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黒烏、再び

 穏やかな時間はそこまでだった。

 バサバサと風を切る大きな音がした。水面に影が差す。エヴァとシンが踊るのを止めて頭上を見上げると、すぐそこに巨大な黒い鳥がいた。


黒烏(クロクロウ)!」


 黒烏は真っすぐエヴァだけを見ていた。百合は「獲物に対する執着心が強く、一度ターゲットに定めた獲物は、しつこく狩り続ける」という本の一文を思い出す。

 そして黒烏の胴を見てみると、黒の羽毛の剥げた部分がある。間違いなく、エヴァと百合を襲った個体だ。


「グガァア!」


 黒烏が興奮しきった声で鳴くと、衝撃で水面に大きな波紋が広がった。

 大きな翼を広げて一瞬の静止の後、三本の足を迷うことなく降下させる。黒い目が狙うのは唯一人、エヴァだ。


「エヴァに近寄るな!」


 前回の二の舞になるかと思ったその刹那。シンがエヴァを腕に抱きこんだ。

 シンが天に掲げた掌に、青く輝く水球を作り出した。グルグルと回転するバレーボール程の大きさの水球を、突進してくる黒烏目掛けて勢いよく振り下ろす。

 

「ギャウアァア!」


 ありったけの力を込めて圧縮された水球が、黒烏の顔面に直撃する。警告ではなく痛みで大声で鳴き、黒烏は羽を振り回して暴れ藻掻いた。


「ユリ逃げて!」


 エヴァの手からも水球が放たれた。シンの攻撃とは違い、散弾のように水が散り別れ、衝撃で小さな爆発が起きる。左の翼に広範囲に当たり、激怒した黒烏がまた大声で鳴く。尖った嘴をエヴァに向かい勢いよく振り下ろした。


「危ない!」


 百合はシャツの襟に手を突っ込み、朝エドに貰った笛を思いっきり吹いた。

 ピイイイという、自然には無い甲高い音が森中に響き渡る。嫌そうに黒烏が羽ばたきを強くする。そして百合をぎろりと睨みつけた。

 ターゲットが移った。百合は太もものホルスターから杖を取り出し、大声で挑発する。


「かかってきなさい!」

「ダメ! ユリ逃げて!」


 エヴァの願いも虚しく、空中で羽を畳んだ黒烏が、弾丸のような速さで百合に向かって飛んでくる。百合の肩をえぐったあの早い突進攻撃だ。肩の痛みと飛び散る血がフラッシュバックする。

 瞬きの間に黒烏が目前まで距離を詰めてきている。恐ろしさで引きつる目が、黒烏の細かな動きを捉えた。震える指先を抑え込んだ百合が、息を吸い呪文を発しようとした時だった。


「あんまり無茶するんじゃねぇぞ」


 目の前に大きな壁が立ちはだかる。その白い壁は、百合を守るように大きく手を広げた。


「『巨大盾よ(スクタム・)はね返せ(ポンテンツ)』」

「ヴォル!」


 ヴォルの杖から青色の光線が飛び出し、巨大な盾を作った。

 壁だと見間違うほどの大きな背で百合を守りながら、黒烏の攻撃を正面から受け止める。みしみしと筋肉の軋みが聞こえるようだ。

 盾に弾かれた黒烏が体制を崩す。魔獣の隙をヴォルは見逃さなかった。


「聖女に手ぇ出した地点で、お前は国の討伐対象だ。恨むなよ。『槍よ(メルセルト・)突き刺せ(ハスター)!』」


 黒烏の胴を、一本の赤い閃光が突き刺した。空洞から血が飛び散り、湖に真っ赤な雨が降り注ぐ。そのまま黒烏は力を失ったかのように全ての活動を止め、湖面に落下した。

 上がる水柱を無感動に眺めたヴォルが、百合に振り返る。


 ヴォルは見慣れない服装をしていた。

 いつもは白いシャツに濃い色のパンツ、膝ぐらいのローブを羽織ったラフな格好だ。

 だが今日は、地面に着きそうなぐらい長いローブの色は純白。中は青色のスーツのような格好に見えるが、その上に冷たい銀の鎧を重ねている。剣でも腰に差していれば、騎士に見えるだろう。

 黒烏を殺めた冷徹な表情といい、まるで別人のようで百合は短く息を呑んだ。


「怪我は?」

「あ、ありがとう。大丈夫。でも何でヴォルが」


 百合が一歩引いたのが分かったのだろう。

 整えられた髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜると、殺気を納めた。

 いつも通りのすこしおどけた声色で問いかける。


「こっちの台詞だ。なんでユリがエドの『呼び出しの笛』を持ってるんだ?」

「出かける時にエドが貸してくれたんだけど……これ魔獣対策の笛じゃないの?」


 百合は胸にかけた笛をしげしげと眺める。一粒あしらわれた石が、太陽に反射してきらりと光る。ヴォルの燃えるような赤髪と同じ色だ。


「それは魔法具だ。吹けば俺が駆けつけるようになってる」


 魔法具なんだ、と返そうとしたその時だった。


「ユリ! 黒烏が!」


 二人の間にエヴァの声が割り込む。

 死んだとばかり思っていた黒烏が、突然起き暴れ出した。鮮血を飛ばしながら藻掻いていたのかと思うと、死の間際最後の力を振り絞って飛び立つ。

 またエヴァが狙われる! と思ったが、黒烏はそのまま森の方へふらふらと飛んで行ってしまった。

 それを目で追いかけていると、杖を構えたままだったヴォルがローブの胸ポケットに杖を仕舞った。


「巣に帰ったんだろう。あの傷の深さじゃ必ず死ぬから、追いかける必要もないな」

「巣……」


 その言葉を聞き、百合は走り出す。

 靴を履き、畳んでいたローブを着込む。熊手を取り、跨った。


「おい! 待てユリ!」

「巣を見つけてくる! 私の杖があるかもしれない!」

「戻れ! クソッ! 俺箒は持ってきてねぇんだよ!」


 止めるヴォルを無視し、勢いよく飛び上がる。そのまま黒烏が消えて行った方角へ熊手を進ませたのであった。


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