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赤い線と思いつき

 ニールもヴォルも仕事に行っている日中は、屋敷は静かなものである。

 留守を預かる執事のローゼスとメイドのメアリーは、慌てず急がずゆったりとした動作だが、いつも働いている。あっちで掃除をしていたかと思えば、こっちで郵便物の仕分けをしている。

 だが、百合が休憩をしようと思った時にはすかさず現れて、お茶とお菓子を差し出して行くのだ。そのタイミングの良さや、屋敷中に監視カメラを設置して常に監視してると言われても納得出来る程である。


 熊手の熊ちゃんは森に一人(一本?)で置いて行かれたのが寂しかったのか、百合の行く所行く所に着いてきている。ふわふわと勝手に飛び、意志がある物というのは何とも不思議なものだ。話せこそしないが、ボディランゲージでおおよその喜怒哀楽ぐらいは分かる。くねくねしている時は大体楽しそうだ。

 不気味だとは思わない。背中に乗せてくれる可愛いペットだと思えば、愛嬌があるものだ。


 百合は今日も書斎に籠っていた。昼食を済ませた後、ニールに言いつけられた「盾の呪文」の論文を纏める作業を済ませたので、今は自由時間だ。

 しかしこの年になってレポートを書くとは思わなかった。パソコンも無い中でノート五枚分のレポート作成は中々骨が折れた。今も手首がだるいので、プラプラと手を振っている。


 百合は書架の間を歩き回り、本棚から目ぼしい本を抜き出しては座り心地の良い席に座り読むことを何度も繰り返していた。もうすでに前方が見えない程本を積み上げているが、手元のノートは真っ白である。

 調べているのは人魚の鱗についてだ。

 剥げてしまった鱗の再生方法を探しているが、書かれているのは鱗の活用方法ばかりだった。それどころか、人魚は過去魔薬の素材や鑑賞用の為に乱獲されたという一文と、やけにリアルな解剖の挿絵を発見してしまい、嫌な気分になった。


「『約三十年前に魔獣保護法が成立し、人魚の乱獲は禁止された。だが今でも秘密裏に売買がされている事実もある』か」

 法律で禁止されたのはつい最近の事だ。シンの人間嫌いはもしかしてこの歴史に関係があるのかもしれない、と考えながら本を閉じた。

 明後日にはニールの屋敷を出てエドの家に帰る。別れたきりのエヴァはどうしているのだろうか。辛い目に合っていないことを願うばかりである。


「インターネットが恋しい……」


 指先一つで何でも検索できる世界で生まれたせいで、一冊一冊中身を確認し調べるのは非効率に感じてしまう。


「ダメだ、無い」


 「水辺の魔獣」と書かれた本を閉じる。

 本の虫であるニールはこの家の蔵書数の多さは国内でも指折りだと言った。これ以上本があるのは王都の都立図書館か、王宮の中にある王宮図書館ぐらいだと言っている。


「うーんこれも違う。違う棚を探した方が良いのかな……」


 机の上に置いてあった大量の本にめがけて『浮かべ(アニーモ)』と木の杖を振ると、ふわふわと本が浮かび上がり、元にあった高い棚に収まった。

 ニールが勉強用に貸してくれている「基礎呪文学(Ⅰ)」の最初の方にあった浮遊呪文だ。呼び寄せ呪文とセットで真っ先に覚えたのだが、細かいコントロールが難しい。気を抜くとすぐに本が勢いよく飛んでいってしまうのだった。

 ヴォル曰く「強い魔力を全く生かせていない。魔力のコントロールが下手すぎる」そうなので、時間さえあればふわふわと物を浮かせる練習をしている。

 百合は呪文の練習も続けながら、新しい棚へと向かった。



「ダメだーやっぱりない!」


 日が暮れて、魔法の蝋燭が部屋を明るく照らす時間まで書斎にこもって調べてみたが、人魚の鱗の再生方法は見つからなかった。百合はがっくりと肩を落とす。


 「巻き戻しの薬」という、人体が破損した際に部位にかければ再生する魔薬を見つけたが、良毒草という名の毒なのかそうで無いのか分からない薬草や、二つ目大蒜、マンティコアの尾など扱った事の無い素材ばかりなので諦めた。しかも熟成時間が丸三日かかるのに、作ってから一晩で効果が無くなるらしい。そんなにタイミング良く怪我ができるのだろうか。魔薬は時々不便だ。


「エヴァ落ち込んでるよね……」


 エヴァは本当に楽しみにしていた。大きな目をキラキラ光らせて、好きな人に会える喜びで頬は薔薇色に染まっていた。

 せめてパーティーだけでも行かせてあげたかったな、と考えた所でガバっと起き上がる。


「そうだ! パーティーをしよう!」


 思いついたひらめきが、落ち込むエヴァを少しでも元気づけれたら。ついでにシンと仲直りも出来る筈! と百合は荷物を纏める。


「イタッ!」


 ノートを鞄に詰めようとして走った鋭い痛みに、思わず指を抑えた。視線を指先に落とすと、左手の人差し指の付け根に細い線が走っていた。


「あーやっちゃった」


 紙で切った傷は、小さな傷の癖に嫌になるぐらい痛い。

 ノートに血が付かないようにティッシュを探すが、残念ながら見当たらない。

 見る見るうちに血が滲み、ぷっくりとした鮮血が流れる。仕方なくハンカチで抑えようとした時だった。


「あ」


 赤い赤い血を見て思い出す。

 ――聖女の血。

 百合自体、自分自身が聖女であることに半信半疑だ。

 それでも、もし、もしも本当なら。

 もしかしたらエヴァの鱗を治療できるかもしれない。




「ローゼスさーん! メアリーさーん!」

「どうなさいましたか、お嬢様」


 丁度夕食の用意をしていた二人は、食堂に走ってきた百合を見て食器を並べる手――実際は杖だが――を止めた。


「あの、教えて欲しい呪文があるんです!」


 ノートに書かれたイラストを指さし、百合は相談を始めた。


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