッドに戻すと、心配そうな表情とは裏腹にすぐに眠ってしまった。安心しきったその寝顔を見つめながら百合は考える。
夢の中の青年は、クジャだった。
そして夢は、現実にあった事なのだ。
原初の魔女である聖女と、ベルブレイユ王国の関係。魔法使いが国にあふれた理由。
旅の途中で血を与えた聖女を見たベルブレイユ王国の国民が、国王にそのことを報告した。
国王は魔女の力を欲したのだろう。自身も血を啜り、膨大な魔力を持つ聖女の血を子供として残したことが、魔法使いの国を生み出したのだった。
おぞましい話だ。愛する人以外に抱かれるなど。ましてや、血の繋がった子供にも身体を求められるなど。魔女の気持ちは完全に無視されていた。
魔女の弟子であるクジャは、聖女を愛していたからこそ、彼女を辱めた国王及びその子供たちを強く憎んでいる。殺してしまいたいほどに。
それと同時に、愛する聖女の子供である魔法使いを殺せない。彼女の血が一滴でも無駄に流れることを良しとしない。
だからクジャは聖女の力を取り入れて、不死の体を手に入れた。血がやせ細り、この世から魔法使いが居なくなるのを、憎き王国の傍で待ち続けているのだ。
気の長い話だ。だが、確実に血は薄くなってきている。このまま魔法使いが生まれなければ、聖女の血は途絶えるだろう。
「そこに現れたのが、私」
クジャにどんな衝撃を与えたのだろうか。簡単に想像できるのは、ようやく魔女の血の終わりが見える所まで来たのに、また魔力を持った聖女が邪魔だということぐらいだ。
「でも聖女召喚の儀の時にクジャは居た。止めなかったのかな?」
何百年も待ち続けたことが、やっと起きようとしている。それなのに魔法使いを生み出す新しい聖女の血を呼び出すことに反対はしなかったのだろうか。
「それに、見つけたってどういうこと?」
まさか百合の居場所が分かったということなのだろうか。
このオストラの村が見つかったのだろうか。
「考えても仕方ないか……」
過去にあったことを知っても、今現在起こりうる未来のことは誰にも分らない。
百合は枕に顔を埋める。ぐるぐると先ほど見た夢が頭の中で回っていたが、やがてそれは収まり、再び眠りの中へ旅立ったのであった。
これにて杖づくり編は完結です。
次は楽しい秋祭り編です。




