運命の石
翌日、手紙を受け取ったアレクサンダーがヴォルに連れられてニールの屋敷を訪れた。
百合の体調を鑑みて、今回はティールームではなく百合の部屋への訪問となった。
「ユリさん、体調はいかがですか? これ、大したものじゃないんですけど……お見舞いの品です」
そう言ってアレクサンダーが差し出したのは、ヒマワリの花束だった。
「うわぁ! ありがとうございます! 嬉しいです!」
行事以外で男性から花束を貰ったのは、何気に初めてだった。アレクサンダーの顔が隠れる程の大きな花束は、杖を失くし落ち込んでいた百合に元気を与えてくれた。
喜ぶ百合を見て、アレクサンダーはうれしそうにしっぽを揺らした。
だが百合の杖の話になると、ご機嫌なしっぽもぺたりと床についた。
「せめて髪を埋め込んでいれば良かったんですが……」
「そうなんですか?」
「髪を埋めた時点で、本当に体の一部になりますからね。離れていても分かるそうですよ」
「へー。そういうものなの?」
「そういうもんさ」
ヴォルもニールも頷いているので、魔法使いにとってはそういうものなのだろう。
「前回と同じく黒瑪瑙をあるだけ用意しました。これで代用できると良いのですが」
アレクサンダーから石を受け取り、次々と魔力を流してみる。
黒瑪瑙はやはり百合の魔力に合うようだ。だがしかし、なんだか物足りないような気がする。前回の時は、もっと杖石自体に温かみを感じたはずだ。
小首を傾げた百合に「あぁ」とアレクサンダーが首を振った。
「石にも木にも、それぞれ過ごしてきた時間があり、同じ素材であっても使用者に合う・合わないがあります。前回のはユリさんの魔力にぴったり合ったんでしょうね。実に惜しいです」
「あぁ、本当に何処行っちゃったんだろう……」
二人は揃って肩を落とした。あの杖石は運命の石だったのだ。
鬱蒼とした気分を切り替えるかのように、ヴォルが大きく手を叩く。
「無くなっちまったもんはどうにもなんねぇよ。今出来ることからやろうぜ」
前向きなヴォルの言葉は気持ちを前向きにするが、杖作りは振り出しに戻ってしまったのだった。
静養の為三日間はベットから出れなかったが、四日目からは屋敷の中なら歩いても良いと許可を貰っていた。
百合は運動がてらにニールの屋敷を歩いて回っていた。
ニールの屋敷は、自身が治める領土の端に建っていた。石造りの屋敷は広大だ。代々芸術を愛する者が主であったが故に、ただの廊下であってもまるで美術館のようにあちらこちらに美術品が飾られている。
そんな中でも、百合は一番のお気に入りの部屋に来ていた。
「えーっとこのあたりかな……」
ここは百合がニールに魔法を教えて貰っている書斎だ。ずらりと天井まで並ぶ本棚に、憧れの移動式のはしご。古い本の匂いのする吹き抜けの部屋は、図書館と呼んでも良いような規模だ。
本は知識の泉だ。
今、百合に足りないのは知識だ。この世界の常識も、魔薬の事も魔法の事も分からないことだらけだ。エドの家でも時間がある時には目についた本を片っ端から読んでいる。
学ぶことが多い百合にとって、書斎は天国のような場所だ。
生物の本の収められたあたりをうろうろする。「魔獣の生態」と書かれた本を抜き取り、黒烏の項目を読む。
「『黒烏。黒く巨大な怪鳥。極めて高い知能を持ち、学習能力が高い。帰巣本能が強く、巣の中で子供を育てる。繁殖期は春~夏にかけて。生涯に一匹しか子供を産まず、愛情深い生き物でもある。特徴としては光る物を好む。これは光る物を捉えやすい目の構造をしている為である。巣の中には黄金が隠されているとして、過去乱獲が行われたが、現在は禁止されている』知ってることしか書いてないな……」
別の「鳥の魔獣について」という本を手に取ると『繁殖期には狩りを頻繁に行う。雛は食欲旺盛で、時には人間を食べることもある』と書かれている。
「お、『光る物は好きだが、目が良い為強すぎる光を嫌う。また、音にも敏感な為、遭遇した際は大きな音を出せば逃げていく。が、獲物に対する執着心が強く、一度ターゲットに定めた獲物は、しつこく狩り続けるという』熊みたいな性格……」
もう一冊別の本を手に取ると『過去、その学習能力の高さからヒトと同じ魔法を使う個体が現れたことがある。魔獣は強い魔力を持つが、ヒトと同じ魔法を発することは無かった。この個体は黒の羽に金色の目を持った突然変異であると思われる』と書かれていた。
「少なくとも突然変異体では無いってことか……よかった……」
百合は本を閉じる。
エヴァもニールも「黒烏は光物が好きだ」と言っていた。
百合の杖は天眼石で出来ており、鈍く光っている。もしかしたら、巣に持ち帰っているのかもしれないと思い、本で生態を調べていたのだ。
調べ終えた結果、可能性はゼロではなさそうだ。とはいえ、巣が森の中のどの辺りにあるのかも分からない。そこに杖があるかも分からない状態では、探すのは不可能だろう。
「あーー」
べとり、と机に顔を伏せる。やはりあの杖が恋しい。
まだ杖としての機能はなくとも、肌身離さず持ち歩いていたのだ。またアレクサンダーから新しく持ち主の無い杖を借りてはいるが、やはり物足りなさがある。
「エヴァも大丈夫かな……」
口うるさいシンが居れば、心無い中傷から守ってくれるだろうが、あんなに楽しみにしていたパーティーに行けないのは可哀想だ。
色々考えると、ますます気分が落ち込んでしまう。
「だめだ、ずっと屋敷に引きこもっているから余計な事しか考えれないんだ……少し散歩しよう」
気合を入れて体を起こし、立ち上がった。




