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星屑のように

 慰める言葉も無く黙り込んでしまった三人に、アレクサンダーが「暗い話をしてすいません」と謝る。


「私の職人としての最後の仕事がユリさんの杖を作ることで、本当によかったと思っています」


 アレクサンダーは本心からそう言っているようだった。

 獣人が差別されてきたのは昨日今日の話ではない。一流の職人になるまで戦い続けたアレクサンダーは、ここが引き際だと決めたのだ。その決意を誰が止めることができるのだろうか。


「さて、杖の完成は野外でなくてはいけません。私の工房にユリさんを連れてはいけないので、どこか空が見えるような開けた場所はありますか?」


 アレクサンダーの言葉にニールが提案する。


「では、庭の外れにある観測塔はどうでしょう」



 ニールが『空間移動』で繋げた扉は、本邸から遠く離れた場所に建つ細長い塔の屋上だった。

 おおよそ十畳程の丸いレンガ造りの空間は、雨風をしのぐ為の半透明のドームに覆われていた。不思議に揺らめく半透明の膜の向こうに星が輝いている様は、子供の頃見に行ったプラネタリウムのようだった。


「ここが観測塔です。四代前の当主の本妻が数秘術に長けた方で、その方の研究の為に建てられました。彼女は歴史に名を刻む程優れた魔女でしたが、その血は子孫に受け継がれることが無く、この建物は誰も使っていません」

「使われてない建物ばっかだな」

「無駄に歴史があるせいで取り壊せないんですよ。全く誰の持ち物だと思っているんだか」


 ヴォルの揶揄いにニールが憮然として答えた。当主の一存で取り壊せないとは、文化財のような扱いを受けているのだろう。

 四代前、ということは少なくとも百年以上は経っている筈だが、塔は昨日まで持ち主が住んでいたかのように綺麗にされている。普通なら使わない建物は時間と共に朽ちてしまうものだ。ここまで完璧な状態で保存できているのは、魔法があるからである。

 ニールが杖を振ると、屋上を覆っていたドームが溶けて消えた。より星が明るく見える。星が近いおかげで薄暗い割には横に立つニールの表情もしっかりと見える。


「どうでしょう?」

「良いですね。これだけ空に近ければ、月の力を十分に借りれます」


 柵も無い屋上は天体観測にぴったりだ。寝転べば星が降り注ぐほど空が近い。


「何か必要な物は?」

「必要なものは持ってきています。少し物を端に移動させても良いですか?」

「もちろん」


 アレクサンダーが作業着のチョッキから杖を取り出した。十五センチ程の短い茶色の杖だ。


『そこのけそこのけお邪魔虫――退けよ(リフィル)


 アレクサンダーが杖を振ると、机や地球儀や本棚が行儀よく端に並んだ。ぽっかりと開いた空間の真ん中に立ち、アレクサンダーが鞄の中に手を入れる。


「アレクサンダーさんの杖初めて見ました」

「あぁ、獣人で杖を使うのは珍しいでしょう」

「そうなんですか?」


 百合は疑問に疑問を返す形になってしまった。


「獣人といっても二種類あります。私みたいにヒト寄りの獣人は杖を使った方がスムーズに魔法を使えます。逆に魔法動物寄り――魔獣寄りと言った方が正しいですね――の獣人は杖を必要としません。代わりにそこまで複雑な魔法は使えませんが」


 そう話しながら彼が取り出したのは、畳まれた真っ白な布だった。アレクサンダーは丁寧に布を開いていく。すると、何やらその布には青色のインクで模様が染められていた。


「魔法陣?」


 四隅をきらきらと輝く石で抑えると、模様の全貌が明らかになる。それは大きな魔法陣だった。

 恐ろしく複雑な魔法陣だった。二重線の中に五芒星が書かれているのは八咫を使い魔にした魔法陣と一緒だが、書き込まれた文字の数が違う。また、二重線の外にも小さな五芒星や月のマークが沢山書かれている。


「グレイアムの店に代々伝わる魔法陣です。古代語を使った魔法陣の中でも特に古いもので、代々の店主のみが持つことを許されます。店主は地面に魔法陣を書き杖を仕上げますが、もっと簡単な魔法陣を使います。この布に書かれた魔法陣は特別で特別な杖を、それこそ強い魔獣の杖芯を組み込んだり、特別強い魔力を浴びた杖石を使ったりする時にしか使用しません。これがあったからこそ、私たちはどんな杖も作ることが出来き、グレイアムの職人は王都で活躍し続けました。私たちの家宝です」


 百合の肩に乗った八咫が、落ち着かなそうにパタパタと羽を動かす。


「八咫?」

「すごい力を感じる」

「八咫は何か言っていますか?」


 アレクサンダーが尋ねる。八咫の声は主である百合にしか聞こえない。


「凄い力を感じるって言ってます」

「あぁ、強い力を持つ魔獣にはやはり分かるんですね。悪いものでは無いと伝えてください。さぁユリさん。杖石を」


 八咫の羽を撫でてやりながら、百合は杖を渡す。

 アレクサンダーは靴を脱ぎ、五芒星の真ん中に立った。杖石に八咫の羽根を乗せて、百合の髪の毛で器用に括り付けた。一つになった杖石たちを置いて、アレクサンダーが魔法陣の外に出る。


「離れていてください」


 空を見上げると細い細い月がある。百合の世界と同じように青く輝く月を見上げているとアレクサンダーが低い声で呪文を唱えた。


『月の名を持つ我が女神 夜を見つめる我が女神 かの者がこれからどんな困難に遭おうと その目の青きから逃れることはない 真の姿に混ざり合え かの者を助けたまえ』


 魔法陣が青く光った。百合達は思わず目を覆う。

 新しい星が生まれた程の力だった。あまりにも強い光は、領の村ではで流星が落ちたと記録されるほどだった。


 やがて光が収まり、魔法陣の真ん中には黒く光る杖だけが残されていた。

 ふらふらとした足取りでアレクサンダーが杖を取り上げる。そのまま百合へ献上した。


「貴女の半身です」


 杖を受け取ると、はっきりと自分のものだと感じれた。髪が、爪が伸びるように、自分の体から生まれる確かな存在だ。

 溢れる力をそのままに百合が大きく杖を振ると、無数の流れ星が夜空に流れた。祝福の雨だった。


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