表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/69

人魚姫

 絵本の中でしか見たことの無い美しい姿。

 艶めく鱗に目を奪われていたが、細く苦し気に呻く声で我に返る。


「水!? 水が必要なの?」


 そう言っている間に、人魚の顔色が青紫に変わっている。

 慌てて駆け寄り身体を起こすと「熱い!!」と叫ばれてしまった。

 掌で触れた彼女の腕の皮膚が、火傷のように赤く変色している。


「ど、どうしよう!」


 水と言われても、腰に引っ掛けた水筒にはお茶しか入っていない。

 すぐ後ろには湖があるが、運ぶにも触れないのだ。


「そもそも人魚って淡水オッケーなの!?」


 そんな事をしている内に、彼女の身体が引きつけのように震えだす。 

 百合がパニックになっていると、体に熊手がぶつかってきた。

 自分を使え! と言わんばかりに百合の手に細い柄を押し込む。


「……一か八か!」


 地面の上に熊手を置き、人魚を足で蹴飛ばして(申し訳ないが手で触れないのだから仕方ない)覆いかぶさるようにする。


「浮かべ!」


 百合の意思に答えるかのように、熊手が湖の方へ飛んでいく。

 そして次の瞬間人魚を湖へ放り投げた。

 バッシャーン! と豪快な水しぶきが上がった。


「雑っ!」


 ぶくぶくと大きな泡を立てて、人魚は湖へ帰っていった。

 行儀よく百合の手に帰ってきた熊手は「ほめてほめて」と言いたげにぴょんぴょん飛び跳ねている。それをあしらいながら、湖を眺める。


「大丈夫かなぁ」


 声が水面を滑る。

 するとパシャン! と軽い音を立てて水面から顔が現れた。


「助かった! ありがとう!」


 金色でウェーブのかかった髪と、髪より濃く、飴を煮詰めたかのようにとろけた金の目の人魚だ。白い肌は、興奮でばら色に染まっている。

 話しやすいように湖畔のギリギリまで泳いできたので、百合も近づき柔らかな草の上に腰を下ろす。


「あたしエヴァっていうの、あなたは?」

「ユリです」


 エヴァはキラキラとした目で百合を見つめた。

 そのまま輝かんばかりの笑顔で、ハイテンションで話し続ける。


「本当に助けてくれてありがとう! あたしあのままじゃ干からびて死んでたわ!」

「なんで人魚が陸上にいたの?」

「花を摘もうと思ってたの! あのお花!」


 指さす先には斑花の群生がある。


「とっても綺麗よね! あんなお花水の中じゃみたことないから、王子様のパーティーに着けて行こうと思ったの!」


 ご機嫌に尻尾がパシャパシャと水面を叩く。


「王子様? パーティー?」

「そう、あたしの大好きな人! 今度ね、王子様が湖中の水中人(オナムール)を集めて、パーティーをするの! 

 表向きはお誕生日のお祝いなんだけど、本当は婚約者を探す為にパーティーを開くってウワサがあるの!」 


 キャー! と頬に手を当てて照れている。

 人魚なのにパーティー。アリエルかと思いきやシンデレラだとは驚きだ。


「私も招待されたから、ドレスのデザインを相談していた時に、前から知ってたあのお花を髪飾りにしたら素敵だなって閃いて。だから取りに行ってみたの!」

「なるほど、それで陸に上がってきてたのね……水中人(オナムール)ってどんな人達なの?」

「あたしみたいな人魚や、魚人、魚とかみんなのこと水中人(オナムール)って呼ぶの。王子様ってとってもハンサムで優しいから、ライバルいっぱいで大変なの! 

 だから少しでも印象に残るように人と違うことしなきゃって思って!」


 恋する瞳は止まることを知らない。


「情熱的ね」

「当り前じゃない。下品にならない程度に着飾って、目にとめて貰って、話しかけなくちゃ! 見てるだけで好きになってくれる筈ないもの」

「すごい」


 男性と積極的に付き合って来なかった百合でも、素敵だな、と思う人はいた。

 でもそういう人たちは皆もう彼女や奥さんがいた。

 「素敵な人はもう売れてしまってるんだよね~」と諦めてきたが、素敵な人に選ばれた特別な彼女たちは、自分で動いて幸せをつかみ取ってきたのだろう。


「ねぇ、私の代わりにお花を摘んでくれない? あたしじゃ呼吸が出来なくて、さっきみたいに干からびちゃうの! お願い!」


 顔の前でパン、と手を合わせる。


「うん、勿論いいけど……腕は大丈夫? 本当にごめんね」


 細くてきれいな二の腕に、くっきりと掌の形に焼け爛れてしまっている。


「あー人間ってとっても熱いのね、びっくりしちゃった。でも大丈夫、そのうち治るよ」

「人間の薬って効くのかな……塗ってみる?」


 エヴァの下半身は魚だが、上半身は若い女の身体である。

 胸には貝殻の水着がつけられており、その豊かさに自分の胸と比較して一瞬真顔になってしまったのは内緒だ。

 百合はローブの中から、ガラスケースとスパチュラを取り出す。スパチュラは、木の蜜をこそぎ取る時に使うものである。


「それなぁに?」

「火傷薬、人間ならあっという間に治るんだけど……」

「すごーい! 塗って塗って!」


 そんなに簡単に決めて良いのか。念の為、先に目立たない場所に塗ろうと思ったが「大丈夫!」の一点張りである。


「塗ったときは痛いけど、すぐに皮膚が再生するから」


 そっと皮膚に塗ると「イタッ!」と身体を反射的に跳ねさせたが、そのまましばらく待つと徐々に赤みが消えていった。


「すごーい!」


 人間に塗る時は即座に傷が消えるのだが、今回は少し時間がかかった。種別の違いなのか皮膚組織の違いなのか。後でエドに相談しようと決める。


「ありがとう、ユリ! すごいね、魔法使いなの?」

「魔法使いというか、魔薬調合師の見習いをしてるの。こういった傷薬とか、飲み薬とか作るための修行をしてるの」

「へー! すごい! ねぇねぇ、もっと人間の事教えて!」

「勿論。だけどちょっと待ってね」


 百合は立ち上がり花を一本摘んだ。

 そして皮膚に触らないように細心の注意を払って、エヴァの耳の間に差し込んだ。


「キャー! かわいい!」


 湖面に映る自分の姿を見て、エヴァがはしゃぐ。


「すごく可愛いんだけど……その花をつけて泳ぐと散らないかな?」

「ウソ!?」


 エヴァは水面に潜り泳ぎだす。

 湖の真ん中まで猛スピードで泳ぎ、Uターンして戻ってきた時には、花弁は一枚も残っていなかった。


「いいアイデアだと思ったのに……」


 がっくりと肩を落としてしまった。


「また新しいことを考えなくちゃ。あぁドレスもこの花の色に合わせて作ってたのに……」


 萎れてしまったエヴァが可哀想でつい親切心を出してしまう。


「……パーティーっていつなの?」

「再来週」

「今週末知り合いの魔法使いに会うから、水の中でも花が咲き続ける魔法が無いか聞いてみるよ。だからそんなに落ち込まないで」


 きょとんと目が丸くなる。

 百合の言葉を理解した途端、花が咲くような笑顔に変わった。


「ありがとう! うれしい!」

「出来るかどうかは分からないから、あんまり期待しないでね」

「違うの、あたしの為にやろうとしてくれるその気持ちがうれしいの! そうだ、待ってて! 少し時間かかるかも!」


 そう言い残して、エヴァは湖に潜っていってしまった。

 言葉通り、そこから十五分程度待った。

 のんびりと斑花の採取をしていると、背後から水しぶきの音が上がる。

 振り向くとエヴァは胸一杯に貝を抱えて戻ってきた。


「それは?」

気泡貝(バブル・シェル)って呼んでるの。この貝は水中でぽこぽこ泡を出すからインテリアに良いんだけど、何故か魔法使いが欲しがるってパパが言ってたの。あげるわ!」


 その貝は掌ほどの大きさで、浅利のように横に線が何重も入っている二枚貝だった。


「美味しいのかな?」

「あたしたちは食べないかなぁ」

「ありがとう、一緒に住んでる人に聞いてみる」]


 その後も二人は他愛もない話をした。

 エヴァが楽しみにしているパーティーの話、百合の魔薬調合師としての毎日。

 楽しくて、日が暮れるまで話し続けた。森の中には二人の笑い声がいつまでも響いた。



 遠くで鐘が六つ鳴った。

 ローブに入れていた袋に入れて立ち上がる。


「そろそろ帰るね」

「うん新しい友達が出来て嬉しい! また来週ね!」


 友達、という言葉にエヴァを思わず二度見する。

 屈託なく笑う笑顔にふっ、と肩の力が抜けた。


「私の初めての友達になってくれてありがとう。また来週ね!」


 熊手に乗って飛び上がる。

 エヴァは百合の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ