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子烏(2)

 その甘えるような甲高い声は、百合の右ポケットから聞こえた。

 まだ柔らかい爪で布地をひっかけ、ポケットからひょっこりと顔を出す。

 毛むくじゃらの頭を見下ろしたヴォルが、ぎょっとしてたように目を剥く。


「お前何連れて帰ってきてんだ!」

「あぁ……忘れてた……」


 ポケットに手を入れると、短い三本足で一生懸命によじ登ってきた。こそばゆさを我慢し、エヴァやシンにも見えるようにしゃがみ込んで掌を広げる。


「襲ってきた黒烏(クロクロウ)の子供」

「うわぁ、カワイイ!」


 エヴァがふわふわの子烏を見て目を細める。確かに動物の子供というのは、総じて可愛らしいものだ。この子烏もどこもかしこも丸く出来ていて、無条件に触りたくなってしまう。

 褒められたのが分かったのか、子烏はピイピイと機嫌よく鳴く。

 百合は左のポケットから杖を取り出し、事のいきさつを語る。


「黒烏はあのまま巣に帰って息絶えたわ。その巣の中に杖とこの子がいたの。連れて帰るつもりは無かったんだけど、血の匂いに釣られた魔獣が襲ってきたからつい……」

「魔獣?」

「耳の縁と尾の先だけが黒い豹みたいなの」


 濃い血の匂いと肉の咬み千切られる音は、今思い出しても肌が粟立つ。

 身体を震わせる百合の隣で、ヴォルが絶句していた。引きつった顔は驚きと恐怖が混ぜ合わさった奇妙な表情だ。


「おま、それ翔豹(クーガー)じゃねぇか……」

翔豹(クーガー)?」

「肉食の跳躍力が高い魔獣だ。一度のジャンプで何十メートルもある木の上に登り、木から木へ移動する。その姿がまるで空を飛んでるみたいだからそう呼ばれている。走るスピードも陸上ならトップクラスに速い。鋭い爪と牙で獲物を捕らえて頭から丸ごと食っちまう。襲われたら人間なんて半分に千切られるぞ」

「ちょっと魔獣凶暴すぎない?」

「縄張りを荒らしたのはこっちだろ? 向こうだって生きるのに必死なだけだ。しかしこの森は色んな魔獣が住んでるみたいだな……今までエドは襲われた事なんて無かったのに」


 ヴォルのボヤキにエヴァは首を傾げる。


「確かにこの森は色んな魔獣が住んでるけど、でも湖のこっち側で人間は見た事ないよ? それこそユリぐらい」

「オレも人間は見た事は無いな。人魚狩りがされたのももっと海側にある湖って聞いている」

「と言うことは……オストラは魔獣を狩りに行かないから、そのままの生態系が残っているってことか」

「そういう事だろうね」


 百合は改めて子烏をのぞき込む。グレーのふわふわの羽毛に小さな嘴、エヴァより明るい丸い金色の目をしている。

 そこで百合は動きを止めた。


「金色の目!?」

「それがどうした」


 急に大声を出した百合にシンが尋ねる。


「黒烏の目って真っ黒な筈なんだけど、この子金色の目をしてる」

「あぁ!? 変異種じゃねぇか!」


 ヴォルの叫び声に驚いた子烏が身体を縮こませる。縋るように百合のローブの袖に爪を立てた。


「どうしよう! 巣に返した方が良い!?」

「親死んじまってるんだから巣に戻しても仕方ねぇだろ。それに巣の周りにまだ翔豹(クーガー)が居るかもしれねぇから止めとけ。お前が危ない」


 焦る百合とは反対にヴォルは眉間に皺を寄せた。鋭い眼光で子烏を睨みつけた。


「変異種をそのままにしておく訳にもいかない。黒烏の変異種は魔法を覚えて攻撃してきた例があったはずだ。可哀想だけどここで殺すしかないな」


 ヴォルが一度仕舞った杖を再び抜く。杖先を子烏に突き付けた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! まだ子供よ!? 何もしていないのに!」

「何もしていない子供が大きくなったら何かするかもしれないだろう。負の可能性は早く摘むに限る」

「可能性だけで命を奪うの!?」


 百合の悲痛な叫びに、ヴォルは息を止めた。


「自分を襲ってきた魔獣を倒すのはまだ理解できる。だって自分の命を守る為だもん。でも何もしていないのに殺すなんて、一方的に命を奪うなんて、弑逆と何が違うの!?」


 ヴォルは何も言えなかった。

 ヴォルの瞳の裏に血を吐く金髪がちらつく。毒の回った体は痙攣していた。自分に仇名すからと摘まれそうになった命だ。

 自分は今、あの女と同じことをしようとしていたーー?


 子烏は味方が誰か分かっているようだ。小さな三本足で百合の肩までよじ登り、首筋にひっついた。百合もかばうように手を添え、小さな命を隠す。


「そうだな。……そうだな。オレが間違っている。悪かった」


 ヴォルが杖を下ろした。ピリピリとした空気も霧散する。百合は詰めていた息を大きく吐いた。


「よかったね、お前」


 首筋で子烏も嬉しそうにピイと鳴く。


「じゃあお前が責任もって飼えよ」

「え?」


 百合は顔を上げる。飼う? 黒烏を?

 意味が分からずそのまま言葉を返してしまう。


「飼うってこの子を?」

「一生を背負えないなら、動物なんて拾うなってことだ。お、イイ事思いついた」


 真剣な表情から一転してヴォルがにやりと笑った。何かを閃いたようだった。


「パーティーはお開きだ。ユリ、ニールの所に行くぞ」

「えー! ユリもう帰っちゃうの?」


 成り行きを見守っていたエヴァが不満そうな声を上げた。


「悪いな、お姫様。こいつは借りていくぜ」


 ニールが杖を振ると、手元に大きな花束が現れた。赤や緑、黄色に水色など、目にも鮮やかな花が、エヴァの目と同じ金色のリボンでまとめられている。


「参加できなかったパーティーの、本日の主役に。王子様との時間を大切にな」


 両腕からこぼれんばかりの花束を手にしたエヴァは、ぽーっと夢見がちな顔でヴォルを見上げる。その瞳にハートマークが浮いている様子を見て「タラシめ……」と百合は呟くのだった。


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