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八咫

 三本の足を持つ烏を八咫と名付けた。日本に帰る為の道を、この子に導いて欲しいと願う名前だった。

 名を付けることで使い魔の契約は完成する。魔法陣から出ても五体満足であった事。ほっと安心するも束の間、八咫の体に異変が訪れた。


「わ、わわっ!」


 子烏の体がむくむくと大きくなったのだ。八咫自身も驚いたように百合の肩から飛びおり、数度跳ねて距離を取る。

 掌に乗るほど小さかった体は、あっという間に天井に着くほどの成長してしまった。グレーの羽は濡れ羽色の黒に変わり、艶やかに光っている。八咫の母親の大きさよりも更に大きく、天井に擦れた頭が痛そうだ。


「何で!?」

「契約が成立し、百合の膨大な魔力を取り込んだせいで器が成長したんでしょう」


 八咫の大きな体の向こうからニールの声がした。ちなみに姿は全く見えない。


「小さくさせろよ!」

「そんなの出来るの!?」

「使い魔なんだから形ぐらい変えれるだろ!」


 羽に埋もれたせいで苦しそうな声をしたヴォルが叫ぶ。一方八咫自体も急に大きくなった体に右往左往している。


「ユリー! どうしよう!」

「八咫、落ち着いて。さっきの大きさまで小さくなれる? そうじゃないと、八咫と一緒にいられないよ」


 人魚を丸掴み出来る程大きな体を、連れて歩くわけにはいかない。このままじゃエドの家にも入れないだろう。


「うーん」


 力むように力を籠めると、ポン、という金色の煙を上げて八咫が縮んだ。先ほどよりかは大きいが、何とか肩に乗れる小さめのサイズに変化した。


「どう?」

「ばっちり」


 手を伸ばし八咫を抱きしめる。嬉しそうに鳴いた八咫は、そのまま百合の肩まで移動した。家族の温かさを感じれるここが、彼のお気に入りの場所なのだろう。


 落ち着いた所で、目の前の三人を見る。ニールは髪が乱れているぐらいだが、ヴォルは圧迫されていたので壁に背を預けて苦しそうに息をしている。

 そしてその足元。誰よりも小さな体のアレクサンダーは、完璧に伸びてしまっていた。



 空間移動で屋敷のティールームまで戻ると、相変わらず完璧なタイミングでローゼスがお茶を用意していた。

 長椅子にアレクサンダーを寝かせて、目覚めるまでは軽食を頂くことになった。窓の外はもう暗く、そろそろ帰らなければエドが心配するかもしれない。

 スコーンを片手に百合がそわそわし始めると、察したようにヴォルが「エドには連絡を入れておいたぜ」と言った。


「何て言ったの?」

「人魚が笛を吹いて呼び出された。楽しそうにしているから帰るのは遅くなりそうだ。俺が護衛をしてるから安心しろ、こんなもんだな」


 エヴァには申し訳ないが、それ以上の言い訳は百合には思いつかなかった。無駄に心配させるのも申し訳ないのでその(アリバイ)に乗らせてもらおう。


 そんな話をしていると、アレクサンダーが目を覚ました。

 気絶してしまった事に恥ずかしそうに謝っていたが、さっぱりとしたレモンティーを飲むと少し落ち着いたらしい。


「小さくなれたんですね」

「使い魔だったらできるらしいです」


 使い魔は主人の魔力を糧にし、思い通りに姿かたちを変えれるものだそうだ。

 気絶している間、八咫がどれぐらいのサイズになれるかを確認したが、幼い脳ではまだコントロールが上手くいかないようだった。百合を乗せて飛べる巨大なサイズか、肩に乗る小さなサイズしか出来なかった。こればっかりは八咫が成長するのを待つしかないだろう。

 隣で「ネズミだー! おいしそう!」と言っている声はアレクサンダーには届いていない。使い魔の声は主人にしか聞こえないのだ。

 百合は何も言わず八咫にメアリーが用意してくれた木の実をテーブルの上に置いた。八咫は嬉しそうについばんでいる。


「ユリさん杖石を貸して貰えますか」

「はい」


 ホルスターから杖を抜き取り渡す。アレクサンダーは手先で杖石を転がしながら、じっくりと眺めて満足そうに頷いた。


「何度か魔法を使いましたね。持ち主から離れていた割にはしっかりと熟成している」

「分かるんですか?」

「えぇ、杖がそう言っています。もう少し時間を置かないといけないかな、と思っていましたが、この状態ならもう杖に出来るでしょう。タイミング良く、今日は新月です」

「月の満ち欠けが関係あるんですか?」


 新月は満月の反対で月が見えない夜のことだ。

 何となくまん丸な満月の方が縁起がよさそうな気もする。


「新月は物事を始めるのにとても良いんです。新たな杖の誕生には新月がふさわしい。早速今夜杖を作ってしまいましょう」


 アレクサンダーは立ち上がり、使い込まれた皮の鞄からガラス瓶を取り出した。


「ユリさん髪の毛を失礼しても良いですか?」

「もちろんです」


 首をすくめてアレクサンダーに頭部を差し出す。椅子に座った百合と立ち上がったアレクサンダーでは、丁度良い身長差で作業がしやすそうだ。

 少し迷う素振りを見せて、アレクサンダーは髪の毛を一本引き抜いた。長い真っすぐな毛をガラス瓶に収める。


「では次は八咫の羽を貰います」

「えー痛いのヤダよ」


 八咫がそう言って逃げようとする。百合は八咫の体を捕まえて「一本だけだからね」と窘めると、しぶしぶといった様子で暴れるのを止める。


「使い魔の羽根を使うのなんて、これから先も二度とないでしょうね」


 アレクサンダーは静かに興奮しながら、八咫の羽をそっと抜いた。

 髪を抜くような感覚だ。たいして痛くもないだろうに、八咫は大げさに「痛いよー」と百合にすり寄った。甘えん坊の背中をよしよしと撫でてやる。


「杖石、本人の毛髪、杖芯、全て揃いました。早速杖を作りましょう」

「ってここでか?」

「えぇ、ご迷惑でなければ。どうでしょうか?」


 ヴォルの言葉に頷いたアレクサンダーが、上目遣いでニールを見る。


「私は構いませんが……職人に代々伝授される特別な魔法なのでは?」

「いいんです。ついに今日王都から出て行くように通達が来ました。十五代続いたグレイアムの杖店も私の代でおしまいです。私みたいな獣人を跡取りに選んでくれた親方に申し訳ないです。なので、皆さんにはこんな魔法があったのだと知っていて欲しいんです。できればそれを、忘れないで欲しい……」


 アレクサンダーが寂しそうに言った。ピンク色の小さな職人の手は強く握り締められていた。


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