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輝く金色の魔力

 男が移動の為に用意したのは馬車だった。


 フェアリーゴットマザーがシンデレラの為に用意したのはカボチャの馬車だったが、男が用意したのは深い赤と金で塗装された高級そうなクーペだった。

 扉の所に剣のようなマークが描かれていた。

 一頭の馬が足を揃えて行儀よく立っている。百合はぎょっと目を見開いた。

 よく見ると馬には(たてがみ)と同じ黑色の羽が生えていた。

 驚くのはそれだけではない。百合の腰ほどの背丈のカエルが横に立っている。鞭を持ち燕尾服を着た二足歩行のカエルが、被ったシルクハットを取り恭しく礼をした。


 もちろん馬車になど乗ったことはない百合が男に続き恐る恐る乗り込むと、馬車の中は不思議なほど広かった。

 外から見た大きさでは大人が二人乗るのが限界だという大きさだったが、座席は百合が足を延ばしても余るほど大きく、また天井も長身の男が腰をかがめる必要のないほど高かった。


 ローテーブルを挟み合って座ると、馬車が動き出した。

 動きは滑らかで、窓の外の景色が流れていなければ止まっていると思っただろう。


「何か飲みますか?」

「え、あ、はい」


 向かい合った男が目深に被ったローブを取った。

 プラチナブロンドの髪が、美しく輝いた。

 角度によっては黒くも見える深い深い緑の目が、百合を見つめた。

 百合より年上の、恐ろしく造形の整った男だった。

 微笑んでいるがどこか冷たく、真冬のつららのような鋭い雰囲気を持っている。


「紅茶は飲めますか?」

「はい」


 男が太ももに固定されたホルスターから杖を引き出し一振りすると、テーブルの上には飴色の紅茶と焼き菓子が現れた。


 ここまで来ると流石に理解する。

 間違いない、これは魔法だ。

 と百合は生唾を飲み込んだ。


「申し遅れました。私はクジャ・カブラス。ベルブレイユ王国の宰相を務めております」


 胸に手を当て頭を下げると、一つにまとめて横に流した金糸が、さらりと揺れた。


「……リリーです」


 名乗られた以上返事をしないわけにもいかず、百合はネット上で使っているハンドルネームを名乗った。

 クジャの西洋風な衣装や顔立ちからして、和風ファンタジー小説でありがちな真名を握られると眷属にされる、といったことはなさそうだが、念には念を込めてだ。


「リリー様、美しい名前ですね。何物にも汚されない清らかな聖女に相応しい。さぁ紅茶をどうぞ。そんなに警戒なさらずとも、私は貴女に危害を加えることは致しません」


 クジャの細い指がカップを取る。

 百合もカップを手にしたところで掌にべっとりと着いた血に気づき、ひっ、と声を上げた。


「あぁ、血がついてしまっていたのですね。気づかず申し訳ございませんでした。『穢れを禊たまえ――清めよ(ルストレート)


 クジャが杖を振ると、血が消え去った。

 石鹸で手を洗ったときのようにさっぱりと洗われている。錆びた血の匂いもしない。


「これでどうでしょうか?」

「ありがとうございます。あの、倒れていた子達は無事なんでしょうか」

「えぇ、彼らは12人の選ばれし魔法学校の生徒達です。リリー様をこの世界へ呼び出す『聖女召喚の儀』の為に魔力を使いすぎて倒れてしまいましたが、治癒魔法を受ければすぐに回復しますよ」


 百合はその言葉にほっと胸をなで下ろした。

 出血がひどい様に感じられたが、魔法で治るのなら安心だ。



 改めて紅茶に手を伸ばす。

 新茶特有のさわやかな香りが鼻から抜けた。

 珈琲派の百合では茶葉の種類まではわからなかったが、今まで飲んだ中で一番美味しい紅茶だった。


「聞きたいことがいくつかあります」

「えぇ勿論。このような所に急に連れてこられて戸惑うことだらけでしょう。何なりと聞いてください」


 クジャの優しい言葉に百合は思いつくままに質問をぶつける。


「ここはどこですか」

「ここはベルブレイユ魔法王国です。今は王都ベルブロンにある王宮へ向かっています」

「魔法王国……魔法……」


 百合の考えていることは正しかった。

 やはりここは魔法の存在する世界なのだ。

 愕然とした表情の百合を見て、クジャが確認を取る。


「聖女様は魔法のない国から来られたのですね?」

「はい」

「魔法は意思の力です。貴女には誰よりも強い魔力が宿っています」

「そんな事分かるですか?」


 生まれてこのかた、不思議な事には出会ったこともない。

 超能力も超現象もご縁がなかった。

 訝しげな顔をする百合を見てクジャは笑った。


「信じていませんね」

「貴方が魔法使いだということは信じます。でも、私がそうだなんて信じられません」

「ふむ、ではこちらを」


 クジャがローブから取り出したのは真っ黒な真球だった。


「魔石です。ベルブレイユ王国では、生まれた子供が教会で祝福を受ける際、これを額に当てその子が魔力を持っているかを測ります。と言ってもこれは私個人の持ち物ですが」


 どうぞ、と差し出されたので受け取る。

 表面に光沢があり、少し冷たい。

 百合の掌にすっぽりと収まる、テニスボールほどの大きさだ。


「魔力を込めてください。光れ、と命じるのです」


 魔力を込めろと言われても……と思いながらも百合は目を瞑り、右手の石に集中する。


「……光れ」


 言葉に呼応して、まばゆい金色の光が馬車内を覆う。

 石は熱く、心臓のように鼓動を繰り返している。

 光は石から掌へ、徐々に体を這う。

 蝶が羽ばたくかのように、金色の粉がキラキラと降り注いだ。


「素晴らしい……これこそまさに聖女の力……」


 呟きに顔を上げた。

 クジャは頬を染め、恍惚の表情で百合を見る。

 瞳孔が大きく開き、ぎらぎらと輝いている。

 そのあまりの迫力に百合は息を飲んだ。


 ふっ、と光が消える。

 百合の集中力が切れたところで、魔石は再び真っ黒な石に戻った。


「すばらしい魔力ですね。金色の魔力は聖女の特徴と文献にも書かれていました」


 まだ興奮の余韻を残しながら、クジャは頷く。


「でも光ったからと言って……」

「これは魔法具。魔力のないものには反応しません。魔力というのは体の中を駆け巡る血の事です。

 原初の人間は、誰もが魔力を持ちながらも、その力を使うことはできませんでした。

 ですがある者は風の声を聞き、ある者は独りでに動き出す道具を作り、ある者は傷を癒す手を持った。

 自分の身体の中に流れる魔力を感じることができる人間が生まれてきたのです。

 その人間達が集まり、学び、研鑽を続けることで、魔法の力を得ることができました。血を意思の力でコントロールすることのできる人間が、魔法使いなのです」

「でも誰もが使えるわけではない?」


 百合の答えにクジャが頷く。


「そうです。魔法使いの血が流れていなければ、魔法を使うことはできません」

「でも、魔法使いじゃない人間達の間に魔法使いが生まれることもあるんじゃないんですか?」

「そのようなこともあると思います。そもそもの魔法使いの始まりは突然変異とも言えますから。ですが、それを知る術はありません」

「どうして」


 クジャは悲痛そうに顔を歪めた。



「数千年前、我々魔法族は非魔法族から迫害を受けました。非魔法族――我々はドンプと呼んでいます――では起こせない現象をいとも簡単に行う魔法族は、ドンプに恐れられていました。

 魔法使いの力を恐れたドンプは「魔女狩り」と称して魔法使い達を惨殺しました。生きたまま火をつけて殺したそうです。

 当時の魔法使い達はコミュニティを持っておらず、各地で転々と暮らしていました。傷つきながらも魔女狩りから逃げ、隠れ続ける内に1人2人と集まり、村ができました。

 それはやがて国になり、ベルブレイユ王国と呼ばれるようになったのです。

 魔法の障壁に護られているので、ドンプ達は我々魔法使いが存在することすら知らないのです。

 我々は住む場所を完全に分け合った。いわば表と裏の存在。二度とその道が交わることはないでしょう」


 どこかで聞いたような話だ。

 自分と違うものを異常視し排除する動きは、世界が違えどどこにでもあるようだ。


「我々が交流することはありません。なのでドンプの中で魔法使いが生まれたとしても、知りようがないのです」

「なるほど」


 クジャが優美な仕草でカップにおかわりを注ぐ。

 百合はお礼を言って更に尋ねる。


「国の成り立ちはわかりました。私に魔法の力があるということも。

 では、聖女とは何なんですか。何故私はここに連れてこられたのですか」

「それは私の口からではなく、王子から説明していただきます。さぁ、王宮に着きましたよ」

 

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