使い魔
エヴァとシンに手を振って、ヴォルの『空間移動』でニールの屋敷を訪れた。
執事のローゼスとメイドのメアリーは、突然の訪問に驚いた様子であったが、丁重に二人をもてなした。
長い廊下を渡り、通されたのは入ったことが無い部屋だった。
入ってすぐの広い机の前にニールが座っていた。羽ペンを忙しそうに動かしている。ここはニールの執務室だとヴォルが教えてくれた。
重い飴色で統一された家具は、シンプルだが細部に華やかな彫刻がなされている。光を反射するほど磨かれているが、どこか古びた印象もある。アンティークの物なのだろうか。
「呼び出されたのではなかったのですか? エドは?」
机に向かっていたニールが顔を上げる。
「エドじゃなかった。エドがこいつに笛を貸しててな、黒烏にもう一度襲われた時に吹いたらしい」
どかり、と勝手にソファーに座り込んだヴォルがメアリーから紅茶を受け取る。
黒烏に襲われたと聞き、ニールは端正な顔を歪める。
「知性がある魔獣はこれだから厄介だ。怪我は無いですか?」
「ありがとうございます、今回は特にありません」
「俺が一撃入れて、黒烏を追い払ったんだが、こいつ巣まで乗り込んで自分の杖を見つけてきたぞ」
「見つかったのですか?」
「はい、この通り」
百合はポケットから杖を取り出しニールに見せた。
杖から放たれる魔力の残滓に百合の気配がする。ニールは深く頷いた。
「確かにユリのですね。しかし無理をする。襲った黒烏は?」
「巣の中で死にました。それで、その、巣の中に雛が居まして」
しどろもどろに答える。自己紹介するかのように、肩の上で子烏がピイと鳴いた。
黒い長髪に隠れていたので、ニールは気づいていなかったようだ。驚いたかのようにペンを置いた。
「まさか連れて帰ってきたのですか?」
「連れて帰ってきたというか、いえ、はいそうです」
百合は言い訳をするのを諦めた。事実そうだ。
「野生の魔獣を連れて帰るなど。人のニオイのついた魔獣を同種は嫌います。この子は野生に返せないかもしれない……」
ニールは低い声でつぶやいた。
助け船を出すようにヴォルが続ける。
「と言っても、親も死んじまったし森に返しても死ぬ確率の方が高いと思うがな。それでな、こいつを使い魔にしたらどうだ」
「何故?」
「良く見て見ろ」
ニールは立ち上がり、百合に近づく。子烏をのぞき込み、その異質さに一歩後ずさった。
「変異種……」
「まだ雛だが、森に返して生き延び、これから成長して魔法を覚えたら厄介だ。その前に百合の使い魔に設えてしまった方が良いかなって。それに変異種の使い魔なら、ユリの魔力に耐えれるんじゃないかと」
「成程、杖芯にするのですね」
「あぁ、どうだ?」
相変わらず話が早いな、と百合は心の中で思う。
ニールは顎の下に指を添えて考え込む。
「……悪くないかもしれません。杖石と同じく杖芯の素材もアレクサンダーに色々集めて貰っていますが、使い魔なら自分の分身です。拒否反応が起きる筈もない」
「ならアレクサンダー呼んでくる」
「待ちなさい、連絡もしていないのに失礼ですよ」
「アレクサンダーならヒマしてるだろ。それに杖の事ならあいつはいの一番に飛んでくるさ」
そう言ってヴォルは『空間魔法』でアレクサンダーの元へ行ってしまった。
早すぎる展開に話に一人ついて行けない百合は、閉じた扉をぼうっと見ていた。
「全く、あの子は段取りや順序というものを知らない」というニールの呆れた声で意識を取り戻す。
「あの、使い魔って」
「えぇ、帰ってくるまで少し時間もあるでしょうから、お茶でも飲んで説明しましょう」
ニールは一人掛けのソファーに座った。百合もその向かいの長いソファーに腰かける。
「ドレス似合っていますよ。今日は何処かへ出かけていたんですか?」
貴族らしくお世辞から話は始まった。
「人魚のエヴァとティーパーティーをしていました。そうだ、メアリーさん、いろいろありがとうございました。おかげ様でパーティーは上手くいきました」
「それはようございました。お嬢様に喜んでいただけて、私たちは嬉しく思いますよ」
紅茶を注ぎながらメアリーはにっこりと笑った。淡い色のミルクティーは初摘みのウバだ。ミルクの甘さの中にメンソールのようなすっきりとした後味がある。
お互い喉を潤した所で本題に入る。
「さて、使い魔の話ですが、ユリさんは使い魔と言ったらどんなイメージがありますか?」
「うーん、黒猫とかそれこそ烏で魔女の言うことを聞く僕のイメージですかね? あとはおしゃべり?」
百合のファンタジー知識では、使い魔は魔女の手下や陰陽師が使う式神のような感覚が強い。前者は良くしゃべり、後者はしゃべらず黙々と命令を熟すイメージだ。魔女の肩に乗った烏などは、創作物の中ではおしゃべりの代表のようなものだ。
「この世界の使い魔は、魔獣のみです。そして魔法使いが契約した魔獣の事を「使い魔」と言います。使い魔は契約者と協力関係であり、一心同体。使い魔は契約者の手となり足となり仕えます。知能は高いものが多いですね。何より、魔法契約ですから相手と意思疎通が出来なければ契約が結べません。いや、契約を結べないことは無いんですが、嫌がる虎を抑え込み無理やり首輪をつけるようなもので、かなりの反発があります」
頭の中で人間と虎が取っ組み合いをしているイメージが浮かぶ。それは反発が大きそうだ。
「魔獣にとってのメリットは魔力が強くなることのみです。ですが使い魔に選ばれるような魔獣は魔法が使える場合が多いですし、魔力が多少強くなった所で自然界では縦社会がきちんと出来ているので使う機会も少ない。何より主人が死ねば自分も死にます。その上契約をしているので主人の命令は絶対です。逆らうことは出来ない。それでも何故魔獣が使い魔になるかと言うと、単純に主人の事を好ましく思っているからです。好きな相手だからこそ命令されても嫌に思わないし、力を貸そうと思います」
信頼関係と愛情をもって相手と契約するということか。魔法とは違った難しさがありそうだ。
「魔力が薄まっている今、使い魔を扱える魅力的な人物は少ないでしょう。私は使い魔は持っていません。ですがユリの聖女の血なら、莫大な魔力を賜りたい魔獣が使い魔になってくれるかもしれません」
「この子にそれが出来るかなぁ」
百合の不安もつゆ知らず、雛はピイピイと鳴いている。変異種といっても、百合にはその恐ろしさは見えない。可愛いふわふわの毛玉だ。
「魔獣の本能に刻まれていますから、出来るでしょうね」
ニールが『飛べ、魔術書』と杖を振ると、扉の隙間から赤い分厚い本が執務室に飛び込んできた。
「使い魔の契約魔法は、魔法陣です。魔法陣は本人が書かなければいけません。さぁ、お勉強の時間です」
ニールのにっこりとした笑顔に百合の顔が引きつった。そのままずるずると図書室まで運ばれていくのであった。




