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運命の杖

 ニールに会ったのは、結局次の安息日だった。

 いつも通りに教会へ行き礼拝を済ませ、その後ニールの屋敷へ向かう。

 軽い昼食を終えティールームへ向かうと、そこにはすでに一週間前と同じように、ヴォルとアレクサンダーが座っていた。


「今日は先週とは趣向を変えてみました」


 お茶と話もそこそこに、アレクサンダーはヴォルに頼み杖の素材を取り出した。


「メーガス侯爵に倣いまして、水晶や宝石を多く用意いたしました。あとは前回持ってきていない木々を。それと、杖芯に使う魔獣の素材も、後々に必要となりますのでお持ちしました」


 白いクロスの上に、空間から取り出された様々なものが並べられた。

 宝石といっても、まだ磨かれていないごつごつとした原石だった。透明な物から漆黒のものまで、ごろごろと並べられる。毛や牙などの魔獣の素材は、四角いガラスのケースに収められていた。


「棒状じゃなくて良いんですか?」

「えぇ、形は関係ありません。どんな形でも、杖職人に伝わる魔法で最終的には棒状になりますから。ですが、杖が作れるほどの大きさは必要になります。こういった石の素材は、杖石(つえいし)と呼んでいます」


 なるほど、と納得をする。

 そして木の素材に目を向けた。前回よりも変わった色のものが多い気がする。


「左がミズキの木です。春になると白い花が可憐に咲きます。女性に多く選ばれる杖木です。

 こちらは楓の木。樹液が甘いことで有名ですね。人を惹きつける魅力的な杖です」


 その後、何本もアレクサンダーに説明をしてもらうがあまりピンと来ない。

 諦めて原石に目を向けると、緑がかった大きな石が目に入った。


「それは翠玉(エメラルド)です。複雑な呪文を唱えるのにピッタリな杖で、聡明な方の杖に良く選ばれます」


 この大きさのエメラルドは一体いくらするのだろうか。「人魚の涙」で貴金属の価値を初めて知った百合が知る筈もなかった。

 割りたくないので触らずにいると「選ぶために持ってきたのですから」とやんわりと(たしな)められてしまった。

 しぶしぶ触れるが、何も感じない。残念ながら聡明ではないと証明されてしまった。

 次の石に目を向ける。黒色の石で、うっすらと細く白い模様が入っている。艶やかな黒は、窓から差し込む太陽の光を反射して光っている。


「それは黒瑪瑙(ブラックアゲート)です。強い意志を持った杖になります。必ず成し遂げるという、強い目標を持つ方の手助けをします。

 どうでしょうか?」


 成し遂げる目標、と言われて浮かんだのは「聖女帰還の儀」が書かれた禁書を見つけ、日本に帰ることだ。百合の心の真ん中に立つ、最も成し遂げなければならないことだ。

 

 ずっしりと重い黒瑪瑙(ブラックアゲート)を手に取ると、ほんのりと温かかった。

 しっとりと吸い付くような、今までにない感覚に思わず動きを止める。


「石なのに温かい……?」

「おお、相性が良いようですね。自分に合う素材を見つけた時は、そのような事が起こることがあります」


 喜びと興奮で、アレクサンダーの尻尾がぺしぺしとソファーを叩く。


「さぁ、魔力を流してみてください」

「割れたら本当にすいません」


 先に一言謝って目を閉じる。

 両手でしっかりと石を握りなおす。深呼吸をし、身体の中を走る熱に意識を向ける。

 すると、指先からあふれた熱が、石に吸収された。その勢いは加速し、ギュン、と無理やり身体を引っ張られるような感覚に驚いて目を開けようとすると「目を開けないで!!」とアレクサンダーに叫ばれる。


「落ち着いて、杖に魔力を渡してください!」


 到底落ち着くことなど出来なかった。

 太い針で血液を無理やり抜かれるような感覚に、冷や汗が溢れ出る。

 命を脅かされるような、生理的な恐怖が、つま先から込み上げてくる。

 息も出来なくなって、ひきつるように身体が震えだす。


「おい! このままじゃユリが死ぬぞ!」


 大声で叫ぶヴォルの声が遠くに聞こえた。


 ――もうだめだ。

 意識が途切れるその瞬間、瞼の奥で星が弾けた。


「うわぁ!」


 爆発音と共に部屋の窓ガラスが全て割れ、カーテンが千切れた。

 百合の黒髪が風で激しく舞い踊る。

 突如巻き起こった強風に、ニールはアレクサンダーとヴォルを守るように防御魔法を唱えた。

 アレクサンダーは素材を抱えるように身体を丸め、隣のヴォルは瞬時に杖を構え、防御膜の中で戦闘態勢に入る。

 

 わずかな時間だっただろうか。

 部屋の中を好き勝手に荒らした竜巻は、始まった時と同じく唐突に消えた。


 百合がそっと手を開くと、石に変化があった。

 黒かった筈の石は白が多く交じり、複雑な縞模様になっている。

 木星を小さくしたような神秘的な模様は、鈍く輝いている。


「石が変わった……?」

「これは……天眼石(アイアゲート)と呼んで良いのか? 白瑪瑙(ホワイトアゲート)が多く交じり合っている」


 百合から石を渡されたアレクサンダーは、鑑定用のルーペでじっくりと眺める。

 石を持つ小さな手が、興奮でぶるぶると震えている。


「おいおい、一体どういう事なんだ? 黒瑪瑙(ブラックアゲート)じゃなかったのか?」


 杖を下ろしたヴォルが、理解できないと言わんばかりに頭を振る。


「わかりません。杖木や杖石は、持ち主本人の魔力を吸収しやすいものを選びます。反発するようなものを使ってしまうと、すぐに折れてしまいますので」


 石から目を離さないまま、平時よりも早口でアレクサンダーは続ける。


「前例はありませんが、ユリさんの強すぎる魔力を吸った杖石が、変性したと考えるのが一番でしょう。

 黒瑪瑙(ブラックアゲート)は強い意志を持った石。禍から身を守ると言われています。

 そして白瑪瑙(ホワイトアゲート)は、許すことと許されることを学ぶ石と言われています。また強い癒しの力がある。

 この二つが合わさった杖は、聖女のユリさんにはこれ以上なくふさわしい杖だと言えます」


 興奮しているのはアレクサンダーのみで、百合は頭を抱えたくなった。

 花の香りを纏った夏風が、前髪を撫でる。

 部屋の中は鎌鼬でえぐられたような惨状だったからである。


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