過去の夢、誰の夢 ※グロテスク注意!
※暴力表現、グロテスク、カニバリズム的な表現があります。苦手な方は飛ばしてください。飛ばしていただいても次話で分かる様になっています。
夢と言うものは往々にして、いつもどこか遠い視点から現象を見つめている。
眠りと覚醒の狭間で見た夢も、そういうものだった。
主人公は自分ではない。ここも、見知らぬ場所だ。
緑の深い森の奥、乾いた砂漠の砂の上、百合の視線は旅する女性に注がれていた。
不思議な女性だった。頭の先からつま先まで隠れるローブを着ていた。
風に煽られフードが外れる。ローブと同じ真っ黒な髪をした、とてもきれいな女性だ。
女性は、一か所に留まることをしない人物だった。
テントを張っても、宿で寝ても、はたまた一軒家を借りても、すぐに出て行ってしまう。さよならと手を振り、未練を残さず去っていく。
定着せずにひたすら旅を続ける女性をしばらく見て、いや、すぐではない、と気づいた。
美しい女性に話しかける周りの人たちは、皆一様に老いていく。話しかける声は低くなり、背は曲がり、顔には皺が増えていく。
なのに女性はそのままなのだ。周りの人が一人一人墓に入っていくのに、その人は墓標に白い花を添えるだけで、また旅立ってしまう。
女性は、年を取らないのだった。
場面は何度も変わった。海沿いの街、開拓されていない荒れた土地。
ある日、饐えた匂いのする路地裏で、女性は子供を見つけた。
瘦せっぽちで目だけがギョロギョロと動く、不気味な子供だった。色は浅黒く、栄養失調で髪は白髪になっている。体に力が入らず座ることも出来ないので、だらりと四肢を地面に放り出している。
「生きたい?」
服とも呼べない粗末なボロ布から見える手足は、枯れ枝より細い。
今にも消えてしまいそうな命を前にして、女性はそう尋ねた。
子供は頷いた。その小さな動きでさえ、子供にとっては重労働だった。
霞む頭では考え事は続かない。意味は解っていなかった。
何時だって殴られるばかりで、大人は子供に優しくなかった。
ひどく寒かった。この女性が助けてくれるのであれば、きっと彼女は神様で、自分を飢えと寒さの無い世界へ連れて行ってくれるだろうと思った。
女性は懐から杖を取り出し、左の掌に添えた。
杖でなぞった所に、赤い線が走った。滴り落ちる鮮血を、子供のひび割れた唇に擦り付けた。
その日、瘦せっぽちの子供にとって、女性は神様になった。
命を吹き返した子供は、女性と一緒に旅をした。豊かな作物の実る土地、龍が火を噴く灰の中。子供が強請るままに女性は自らの血を与えた。
女性が杖を持ち振ると、様々な出来事が起きた。腹が空けば温かいスープが器に入って出てきたし、枯葉に向かって振れば一瞬で火が付いた。
彼女は自らを「魔女」と名乗った。魔女は瘦せっぽちの――もうすっかり健康的に肉がついていたが――子供を愛し、たった一人の弟子にした。
二人は気の向くままに旅を続けた。途中立ち寄った村で死にそうな子供が居れば、その血を一滴だけ与えた。すると拾った子供と同じように、金色の光で包まれてあっという間に元気になった。親達は涙を流して感謝したが、下げた頭を上げた時には魔女も子供も姿を消していた。
そうして数十年経った。
子供は大きくなった。背はぐんと伸び、精悍な顔つきの青年に変わった。そこで青年は年を取ることを止めてしまった。血を舐め続けることで、魔女と同じ魔法使いになったのだ。
そして魔女を深く愛するようになった。
彼は神に性愛を持たない。だが何よりも彼女を愛したし、ここから先永遠に彼女の傍にいれる事だけを望んでいた。
だからどこからともなく現れた「国王」なる人物の遣わした刺客に気づけず、魔女が連れていかれた時は己の弱さを憎んだ。魔女は動けぬよう体中に杭を打たれ、遠い国へ連れ去られていった。
青年は魔女を追って走った。魔女に教えて貰った魔法で殺した夥しい数の躯を踏みつけて、走り続けた。休むことなく走ることが出来たのは、魔女の血のおかげだった。あの血を飲めば、眠ることさえ不要になる。
そうして辿り着いたのは、大陸の端だった。青年は訪れたことの無い国だ。
ここは過去、魔女が一人で旅をしていた時に訪れた国だった。そこで重い病に倒れた子供に血を与えたことがあった。
魔女を追って国に入った青年は、待ち伏せしていた兵士に掴まり、城の独房に繋がれていた。青年の美しい顔以外は、余すことなく鞭で殴られた。痛くなかった。頭の中で考えるのは彼の神のことだけだった。
一方、連れ去られた魔女はそこで「国王」なる人物に血を与え続けた。それどころか、「国王」との間に何人も子供を産まされた。
老いの知らない魔女は「国王」が死んでも生き続ける。血が新たな「国王」を作り続ける。
魔女は血の繋がった子供との間にも、子を産まされていた。
何百年もそのままだった。魔女は子供を産み続けた。青年の体で血に塗れ、残った肌は顔だけになってしまった。
ある日、自らの片足を千切り逃げ出した魔女が青年に会いに来た。
あの美しかった魔女の面影はどこにも無かった。片足どころか両手首から先が無くなっていた上に、長く美しかった髪は真っ白に変わっていた。
「愛してました、可愛い子。できれば、来世も」
いつかの時のように、割れた自身の唇を青年に重ねた。彼女の血を舐めた青年は、自らを縛る鎖を引きちぎり、魔女に駆け寄った。
だが、魔女は既にこと切れていた。
青年は神を食べた。彼女を愛していた。青年の世界は魔女だけだった。
髪の毛一本残らず飲み干した青年は、すべての人間を憎んだ。彼女を辱めた「国王」とその家族。周りで止めなかった人間。助けて貰ったのに魔女を売ったどこかの人間達。
全て殺してしまおう、と地下牢を壊して外に出た青年は目を疑った。
誰もかれもに魔女の血が流れてしまっている。
美しく栄えた都には、魔女の血を持つ魔法使い達が溢れかえっていた。
「私は神を殺せない」
絶望の淵で青年は涙を流した。
国中に飾られた美しい聖女像は魔女の生きた姿だった。
青年はその足に口づけて誓った。
「貴女の血が消えるのを見届けます。穢れが消える最後の一人を殺しましょう。愛しています。私の神様」
聖女の血肉を得た美しい青年が、涙を流しながら顔を上げた。
その青年は――。
「見つけた」




